「ミニマリストの、その先へ」(後編)
小さな住まい | 2018.9.18
世界的なベストセラー著『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』によって、ミニマリストという言葉をポピュラーにした佐々木典士さん。小屋やタイニーハウスをツールとした小さな暮らしを提案するYADOKARIとは、4年越しの長い付き合いになります。その佐々木さんが2018年6月に上梓した新著『ぼくたちは習慣で、できている。』が、またもやベストセラーとなりました。
ミニマリストというライフスタイルや、佐々木さんの現在の暮らしぶりについて語り合った前編に続き、後編では新著の内容を交えて、お話をうかがいます。
ミニマリストがたどりついた「習慣」というテーマ
― 今回、新著『ぼくたちは習慣で、できている。』で「習慣」をテーマに選ばれたのはどんな経緯があったのでしょうか。
前回、皆さん働き方と暮らし方のバランスで悩まれているという話が出ました。僕はよく「文章を書くという才能があったから、会社を辞めてフリーランスになれたんでしょう」と言われます。
― 暮らし方を改革する話をすると、必ずそういう話が出てきます。「時間の使い方を自分でコントロールしたり、自分の好きな場所で暮らしたりできるのは、一部の職種や、特殊な才能を持つ人だけではないか」と思っている人は多いですね。
でも、僕に関しては才能があったからフリーランスになったわけでないですね。才能なんて何もなかったんだけど、取りあえず会社を手放したらどうなるんだろうと思って辞めてみたんです。それから1年ぐらいずっと、この『ぼくたちは習慣で、できている。』を書いていました。京都の家にこもって、コツコツと地道に書いていると「あ、いまようやく才能が芽生えてきているかもしれない」と思えたことがありました。でもそれはこの5月になってからですね。
― 今年の5月といえば、この本が完成する直前のタイミングですね。
毎日懸命に書いていると、脳も活性化されたのか書いてるテーマ以外のことでもいろんなアイデアが浮かぶようになったんです。「この状態を維持したら、いいところまで行けるかも」と思いました。火起こしみたいに木の棒をこすり続けていたら、ようやく才能が煙のようにちょっと出てきたかな…といった感覚。
― 佐々木さんにとっては、才能は日々の努力によって獲得するものなのですね。そこで見つけられたテーマが“習慣”だったと。
幸せは貯金できない。だから、日々の達成感を大切に
― 一方で、著作が2冊も評判になれば、周囲は才能があると考えます。ご本人にしても、自信が付くのではないかと思います。
全然そんなことはありません! こうやって5月に感じられた才能も、本を書き終わってしまえば煙が飛んでいくみたいにどこかへ行ってしまったように思います。
― そうですか(笑)
いま、僕はぜんぜん才能がない状態ですよ。才能ってそういうものです。才能があるからできるとか、ないからできないだとかではない。やり続けることで生まれるものだし、やり続けることでようやく維持できるもの。だから僕、また何か始める必要があると思っています。
― 何かを始め、続けようとすると、またそこで習慣が重要になってくるのですね。
過去に何を達成したとしても、その幸福感って貯金ができないのではないでしょうか。僕は毎日自分で決めた習慣を達成して、充実感や自己肯定感を得ないと、すぐへこんでしまいます。早起きしようとしてできないと、シュンとして「駄目な人間だな」と思ってしまう。昨日の達成は、今日の幸福感には使えない。だから日々、習慣を積み重ねたいと思っています。
― 日々の達成感や積み重ねが大切だというのは、共感します。佐々木さんにとって、習慣は日々の達成感を得て、才能に到達するためのシステムといえるかもしれませんね。“習慣”という言葉には、他にも込められた意味があるのでしょうか。
例えば、僕は話すということがすごく苦手でした。だから人前で話すなんて緊張するし、ありえないと。ところがこうして対談を何度もこなしていくと、できるようになってきたんです。習慣は、“無意識で行動すること”ともいえます。たとえば、友達と話していて「それいいじゃん!」「ヤバイね」という言葉で反応するときって、言葉を考えて選んでいるのではなくて、ほとんど無意識ですよね。相手が話す内容に対して、自動的に反応も決まっている。僕はこういうことも習慣の一種だと思います。こういうイベントなんかで質問されたときの答えも、すでに自分の中で考えていたことだったり、他の誰かから同じような質問をされたときに答えたことだったりする。完全なアドリブではないから話せるようになる。これは僕が持っていた性格ではなく、習慣によって培われたものです。そんな意味も込めて「ぼくたちは習慣で、できている。」というタイトルを付けました。
― “いまはできないけれど、やりたいと思っていること”をあえて習慣に組み込むんですね。目標を達成するために必要なプロセスを習慣化するのは、ビジネスの領域でも有効なノウハウです。実はYADOKARIの初期のころ、僕らはFacebookにタイニーハウスに関する記事を、毎日ひとつアップすることを習慣にしていたんです。別の仕事をしながら、プライベートで質の高い記事を更新することは、かなりハードでした。でもその習慣のおかげで、確実に目標に向かうことができたという実体験があります。
日々の習慣を見つめることで、体や心をアップデートできる
― 佐々木さんの取り組みを聞いて、思い出したのが20歳のときに、禅寺で3ヶ月程修行したときのことです。実は学生時代、人生に悩んでいた時期がありました。そこで埼玉の禅寺でお世話になったのです。朝4時に起きて、掃除して、精進料理を作って、座禅する生活のなか、住職がしてくださった説法が、心に残っています。住職曰く、睡眠や食、運動などの日々の規律を整えていくと、精神と肉体が統合されていくと。その結果、インスピレーションが高まって、やりたいことが心から湧き上がってくるのだそうです。「悩んでいるのだったら、毎日のことを丁寧にやってみたらよい」とおっしゃっていましたね。
それはあるでしょうね。僕も日々の習慣を続けていくと、悩みや不安が薄れてきたんです。いま売れている本を見ると「10年後、こういう仕事はなくなりますよ」とか「これからこんな風に人口が減るから、大変なことになりますよ」みたいに不安を煽るものが多いんですね。でも不安があることでさらに、目の前の課題に手を付けられなくなったり、自分がやりたいことに集中できなくなってしまう。これをしようと自分で決めたことを毎日やる。社会がどうなろうと、その積み重ねの先にある未来が変なことになるはずがないと、僕は思っています。
― なるほど。『ぼくたちは習慣で、できている。』は不安を抱きがちな現代の人に対する、佐々木さんからのメッセージでもあるのですね。
そのなかで、佐々木さんが提示した“持たない人”=“ミニマリスト”の存在は、多くの人に衝撃を与えたのです。持たないことの心地よさ、そしてシンプルな暮らしの美しさは、ひとつのムーブメントとなり、いまではひとつのライフスタイルとして定着しました。佐々木さんの最初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は、いまも世界中のミニマリストたちのバイブルです。
今回は「ミニマリストのその先へ」と題してお話をうかがいましたが、思えば佐々木さんは、ミニマリストとして知られ始めた当初から「その先」を見ていたに違いありません。だからこそミニマリストであること自体に固執せず、その先の暮らしを深掘りされたのだと思います。
「ミニマリズムは通過点に過ぎず、暮らしをシンプルにすることによって生み出された余裕で、何をするかが大切」と、佐々木さんは常々おっしゃっています。
みなさんは、豊かさと物の関係を、どう捉えていますか? そして、もしも生活を変えることによって、いまよりも時間に余裕ができたとしたら、何を達成したいでしょうか? たくさんのご意見、ご感想をお待ちしております。