大地な家。

住まいのかたち | 2022.11.1

「家に会いに」vol.5でもご協力いただいている、建築家・起業家 谷尻誠さん(詳細のプロフィールや活動内容は谷尻さんのnoteをぜひご覧ください)が共同主催されている、「株式会社DAICHI」の最新作の竣工お披露目会(株式会社エヌ・シー・エヌ主催)があったので、お邪魔してきました。

谷尻誠さんは、建物デザインの斬新さ、美しさだけではなく、その空間がどう人々の営みにインパクトを与えるのか、さらにはそもそものライフスタイルの在り方まで踏み込んで常に考察しながら、提案・仕掛け・発信を精力的にされているので、本当に目が離せません。

「株式会社DAICHI」はあらゆる切り口で豊かな自然を体験するための空間、場、道具、そしてアパレルまで含めて提供していくという、ユニークかつ魅力的な取り組みをされています。
そんな「株式会社DAICHI」が、とくに有名な観光地でも景観地でもない、千葉県いすみ市の夷隅川のほとりにひっそりと完成させた「能動的ラグジュアリーな建築」が同社にとって第一弾のプロジェクトとなる「DAICHI ISUMI」です。

「ひっそりと」というのは、この建物が、狭くて暗い(笑)エントランスを抜けるまでは、ここの特別な空間体験を全く予感することができない、普通の田畑が並ぶ景色のなかに身を潜めているからです。しかし、この狭くて暗いエントランスから、導かれるように歩を進めると、そこには息を飲む光景が待っています。

千葉県いすみ市「DAICHI ISUMI」

まさに、大地を感じる家、が忽然と姿を現すのです。
この手つかずの、風光明美というよりは原風景といった方がしっくり来る大地(谷尻さん曰く「日本のウブド」)が、敢えて質感、色彩ともダークに仕上げられたエントランスや室内とあまりに対照的に直接飛び込んでくる仕掛けに誰もがまんまとハマるわけです。

ちょっと質は異なりますが、じつは先人の家で、これと似た体験をしたことがあります。

京都市左京区「詩仙堂」

江戸時代の文人 石川丈山が晩年を過ごした山荘「詩仙堂」です(現在は曹洞宗寺院)。
この建物は、じつはでこぼこの斜面地に建てられており、凹凸窠(おうとつか)と呼ばれています。そういった意味でも「ISUMI」と通じるところがあるのではないでしょうか。
「DAICHI ISUMI」ほど野趣あふれる大地ではなく、砂利が敷き詰められ木々はよく剪定されています。畳と飴色の柱梁に囲まれた質素な室内に、よく手入れされた明るい庭が入り込んでくるような空間は、そこにたたずむ者に、驚きと同時に得も言われぬ爽快感と、そして心の安らぎを与えてくれます。

ところで、この詩仙堂や「DAICHI ISUMI」のように、内外の境界をあいまいにするために、外部とつながる面に壁を一切立てない設計は、構造的な難易度が高くなります。
詩仙堂の構造は、伝統的な「木造軸組工法」です。もともと、夏に湿気の多い日本の気候で、通風のための開口部を多くとることを前提に培ってきた工法ですから、ごく自然にこの開口部デザインと構造が融合していると言ってよいでしょう。
「DAICHI ISUMI」の場合、現代の耐震基準はもちろん、耐火や断熱の基準もクリアし、詩仙堂より大きなスケールの開口部を持つためには、建築のプロであればあるほど、木造軸組工法では無理で、鉄骨造で、と考えるのが普通だと思います。
しかし、谷尻さんは、こよなく愛する大地に、鉄骨のような「異物」を挿入することは、避けたかったとおっしゃっています。
その結果採用された構造は、鉄骨でもRCでもなく、「SE構法」でした。
この「SE構法」は、従来の木造軸組工法の環境負荷の小ささはそのままに、現代の高い技術で柱梁及び接合部に改良を加え、科学的な裏付けを持って建物全体の強度を担保しながら、大胆な空間を実現できる、という優れものです。

「DAICHI ISUMI」 のSE構法架構図 (提供:株式会社エヌ・シー・エヌ)

SE構法?どこかで聞いたことがあるような…。
そうです。無印良品の家の大きな開口部と吹き抜け空間の「木の家」、どこにでも自由に窓を開けられる「窓の家」、室内にまったく柱・壁のない3階建て「縦の家」、そして大きな勾配天井と大開口部の「陽の家」。
これらの一見木造軸組では「無茶な」つくりの個性的な空間を持つ家たちもすべて、SE構法なのです。

こうして考えると、大地震や台風にびくともしない強度、大開口部、大空間などの自由なデザイン、かつ最大限の環境配慮建築であることを目指すと、このSE構法に行きつく、と言ってもあながち言いすぎではないように思われます。

「DAICHI ISUMI」はあの大きな開口部を通して、リビングと面一(つらいち)のテラス、その先端のインフィニティプールへと繋がる、美しいというよりワイルドな夷隅川へと、大地との境界を見事にかき消しています。
その佇まいは、「大地を感じる家」などという生半可なものではなく、大地そのもの、つまり「大地な家」でした。
谷尻さんのこの自由な発想を文字通り支えているのが、無印良品の家と同じSE構法であることは、ただの偶然ではなく、必然と言えるのではないでしょうか。

いずれにしても、敢えて明るさを抑えた室内空間に、大地の光と風と、音、匂いなどのエネルギーが同時に怒涛のようになだれ込み、家がついには大地そのものになる「大地な家」は、これまでの建築(エアコンを置かない「DAICHI ISUMI」は、もはや建築という概念さえ変えようとしているのかもしれませんが)では体験できないものでした。
谷尻誠さん、超多忙のなか、ご案内ありがとうございました。