家族のかたち、家のかたち

小さな住まい | 2017.6.6

第1回のコラム「世界の小さな住まい」では、「小さな暮らし」が生まれた背景について考えました。小さな暮らしは一時のブームではなく、私たちがさまざまな経験をしてきたあとに生まれた、暮らしのもうひとつのかたちでした。小さな住まいには持続可能な経済、無理のない働き方、豊かなコミュニティのあり方などを実現するためのヒントが秘められています。

今回は、社会の最小単位である「家族」をテーマに住まいと家族の幸せな関係について考えていきたいと思います。

スクールバスで旅をしながら暮らす家族

若いうちは世界中を自由に旅することができても、所帯を持つと不自由になるというのはもったいないことです。家族がいても、いや、家族がいるからこそ旅を楽しむことができるとしたら…。

ジェイクとエイミーは、旅行好きのアメリカの夫婦。ジェイクは軍に所属するパイロットで、エイミーは写真家を生業にしています。4歳から18歳までの4人の子どもたちを持つ6人家族です。

ある日、ジェイクが所属していたアラスカ航空警備隊から米国沿岸警備隊に転職することが決まります。ただ、配属はなんと6ヶ月後。時間が過ぎていくのをただ手をこまねいて待っているのはもったいない。長男が家族のもとを離れ巣立つタイミングにも重なります。
せっかくだからと悩んだ末に彼らが出した結論は、バスを家に仕立てて、家族でアメリカ中を旅しながら過ごすという選択でした。

中古のバスをネットオークションで8,300ドル(約90万円)で落札し、内装は旅行中に快適に暮らせるように家族みんなでDIYによるリノベーションを施しました。客席だった座席は取り外して、6人分のベッドとささやかなキッチン、ホームスクーリング用の勉強机も設置。少しでも快適な空間にするためにあえてシャワールームとトイレは諦め、各地の公衆トイレやキャンプ場の施設を借りることにしました。

彼らはこの冒険のプロジェクトを「The Big Blue Bus Tour」と名付け、アラスカからフロリダまで、各地を転々としながら旅をしました。旅の軌跡は美しい写真とともに事細かにブログで綴られています。

現代版『大草原の小さな家』

彼らがウェブサイトに上げている室内の写真を見てみると目につく言葉があります。運転席のバックミラーのそばには “Adventure Permitted”、つまり「冒険は許可されている!」という言葉が掲げられています。また、後部には “Let’s be Adventurers…”「(我々は)冒険者でいよう」と。

バスでアメリカ中をまわることは、実に不便なことの連続だったようです。シャワーもない、トイレもない。ただ彼らのブログを読んでいると、不便さを嘆くよりも面白がり、移動し続けることで日々移り変わる風景の美しさを家族で共有できることを心底喜んでいます。

彼らの冒険は、幌馬車に乗って西部を目指したインガルス一家の物語とシンクロします。
前回のコラムを掲載後、こんなご意見も頂きました。

「40数年前、大草原の小さな家が大好きで再放送のたびに繰り返し見ていました。強いお父さんに優しいお母さん、可愛い姉妹、頼もしい犬、古きアメリカの開拓時代小さな家で助け合い関わりあいながら成長する姿は私の理想でした。今、小さな家のテーマに懐かしく少女の私を思い出しています。すっかり忘れた頃に家を建てましたが、もう一度建てるならそんな小さな家を欲しい、と思ってしまいます。そうしたら家族の関わりが違っていたのかと。(引用:大分県在住・50代・女性)」

これこそまさに現代版の『大草原の小さな家』ともいえるのではないでしょうか。

“家のかたち”を“家族のかたち”に最適化する

この家族は旅を始めるにあたり、スクールバスを住まいに仕立てると同時に、それまで住んでいた大きな家を売却しました。引越し先がバスであることは脇において、ここでは小さい「家」を選んだということに注目してみようと思います。

大きな家のセルフリノベーションは、いくらDIY先進国の米国であってもなかなか手に負えません。しかし、家が小さければ、ましてやバスであれば物理的にも経済的にも「手が届く」。6人家族が協力して、試行錯誤しながら善き住まいに仕立てていくにはちょうどいいサイズだったようです。

家族が協力して手を動かし、住まいをつくり整えていく作業は、親密なコミュニケーションが必要です。まだ家ですらなかったスクールバスを、はっきりとした設計図もなく試行錯誤しながら住まいに仕立てあげることを通して、彼らは家族の輪郭を改めて確認していきました。
彼らの冒険には、私たちがこれからの家族のかたち、そして家のかたちを考えるためのヒントが詰まっています。

私たちは家族の人数によって、家のかたちと大きさを想像してしまいがちです。一人暮らしならワンルームあるいは1K。カップルなら1LDK。両親+子ども2人であれば3LDKあるいは4LDK。本当はそれぞれに違っていいはずの家族のかたち。当たり前だと思っていた枠の中で、どこかで無理をしてしまっているのかもしれません。

「小さな住まい」を家族が原点に立ち戻るためのきっかけとして考えてみると、それまでの住まいをいったん離れ、あえて小さな住まいに住んでみたり、賃貸でもいいし、Airbnbなどのサービスを利用してもいいかもしれません。旅行好き、冒険好きならジェイクとエイミーの家族のように移動式もOK。バスでなくともトレーラーハウスやキャンピングカーもあります。

最初は多少の窮屈さや不便さを感じるかもしれません。でも、そこからはじめてみて、家族との最適な距離を少しずつ測っていく。家族ひとりひとりの良いところ、悪いところももっと見えてくることでしょう。

家族の原点に立ち返り、新たな暮らしのかたち、家族のかたちを見つけるための「小さな住まい」。ジェイクとエイミーの家族は6ヶ月間の ” The Big Blue Bus Tour ” を終えてしばらくたって、思い出の詰まったこのバスを手放します。長男は家族から巣立ち、彼らはまた新たな暮らしを始めることになったのです。

今、改めて社会の最小単位である「家族」との距離や繋がりを見直すことで見えてくること。みなさんの暮らしに本当に必要な豊かさ、幸せとは何でしょうか? たくさんのご意見をお待ちしています。