未来の住まいかた

小さな住まい | 2018.5.22

巨匠ル・コルビュジエが最愛の妻へと贈り、人生の終焉を迎えた最後の建築「カップ・マルタンの休暇小屋」。この小屋は、建築家が最期に辿り着いた「答え」ではなく、住まいとは何か、暮らしにとって大事なものは何かという「問い」に向き合うための場所だった――。前回の記事ではそんな仮説を立てたところで締めくくりました。

今回、小さな小屋のなかに身を置いたつもりで、改めて問いを立てたいと思います。
「未来の豊かな暮らしとは?」
これまでの連載では、小さな住まいの過去と現在地について、世界各国の事例をお伝えしてまいりました。この一年お送りしてきた連載をふまえ、未来の豊かな暮らしについて考えていきます。
「パーソナライゼーション」「モビリティ」「コミュニティ」、この3つの観点から考えていきたいと思います。

パーソナライゼーション:住むひとにとって最適な家
インタビュー「無印良品の家は小屋に似ている」(前編)の記事のなかで、無印良品の家の開発責任者である川内浩司さんはこう語っています。

無印良品の家の発想は小屋に似ているんです。家がただの箱であれば、その時々の状況に合わせて自分で編集して、フィットするように暮らします。むしろ個室を備えることを目指してきた戦後の日本の家づくりへのアンチテーゼとして、箱のような家をつくれないかと考えました。

ハウスメーカーによる「あなたのためのたったひとつの家」という文句はとても聞こえがよいものです。しかし、時間の経過とともに家族構成は変化し、個室の最適な大きさも変わっていくことで、家は家族にフィットしなくなる。しかし、小屋の発想で、「その時々の状況に合わせて自分で編集」し、間取りを自由に変化させれば常にフィットするように暮らすことができる。つまり、住むひとに合わせて住まいをパーソナライズできるのです。
家族や個人に住まいをパーソナライズすることが未来の住まいの重要な要素になる――私たちYADOKARIもまたそう考えています。

IoTやAIの普及はこの流れを後押しするでしょう。顔認証によってドアを自動でロック/解除する防犯装置はすでに普及しつつありますし、そこにいるひとの数や体温に合わせて自動的に空調を調整する技術も実用化されています。便を毎日自動的に分析して病に備え予防するIoTトイレも開発されているそうです。
GPSと連動し帰宅時間に合わせて部屋の間取りが自動的に変わる、なんてこともそう遠くない将来に実現するでしょう。
好むと好まざるとにかかわらず、パーソナライゼーションの流れは進んでいくに違いありません。

モビリティ:どこにでも住むことができる未来
「不動産」は文字通り「動かない資産」であり、だからこそ価値がありました。この先ずっと人口が増えていくと想定され、誰もが住む場所を奪い合っていた時代、不動産は確かに価値のあるものでした。しかしいま、空き家が急増し、どんなに売値を下げても買い手がつかない不動産が多く存在します。ましてや、維持管理のコストや固定資産税を払い続けるぐらいならタダで譲りたいひともいる。また、長期間ローンを支払い続けるのと引き換えにマイホームを建てること自体をリスクと捉えるひとも増えてきています。もはや、「動かない」不動産に将来的に価値が担保できる時代ではなくなってきています。 
一方、この連載のなかでは不動産に距離をおき、「動産」に価値を見出した人たちの事例をいくつか紹介してきました。8月のコラム「家とお金」で紹介した、ワゴンやキャンピングカーに乗って旅する暮らし「Van life(バンライフ)」。6月のコラム「家族のかたち、家のかたち」のスクールバスを改造した親子の旅。そして、タイニーハウスムーブメント。

働く場所が自由になれば、どこに住むかを縛るものはありません。かつて、物理的に家を土地に縛り付けていた水道・電気・ガス・通信のインフラはオフグリッド技術が進展することによって今後切り離されていくに違いない。必要なエネルギーはソーラーパネルやゆく先々の電源から供給できるようになるでしょう。

