団地びと|第二回「花見川団地商店街のドーナツの人」
MUJI×UR団地レポート | 2026.7.24
「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」でコミュニティを担当するMUJI HOUSE見通が、団地で活躍する「団地びと」の想いと活動のきっかけを紐解きます。
2024年に花見川団地商店街でドーナツ店を開いた大塚真基(まさき)さん・彌生(やよい)さん夫婦。真基さんは少年時代を花見川団地で過ごし、その後団地を離れるも結婚を機に再び花見川団地で5年間くらしました。現在は3人の男の子の子育てをしながら家族5人で花見川団地近くの戸建て住宅でくらしています。
コンクリートむき出しの店舗にコンテナを入れた、商店街で異色を放つドーナツ屋さん。どのような経緯でお店を開き、どのような想いで運営をしているのか?真基さん・彌生さん夫婦に伺いました。
少年時代は花見川団地商店街がくらしの中心。
見通
今日は大塚さん夫妻に根掘り葉掘り聞こうと思います。よろしくお願いします。まずはお二人の生い立ちから聞いてみたいんですが、真基さんの方からお願いできますか?

真基
僕は元々東京で生まれて、幼稚園に入る頃に花見川団地の3街区に引っ越してきました。それから中学3年生まで住んでいて、生活の中心は花見川団地商店街でした。当時はスーパーと言えば商店街、魚屋さんも商店街、何を買うにしても商店街だったんですね。

小学生の頃は学校が終わった後に友達と遊ぶのも商店街で、ほぼ毎日駄菓子屋さんにたむろしていました。
中学校に上がると商店街が通学路。だから僕がこどもの頃はずっと生活の中に商店街がありました。
高校生になる頃に近くの戸建て住宅に引っ越して、商店街に来ることは少なくなったんですけど、大人になって結婚して花見川団地に再び住み始めたんです。
やっぱり「花見川団地は便利だなあ」という記憶が頭の中にあったから。例えば、団地内にある公園で安全に走り回れるとか、子育てをする上でもいい場所だと思っていました。
5年間花見川団地で過ごした後も、生活の拠点は花見川区。
見通
彌生さんはどんな生い立ちだったんですか?
彌生
私は小学校4年生くらいまで福岡で育ち、その後、父の仕事の都合で東京に引っ越してきました。結婚するまで東京に住んでいたので、千葉県のことは津田沼くらいまではなんとなく知っていたんですが、それより先はよく知らなくて。団地にも縁がなかったですし。

そんな状態で結婚して花見川団地に引っ越してきたので、いろいろ衝撃的でした。初めて団地を目の当たりにして「こんな住宅があるんだ!」って。
見通
彌生さんは団地に住むってなったときはどんな気持ちでしたか?
彌生
水回りが見たことないものだったので驚きました。浴室の床がタイルだったり、排水口のお椀型のトラップのことをブンチンって言ってたりするのを聞いて、これはどういうことなの?って。
でもまあ他のアパートも設備は同じような感じでしたし、他のアパートの家賃は団地の倍くらいして、給湯器もついてなくて温水が出ないのも当たり前だったので。だったら団地の方がいいねって。
真基
僕がこどもの頃に住んでいた花見川団地の部屋のお風呂はカチカチカチってなるバランス釜給湯の仕組みで、水栓からはお湯が出なくて、キッチンに瞬間湯沸かし器が付いていました。それらが改善されていましたし、ヒル石天井も膜天井に変わっていて「めっちゃ良くなってる!」って思いました(笑)。
見通
そうして花見川団地でくらし始めてからお子さんが生まれたんですね。
真基
はい、当時は4階に住んでいたのでこどもが生まれるとベビーカーを持って階段の上り下りをするのが大変で、戸建て住宅の購入を考え始めました。30歳のときに近くの家を買ったので、花見川団地に住んでいたのは、僕が25歳から30歳までの5年間でしたね。
彌生
花見川団地に住んでいたときは商店街にあるリラ館(花見川・子育てリラックス館)に行っていましたし、こどもが幼稚園に行き始めてからは「ここを生活の拠点にしていこう」と思い家を買うことにしました。もう違うエリアに引っ越すこともないだろうなと思って。
勤務先の新事業で、コンテナ村をつくり出す。
見通
では、ここから商店街でお店を開くまでの話を聞かせていただけますか?

