「ミニマリストの、その先へ」(前編)
小さな住まい | 2018.8.28
2015年の流行語大賞にもノミネートした「ミニマリスト」。「ちいさな暮らし」や「断捨離」などと同じく今や一般的な用語として使われるようになってきたように思います。
今回のコラム対談のお相手は、ベストセラー著『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』でもお馴染み、日本のミニマリスト第一人者、佐々木典士さん。
佐々木典士さんとの出会いは4年前。YADOKARIが最初に企画した移動式のタイニーハウス「INSPIRATION」のクラウドファウンディングを行なっていたころ、佐々木さんはファウンダーとして応援してくれました。
初の著作『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』によって、ミニマリスト(=可能な限り物を持たずに生活をする人)というスタイルを日本中に広めた佐々木さんと、家を小さくすることで生活をダウンサイジングする提案をしているYADOKARI。同じ時代に近しい考えを持って活動していた僕らは、すぐに意気投合したものです。
出会いから時が経ち、僕らも僕らを取り巻く社会状況も変化しています。いまの佐々木さんは、何を考え、どのようにモノと付き合っているのでしょうか? 新著『ぼくたちは習慣で、できている。』を上梓した佐々木さんとお話しました。
働くこと自体が、高コスト? マッチポンプ的なライフスタイルからの脱却
― 『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』によって、“持たない暮らし”を提案されたのが2015年。僕らも大量消費文化に疑問を持っていて、タイニーハウスで小さく暮らすライフスタイルを広める活動をしていたので、とても共感するものがありました。しかも佐々木さんが当時編集者として典型的な都会的サラリーマン生活を送っていて、かつてはマキシマリスト(=物を多く所有する人)の生活をしていたということにも、インパクトを受けましたね。僕らもYADOKARIを始める前はWEBの制作会社に勤めている、いわゆる猛烈サラリーマンでしたから。
『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を書いていたときもそうですけど、会社に勤めていた頃は忙しいと1日に2回もマッサージに行ったりしていたんです。仕事の疲れを癒すためにマッサージに行ったり、酒を飲んだりする。その“疲れを癒すための費用”を稼ぐために、また働かなきゃいけない。このマッチポンプみたいな生活はなんなんだろうと思っていました。
― 僕らもまったく同じような疑問を持っていました。都心で働くために高い家を買って、その家を維持するために働くというサイクルが、マッチポンプのように思えたのです。それは現代に生きる人の多くが共有する想いなのではないでしょうか。実はこの連載をするにあたって、無印良品とYADOKARIで「小さな住まいの共同研究コラム」を進めているんです。そこで約13,000人に、小さな住まいとかものを減らすことに対して、アンケートを取りました。実はそのアンケート結果が、とてもインパクトが大きくて。
それ、知りたいです。
働き方と暮らし方をセットで考えなければ、ライフスタイルは変えられない
― 「住まいの前に、働き方を変えないと住まいを変えられない」という意見が多く寄せられたんです。近年はテレワークや在宅勤務なども一部の企業では提唱されているけれど、結局仕事の中心は都心にある。一方で都心は家賃が高いから、郊外に家を買って満員電車で長距離通勤する。それが大変なストレスになっているという、同じ意見が幾つもあって。これは本当に大問題だなと。
働く前に通勤で疲れてしまったら、本末転倒ですね。
― 住まいと働き方は両方改善していかなければ解決しないと、実感しました。「住まいと働き方を、どのように紐付けてアップデートしていったら、人は幸せになるのか」という点に皆さん頭を悩まされているということを、アンケートを通じて教えてもらったのです。
本当に、働き方と住まい方はセットですね。
― 佐々木さんは編集者時代、まさにみなさんと共通の悩みや疑問を持っていたのが、ミニマリストを通過して、新たなライフスタイルを手に入れられたわけです。その立場から、こういうふうにするともっと肩の力が抜けて、幸せに働けるんじゃないかなっていうアドバイスは、ありますか?