ここに自動運転の技術が加わってくると私たちは考えています。近い将来、過疎地での交通インフラとして期待されているこの技術ですが、もっと先を見通すと従来は不動産と捉えられてきたものと融合します。今年のはじめにトヨタから発表されたコンセプトカーであるモビリティ専用EV、“e-Palette Concept”はまさにその未来のイメージを先取りしている動産といえるでしょう。文字通りモバイルハウスとして必要な場所へ自動的に連れて行ってくれる。そして、オフィスとしても機能し、移動のあいだもデスクワークができるので時間を節約できます。そして、必要なものを必要なときに届けてくれる店舗としても機能するのです。

そう考えてみると、Van lifeやタイニーハウスムーブメントが一過性の流行ではなく、時代を先取りする動きのように思えてきます。少なくとも、未来の住まいや働き方を考えるための重要な要素になることは間違いないと思います。

コミュニティ:複数のコミュニティと接続する
ミニマリストという肩書で活動する佐々木典士(ふみお)さんは「現代の幸せへの影響度が一番大きいのはお金でもモノでもなく、人間関係である」とお話されていました。「人間関係」とはつまりコミュニティと言い換えてもよいと思います。

7月のコラム「小さく住まう、みんなで生きる」では日本の伝統的な暮らし方のひとつである長屋コミュニティと、現在爆発的に利用者が増えているシェアハウスが地続きの関係にあることをお伝えしました。

将来モビリティとしての家が当たり前になり、どこにでも住めるからといって、コミュニティや地元と無縁に生きる選択をするひとはそう多くはないでしょう。
自動運転と一体になった家は、移動時間がネックとなっていた多拠点居住の可能性を大きく開いてくれるはずです。これについては、川内浩司さんとの対談のなかでも次のように話題に上がりました。

車に住むのは確かに便利だけど、毎日狭い空間で暮らすのはさすがに厳しい。そこに自動運転が普及すれば、二拠点生活が簡単にできるようになります。平日は都会に駐車場を借りて車で生活をしますが、金曜日の夜、車に戻って寝ている間に田舎に移動している。休日は自然が豊かなところでのびのび過ごすことができます。

もっといえば、あたかもSNSのコミュニティグループに参加するかのようにスマフォのボタンを押せば、寝ている間に移動し、行きたいコミュニティへ接続することができます。例えば、遠く離れた場所で翌日にコミュニティ向けのイベントがあって参加したいと思えば、SNSのイベント参加ボタンを押すと「現地まで移動しますか?」とダイアローグが現れ、「はい」を押せば寝ている間に現地まで連れて行ってくれます。あるいは、地元で親戚や古い友人の結婚式があって出席する場合は、電子化された招待状をタップすれば、開催日に合わせて移動できる。希薄となった地元との縁が再びつながるきっかけになるかもしれません。

とはいえ、暮らし方は選ぶことができる。
夢のような話ですが、おそらく、こうした技術はそう遠くない将来に普及していくと思います。とはいえ、誰もが同じようにこのサービスを利用することが正解ではないかもしれません。技術的に「できる」ことと、実際に「する」「選ぶ」ことは別の話です。上に書いたように技術の進歩を活かしながら生きていく方法もあるでしょうし、いまと変わらぬ暮らし方や、もっと時代を遡って素朴な暮らし方を選択するひともいるでしょう。

豊かに暮らすことの主語は「私」です。私たちひとりひとりが人生のそれぞれの節目に「小屋」に立ち返って、「豊かな暮らしとは?」と問うてみること。そして、そのときの状況に応じて暮らし方を選ぶことができること。それが小さな暮らしと小さな住まいが教えてくれるヒントなのではないかと思うのです。

未来をぼんやり思い描きながら、皆さんにとっての「豊かな暮らし」は誰とどのような関係性の中で、どんな場所にいるのでしょうか。「パーソナライゼーション」「モビリティ」「コミュニティ」などの変化、時代の転換点を生きる私たちのこれからが楽しみです。
みなさんのご意見をお待ちしています。