真基
僕はずっと建築業界で働いていて、現場監督をやってきたんです。勤めている会社は富里市に本社があるんですけど、その後都内にも進出して江東区に事務所を構えるようになりました。都内でまあまあ高めの賃料でしたけど、現場監理の仕事をしているとほとんど事務所にいないんですよね。それがもったいないと思って、別の場所に事務所を移すことにしました。

それで江戸川区の平井に移転したんですが、半分が事務所、半分が僕の弟がやっている雑貨屋さんという形態にしたんです。そこを拠点に東京の現場へ行き、事務所に来たお客さんには雑貨を楽しんでもらうという形です。
事務所と店舗がセットになるのが面白いなあと思って、次は千葉の方で広い敷地を使ってやりたいと考えていた頃に、YouTubeでコンテナを使って活動している人を見て「あ、これできるかも」と思ったんですね。
そして、千葉市の宮野木の土地を借りて、コンテナを買って改造し、建築確認を取って置いてみました。でも、置いてるだけじゃもったいないなと思っていて。そうしたら、銀行さん経由でコーヒー屋さんが「お店をやりたいです」って言ってきてくれて。
人づてで1人の青年が「ここでコーヒースタンドをやりたいです」と手を挙げてくれて。
そういう形でどんどんコンテナが埋まりコンテナ村ができ上がりました。


最初に僕が勤めているリフォーム屋さんと雑貨屋さんができて、次に入ったのがコーヒー屋さん。それから焼き芋屋さん、ネイルサロンさんが入りました。自社の事務所用に借りている敷地内で運営していたので、賃料を抑えて、これから事業を始めたい人に使ってもらうようにしていました。
ビジネス的に儲けたいというよりは、こどもたちやみんなが集まる楽しい場所をつくりたいという思いでやっていましたね。そのためにも、僕自身がこども心を忘れずにいたいと思っています。
商店街のテナントでコンテナを使った店づくり。
真基
そこでミト(見通)くんと知り合い、「来月に花団未来会議やるんで来てください」と誘われて花見川団地商店街に行きました。3年前くらいですかね。
でも、当日行ってみたら塩対応(笑)。
見通
そんなことないです。いつもそういうこと言う(笑)。
真基
花団未来会議では、いろんな人が集まって花見川団地をどうにかしようと思っているんだなあと強く感じました。MUJI HOUSEさんも入っていて、この団地が一皮むけるのは今だなと思いましたし、シャッターだらけの商店街で自分も何かしたいと思いました。
開業支援の「チャレンジスペース」があることも知り、とりあえずコンテナを突っ込んでなるべく工事費をかけないようにしよう。後から何をするか考えて人が集まる場所にできればいいかな、みたいな感じでお店を始めることにしました。
見通
大塚さんは「花見川団地で活動するなら、絶対にお店を借りて中の人としてやりたい」って言っていましたよね。実際にフォークリフトでコンテナを入れるときは上10cm下10cmくらいの空きしかない状態で、「うわー!入ったー!」ってなって。商店街の人たちも「何が始まったんだ!」って騒然としていましたね。


真基
建物自体には内装をつくらないので、お店をやめるときにはコンテナを売ればいいだけ。そういう意味でロスが少ないやり方です。流行るお店をつくろうとするとみんな最初に一生懸命内装をつくり込んでしまうんですけど、僕たちはそれは後からでいいかなあと考えていました。

