家とお金

小さな住まい | 2017.8.8

マイホームで家族とのかけがえのない時間を過ごしたい。そんな夢を実現するために一生懸命働いていたら、いつの間にか住宅ローンを返済するために働いている――。
お金が暮らしを自由にすることも事実ですが、お金への執着が暮らしの自由を縛ることもまた事実です。豊かな暮らしのためにはある程度のお金が必要ですが、家そのものに豊かさを求めすぎてしまうと、本当に欲しいと思う暮らしが遠のいていく。

今回のテーマは、住まいとは切っても切れない「お金」について考えてみます。

若手メジャーリーガーの質素な暮らし
アメリカのメジャーリーグで活躍するダニエル・ノリス投手は、現在24歳。テネシー州ジョンソンシティで80年続く自転車屋の息子として生まれました。
高校を卒業した2011年、ドラフト2位でトロント・ブルージェイズに入団。入団時に提示された契約金はなんと200万ドル! 日本円でいえばおよそ2億円もの大金が、当時18歳だった若者のもとに転がり込んできました。

しかし、彼は豪邸や高級車には目もくれず、その大金の使い途として選んだのは、フォルクスワーゲンのマイクロバス。彼はこの車を「shaggy」と名付け、最低限のエネルギーインフラとしてソーラーパネルを設置し、ベッドなどのわずかな生活道具を詰め、なんとその車の中で住み始めます。

そう、現在もメジャーリーガーとして6年のキャリアを持つ彼の「家」はたったこれだけ。オフシーズンは毎日この車で寝泊まりし、食事は小さなコンロをキッチン代わりに自分で料理します。彼はトレーニングの一貫としてサーフィンに親しみ、また趣味は写真撮影。なんとも、メジャーリーガーらしからぬ質素な趣味です。

彼は言います。
「ぼくにとって、このシンプルな暮らしかたが一番魅力的だったんだ。シンプルなライフスタイルで育って、そしてたまたまプロの世界に入った。贅沢、少なくとも一般的意味での贅沢のために生きていくことの必要性をまったく感じないんだよ(出典:GRINDTV)」

アメリカは世界一の資本主義国である一方、建国者たちはヨーロッパから来た、お金に対して厳格な倫理をもっていたキリスト教徒(清教徒/ピューリタン)。そんな背景もあり、お金に対して大きい振れ幅をもっているのがこの国の面白いところですが、ノリス氏の言葉からはキリスト教的な厳格さがまったく感じられません。幸せのかたちを感覚のまま素直に求めていった結果として、そんな暮らしかたを選択したところに共感を覚えます。

旅する暮らし「Van Life」
実はこのところ、ノリス氏のようなミニマルなライフスタイルを実践する人たちが増えています。彼らの一部は暮らしの拠点を持たず、キャンピングカーやバンに生活の一切を詰め込んで暮らしています。「Van Life」と名付けられたこのライフスタイルは、世界中の若者のあいだで流行しており、そのコミュニティとして機能しているInstagramのハッシュタグ「#vanlife」のついた投稿はすでに170万件を超えるほど。表層的に流行するファッションとしての側面があることも確かですが、家とそれにかけるお金についての考え方が変化してきたことも背景にあるのかもしれません。

住まいはふつう、土地に固定されたもの、つまり不動産です。不動産は文字通り「動かない」ので、そう簡単には手元からなくならない。だからこそ所有するために莫大なお金を投じるものですし、保証として担保にすることができるわけです。

しかし、第1回のコラム「世界の小さな住まい」で紹介したように、2000年代後半のアメリカにおいて住まいは必ずしもなくならないもの、動かないものではなくなってしまいました。サブプライム・ショックをきっかけに、住まいを取り上げられ、行き場を失ったひとたちが続出したのです。そうしたことを背景にはじまったのが「タイニーハウス・ムーブメント」でした。

自分たちにとって最適な場所に住む
「Van Life」はタイニーハウス・ムーブメントと同じ流れの中にあるようです。お金や不動産の価値に対する反動というだけでなく、「自分にとって本当に豊かな暮らしとは何か?」を考え、気持ちのよいところに住みたいと願った結果生まれた暮らしのかたちであるといえるのではないでしょうか。

先日、興味深いニュースが流れてきました。スウェーデンが国としてAirbnb(エアビーアンドビー)に登録したというのです。プレスリリースにはこう書かれています。
「スウェーデンでは、あらゆる湖がプールに、山の頂は頑丈な岩のテラスに、草原は庭に、森はキノコやベリーがぎっしり詰まった食料庫になります。何の気兼ねもなく、朝のジョギングを楽しんだり、広々とした野原を自転車で走り抜けたり、険しい山でトレッキングに挑戦することもできます。もっとグレードアップした旅をしたくなっても、誰かに問い合わせる必要はありません。気分に合わせて一番素敵な場所を見つけるだけです。」

この文言はとくにノリス氏や「Van Life」の実践者たちのような、お金による豊かさからは距離をおいた人たちに向けられているような気がします。お金を稼いで、たくさんの物を所有することが豊かさの象徴だった時代から、今まさに過渡期を迎えています。

みなさんの考えるお金と家の幸せな関係とはどのようなかたちでしょうか?
たくさんのご意見をお待ちしております。