世界の小さな住まい
小さな住まい | 2017.5.16
無印良品のCompact Lifeは、単にものを持たないことや小さく生活することではありません。「生活に本当に必要なものを本当に必要なかたちでつくる」1980年に無印良品がうまれたときから大切にしている考え方です。
住まう人の個性を生かした感じ良いくらしを実現するために、「家」はどんな役割をはたすのでしょうか。この「小さな住まい」シリーズのコラムでは、無印良品とYADOKARIが収集した小さな暮らしの事例を交えながら、これからの理想的な住まいのかたちをみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
第1回目のコラムでは、「小さな住まい」が生まれた背景について考えてみます。
3.11後の住まいのかたち
私たちが取材をする新しい暮らし方や働き方を実践するひとたちの多くが、「震災がきっかけではじめました」と言います。東日本大震災前は金融ビジネスに従事していたり、一流企業でナンバーワンの営業成績を残したような人が、ローカルな場所で、小さな住まいに必要最低限のモノだけを揃えた暮らしをしているのです。
東日本大震災は、東北沿岸部を中心に甚大な被害をもたらしました。大地震によって住まいは倒壊し、津波は大型の家屋をあっけなく押し流していきました。この災害は、それまでに経験してきた自然災害とは違って、この国に住むひとたち全員が当事者になりました。テレビやネットを通して入ってくる地震や津波による被害の惨状や原発事故の状況は、この震災に対して多くの人が自分のこととして、また単に大きな災害として捉えたのでなく、それまで支えてきた、幸福への価値観を変えるきっかけにもなったのです。
懸命に働いて積み立ててきたお金、人生を賭けて購入した大きな家、身の回りの贅沢な調度品。一瞬で失われてしまうかもしれないその暮らしに疑問が生まれ始めたのです。
世界のタイニーハウスムーヴメント
日本では震災をきっかけにムーヴメントが興りましたが、アメリカでの同様の流れは2000年代の後半にサブプライムローン問題と、そしてこの問題に端を発したリーマンショックをきっかけに興りました。多額の借金を背負ったままマイホームから強制退去させられたり、経済恐慌により路頭に迷う人たちが大量に発生したのです。
このことを機に、アメリカでは2000年代後半に「タイニーハウスムーヴメント」が興ります。土地や住宅の購入に一生給料を費やし続けるのではなく、最少のコストによって最小の住まいで生きていこうとするひとたちが生まれるのです。
およそ100~300万円ほどの費用で、日本風にいえば「1K」規模の20平米前後の建物を建築したり、コンテナやバスなどをリノベーションして住まいにして暮らし始めたのです。その多くは自動車で牽引することができる「動産」でした。この潮流はもともとアメリカにあったDIYカルチャーとも合流し、建築費用を抑えるためだけでなく、住まいをつくるプロセスそのものを楽しむことの発見にもつながりました。
そして単に趣味の領域にとどまらず、消費文化へのカウンターとしても機能し始めます。個人の力では困難とされていた家づくりが、自分でつくれる身の丈の家になることで、ものを減らし、ダウンサイジングした暮らしを手にいれることを簡単に実現することができたのです。
そうして始まったアメリカ、日本でのムーヴメントですが、今では世界中に拡大しています。ロシアのダーチャ(菜園付き別荘)や、デンマークのコロニヘーヴのような別荘文化とも接続することで、単なる流行にとどまらず、文化としてそれぞれの地域に根づきつつあるようです。
今これらの動きに企業は注目し、タイニーハウスや小屋の製作キットや完成物が販売されています。有名な建築家がつくったデザイン性の高いものから施主が自分で手を加えられるような半製品のキットもあります。企業がビジネスとして参入するほど、この潮流は大きなものになったのです。
小さいからこその可能性
大多数の人間にとって「成長」とは豊かになること、豊かさとは「大きさ」やものの「多さ」でした。しかし、地球環境の変化や人口の爆発的な増大、資源の不足、経済の不安を考えれば、すべての建築が大きくあろうとすると確実に限界がきます。その視点にたてば、大きいことよりも小さいことのほうが分があるとも言えます。建物が小さいほうが建築コストも維持コストも安く済みます。またインターネットの技術が発展し、必要な情報に瞬時にアクセスできるようになったこともまた、小さな暮らしを下支えしてくれています。
自然災害や金融危機を背景にしたこの小さな暮らしの潮流は、あらたな経済システムや働き方、コミュニティのあり方などについての具体的な暮らし方として、多くの人が実践し始めているのです。次回以降こうした潮流をつくった人たちの紹介を交えながら、これからの住まい方、働き方などについて考えていきたいと思います。
今後の連載を楽しみにしてください。「小さな住まい」について、みなさんのご意見をお待ちしています。