日替わり営業からドーナツ屋1本に。週3回の無理のない営業スタイル。
見通
最初はいろいろな人が日替わりで営業をしていましたよね。

彌生
そうなんです。宮野木でシェアコンテナをやっていたから、こっちでも同じような感じで始めました。
見通
でもドーナツ屋さんがすごい人気で、ドーナツを買いに来たお客さんが「今日は違うお店なの?」って。せっかくファンが付いているのにもったいないっていう話になったんですよね。
真基
そうです。宮野木で始めたときからそうなんですけど、なるべく小さく始めるようにしています。最初につくり込んでしまうと路線変更もしづらくなってしまいますしね。コンクリートの空間にコンテナを入れただけだから何でもできるし、日替わりをやめてドーナツ屋1本で行こうと考えたときも初期コストがそれ程かかっていなかったから、週3くらいでお店を開けてなるべく妻にワンオペで頑張ってもらうことにしました。
見通
実際のところ、商売としてはどうですか?
彌生
リピーターの方が着々と増えていて、商売として成り立つようになってきましたし、団地の中ではだいぶ認知されてきたかなと感じています。手土産に買って行かれる方が多いですね。

真基
売上げもお店の維持+妻が動いてくれた分はまかなえています。たくさん儲かるわけではありませんが、こどもたちが集まる場所をつくれているというのも大事なことなので。
流行らせるためにお金をかけるのも正解だとは思いますが、ここで爆発的に売れるようにするよりは、あまりお金を掛けずに維持していく工夫が大事だと思っています。

アメリカンなおやつをテーマに、ドーナツづくりを始める。
見通
そもそもドーナツ屋さんをやろうと思った理由は何ですか?
彌生
夫が宮野木でコンテナの仕事を始めていろんなお店がオープンするのを見て「楽しそう。僕も自分でお店をやりたい」と言い始めたのがきっかけです。で、「なんかやりたいけど自分は建築の仕事があるからできない。なんかやれる?ハンバーガーとかアメリカンなものがいいなあ…」って言ってきたんです。

真基
シェアコンテナを会社で運営していたんですけど、何かしらお店を動かしたくて。それでレモネードとポテトを提供するお店「Piggy Gang(ピギーギャング)」を始めてもらいました。レモネードとポテトはうちのこどもたちが好きなおやつなんです。
最初は週1日オープンでやっていて、お客さんが付き始めた頃に「もっとちゃんとやってみよう」と思いドーナツを始めてもらいました。
彌生
私が信頼しているカフェのオーナーがいて、その方にOKって言ってもらえたらお店としてやっていけるんじゃないかと考えました。そのカフェは焼き菓子など小麦を使ったものを多く扱っていたので、私は小麦を使ったアメリカンなものということでドーナツにしたんですね。
自分で小麦粉の配分を考えて試作したものを何度もその方に食べてもらって、最終的に「これなら商売として他のお店と戦えると思う」と言ってもらえました。


見通
どんな人がドーナツを買いに来ますか?
彌生
こどもたちも多いですけど、年配の方も多いですね。商店街にパン屋さんがないので、パン代わりに買っていく方もいますし、手土産に買っていく方も多いです。「配るために1個ずつ袋分けて」とおっしゃる方もいて、それを食べた方が「この間いただいておいしかったんですー」と言って買いに来てくださったりもします。あとは「今日は孫が来るから」と言って買いに来る方もいますね。
自分よりだいぶ年下やだいぶ年上の方が多いのがここでの接客の面白さです。
着飾って話すよりも「こどもが3人いるお母さん」という立場で話す方が年配の方との会話が広がりやすいですし、こどもたちに対しては母親目線で「そんなことしちゃダメだよ!」と言えるのもここだからかなあって思いますね。
顔を見せに来てくれたついでにドーナツを買ってくれるおばあちゃんおじいちゃんも増えてきて、居心地がいい仕事になっています。

こどもたちが「ここに来ると楽しい!」と思える場所を目指して。
見通
ちなみに今真基さんにとってモチベーションになっているものは何でしょうか?
真基
そもそも仕事とプライベートの境があまりないというのもありますけど、渦に巻き込まれているのが楽しいんですよね。花見川団地商店街にはいろんな人がいるじゃないですか。いろんなこどももいて、こどもとしゃべっていても面白いし。