ものを減らして、何を得たいか? ミニマリストロスにならないために
2016年に勤めていた出版社を辞めて、20平米の東京の部屋から、縁あって広大な敷地を持つ京都の研究所の一室に引っ越しました。その家賃が光熱費などもろもろ込みで3万円。京都といっても郊外にあるのと、まわりにほとんど友達もいないので孤独ですが、とても自由な時間があります。そこで僕はかねてから集中したかった“書く”という仕事をしています。家賃が3万円だと、それほど多く稼がなくてもよいから、本当にやりたい仕事に専念できるんですね。今日本全体でいえば家賃は下がってきていて、たとえば福岡でも家賃2万円というような物件が、多くあります。家賃のような固定費を下げることによって、仕事の選択肢を広げるのは、より良く働き・住まうための、ひとつの方法ではないでしょうか。
― 実際に会社を辞めて、家賃が安い地方に移住し、ミニマムな暮らしを実践している佐々木さんの言葉には、重みがありますね。もう少し、いまの暮らしについて聞かせてください。以前お話しをうかがったときには、「持ち物が多いとか少ないとか、究極どちらでもよい。ミニマリストを通過した後に、自分がどういう暮らしを選択していくかが大事」だと言われていました。
そうですね。ぶっちゃけたところ、ミニマリストっていう状態にも、“飽き”や“慣れ”が訪れたりします。そこでまた元に戻って、次々新しいものを求めて、たくさん嫌な仕事もしてっていう状態になるのかというと、それは違う。でもものを減らしたところで、次に何をやるかが決まっていないと、結構“ミニマリストロス”じゃないですけど、精神的に路頭に迷うことはあるかもしれません。
― 生活をダウンサイジングすることに抵抗がある人は、もしかしたら経済のこと以上に、精神的なロスを心配しているのかもしれませんね。ライフスタイルを変えてまでやりたいことがないと、単に“減らした”だけになってしまうのではないかと。
ものを減らすことにはすごく快感があって、一時自分が大きく変わるので、いろんな人に勧めたくなります。でも重要なのは、減らした先に「自分が大事にしたい価値観って何だろう」とか、「自分の好きなものって何だろう」って見つけていくことだと思うのです。
生活をダウンサイジングすることで見つけた、本当にやりたいこと
― 佐々木さんはどうやって、自分が大切にしたい価値観を見つけられたんですか?
「これ楽しそうだな、やってみようかな」って思うものは、僕の場合はたくさんあるんです。ちょっとやってみて、6割ぐらいできるようになったら満足しちゃうことも多かったりするんですけど。いろいろ試しているなかで、飽きずに続けられるものを探している感じですね。
― ウェブマガジン、WANI BOOKOUTの「ぼくは死ぬ前に、やりたいことをする!」でさまざまなチャレンジをリポートされていますよね。仮想通貨投資やDIY、マラソンや狩猟まで。
ものを手放して身軽になって、仕事も辞めて自由な時間ができたので、「若い頃にやっておけよ!」っていったようなことをやり直している感じはありますね。たとえば、これから海外に行って英語を勉強したり、バックパッカーの旅をしたいとも思っています。
― なんだか青春ですね。
普通なら18歳とか20歳の頃やるような経験を、アラフォーになってからやり始めています(笑)。でも僕は、ものを持っていたときはそんなことをする勇気は出なかったんんだと思います。でもいまとなっては、他人の目は全く気にならない。何かを失うリスクもない。ミニマリストを経て、そういう感覚になることができたので、好きなことを思う存分できるようになりました。僕は好奇心がすごく強いので、「やったことがないものは、全部経験しておきたい」という感覚があるんですよね。新しい視点を自分に入れたいというか。
― やっぱりミニマリストになって良かったですか。
この自由なライフスタイルが好きだと、実感しています。好きな仕事ができたり、住まいを自由に選べたり、思い立ったときに好きなことにチャレンジできたり、そういう生き方を選べるようになってよかったなと思います。
― 身軽にいろんなことを体験すると同時に、書く仕事の成果も出されていますよね。新著「ぼくたちは習慣で、できている。」はAmazonの“社会と文化”カテゴリで1位を独走中、部数も6万部を突破。この本には、ミニマリストロスにならないための具体的な暮らしのメソッドが示されているように思いました。しかもそれらは、佐々木さん自らの体験から、抽出したもの。貴重ですね。
後編では、「ぼくたちは習慣で、できている。」の内容を中心にミニマリストを通過した佐々木さんが考えるこれからの豊かな暮らしについてうかがいます。