僕は花見川団地以外の場所では下町で育ったんです。隣の人も家族みたいな。ばあちゃんの妹がスナックをやっていて、そこに行くといろんなお客さんがわーって話しかけてくれるような感じで、他人との距離がすごく近くて。その後に団地に引っ越してきても同じような感じがありました。
大人になったのでもっと距離ができるのかなあと思っていたんですけど、携わってみるとやっぱり人との距離が近いし、近くて損をすることはないなあって感じています。
見通
今後お店がどういう場所になっていくことを望んでいますか?
真基
僕のこどもも含め、こどもたちが「ここに来ると楽しい」って思える場所ができればいいなあって考えていて。それがうちのお店に限らず、他のお店にもふらっと行って楽しんでくれたらいいなあと思っています。
例えば商店街にある「まぁむ」(くらしのファッションと生活必需品をお手軽価格で提供するお店)が小学生に人気なんですよ。
見通
小学生に人気のものを売っているんですか?
真基
シールとかスクイーズとかですね。
彌生
ちょっとした流行りものがまぁむでは安く手に入るんです。「おじさん、次シールが流行るよ!」っていうと、仕入れて安く売ってくれるのでこどもたちが「わー!」って集まってくるんですよ(笑)。
真基
隣の作新台学区ではこの商店街を知らない人も多かったんですけど、ママ友がドーナツを買いに来てくれて、そうするとこどもたちもお休みの日に自転車で来てくれたりとかして、そういう流れが面白いなと思っています。
彌生
それに、私たちと同じ世代の人は、こどもの頃団地が楽しかった思い出があるので、けっこう戻ってきているんですよね。同世代のママ友と話しているときに「夫は花見川団地で育ったんだよ」っていうと「え、何中だった?」っていう質問が始まります(笑)。
真基
団地祭りに集まってくるのも以前団地に住んでいた人たちです。団地から出ていく人も多いけど、ずっと気にしている人も多いんですよね。
この辺に実家がある人は正月に帰ってきますし、あとNHKの「ドキュメント72時間」で花見川団地が取り上げられたときに視聴率が良かったというのも、花見川団地の規模の大きさがあると思います。転勤族も多いので、小中学校では転校する人が多かったですけど、その分、ここで一時期を過ごした人もすごく多かったと思います。
見通
僕も「花見川団地で育ちました」っていう人に何人か出会ったことがあります。
ところでこどもの話でいうと商店街の「駄菓子屋えがお」(学生が運営する多世代が集まれる地域のコミュニティスペース)も夕方になるとめちゃくちゃこどもが集まっていますね。友達つながりで隣の学校区の中学生も遊びに来るようにもなっていて、その子が大人になったらまた別の大人を連れてくるようなサイクルができていくのかもしれませんね。
真基
今の大人に向けて商売するのもすごく大事なんでしょうけど、こどもたちに何か思い出をあげられると、その方が長く続くのかなとも思います。僕も小さい頃、団地内にあった手羽先のカスがタダでもらえる店に行ったのがいい思い出になっていますので。
自分たちの好きを詰め込めば、お客さんとの距離が縮まる。
見通
現状もまだ空いている店舗が多いですが、これからやっていきたいことはありますか?
真基
商売以外の目的も持っている人が自分の居場所をつくってみるのはいいことなのかなと思っています。もちろんお金はかかるので、そこをペイできるアイデアと行動力は必要ですが。パワーのある人が入ってシャッターを開ければ、それにつられて人は増えていくものだと思います。僕自身はジムやアパレルをやってアジトみたいな拠点をつくってみたいです。
見通
このお店は既に大塚さん夫婦の個性があふれていますよね(笑)。

真基
これは僕の個人的な意見ですが、自分たちの店を持つのに人からの見られ方を考える人がすごく多いと思うんです。でも、自分たちが好きなことを詰め込んでみると、その店を好きになってくれる人と仲良くなれます。
商売っていろんな人に売ることも大事ですけど、店主がどれだけお客さんと距離を詰められるかも大事だと思っていて。だから、「僕たちはこういう人ですよ~」というのを出すことが一番の近道なのかなと思います。

URテナントについてはこちらから



