「クルマ以上、家未満。都市型バンライフがかなえる、新しい暮らし」(後編)

コラム | 2018.7.31

タイニーハウスを活用し、未来のより良い暮らし方や働き方を模索するYADOKARIが、新しいライフスタイルの実践者として注目する池田秀紀(愛称:ジョニー)さん。家族ユニット「暮らしかた冒険家」の活動を経て、「ハイパー車上クリエイター」として活動するジョニーさんの現在についてうかがうインタビューコラム。

後編では、バンを起点とした都市での自由な暮らし方 「バンLDK」のコンセプトについてうかがいます(前編をご覧頂きたい方はこちら)。

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池田秀紀(愛称:ジョニー) ハイパー車上クリエイター
LESSMORE Inc. 代表。個人としてもウェブデザインやフロントエンドの開発をメインに、広告制作やソーシャルグッドな活動のサポートを行う。結婚を機に「暮らしかた冒険家」として活動開始、「結婚キャンプ」を広める。震災後は熊本に移住し、「古民家リノベ」「高品質低空飛行生活」「物技交換」など震災以降の暮らしかたを模索。坂本龍一ゲストディレクターに招聘され「札幌国際芸術祭」に出展。忘れられた土地「裏札幌」にて都市と自然を使いこなす暮らしかたを提案。離婚をきっかけに北海道から東京に戻り、現在はベンツをマイホームにして「都市型バンライフ」を開始、シェア時代の働き方や暮らし方を模索中。

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YADOKARI(さわだいっせい/ウエスギセイタ)【聞き手】
住まいと暮らし・働き方の原点を問い直し、これからを考えるソーシャルデザインカンパニー「YADOKARI」。住まいや暮らしに関わる企画プロデュース、タイニーハウス開発、空き家・空き地の再活用、まちづくりイベント・ワークショップなどを主に手がける。動産を活用した高架下ホステル&カフェ「Tinys Yokohama Hinodecho」、イベントキッチンスペース「BETTARA STAND 日本橋(閉店)」などの施設を企画・運営。著書に「ニッポンの新しい小屋暮らし」「アイム・ミニマリスト」「未来住まい方会議」「月極本」などがある。

シェアリングエコノミーをフル活用。バンを基地にした豊かな暮らし

small180731_img01都市型バンライフの朝は、シェアガーデンの掃き掃除から一日が始まる

― いまジョニーさんは、永田町グリッドの軒先にバンを停めています。プライベートスペースとしているバンに加えて、永田町グリッド内のキッチン付きシェアオフィス「みどり荘」のスペースを利用しているんですね。

はい。このベントラ(ベンツ・トランスポーター)を軒先に置いて、短距離の移動は自転車を活用しています。
リビングダイニング、キッチン、そして仕事場は「みどり荘」。お風呂はスポーツクラブを利用して、ついでに体を鍛えています(笑)。

― シェアスペースをフル活用した生活。それを永田町という東京の中心地で行なっていることが、非常に実験的で面白いです。仕事のクライアントも多そうだし、職住近接ですね。しかも「みどり荘」は、オフィス街にありつつも適度にくつろいだ雰囲気が心地良くて、自分たちも使ってみたくなりました。

通勤徒歩10秒ってすごくないですか(笑)?
朝の忙しい時間もめちゃ優雅です。「みどり荘」には、ちゃんとコミュニティマネージャーがいて、リビングでは常に心地よい音楽が流れている。僕は自分で料理をしたいので、広々としたキッチンがあることも嬉しいポイントです。
独り身になって、あらためて自分には本当に限られたパーソナルなスペースといくつかのモノだけ持っていればよい、ということがわかったんです。他は全部シェアでいい。むしろシェアすることでより良いモノを使える。ジェットバスやサウナを所有するって大変じゃないですか? だから全部持とうとしなくてよいんです。そこから、バン以外は全部シェア、「バンLDK」というコンセプトが浮かんできて。

small180731_img02シェアキッチンもフル活用。ジョニーさんにとって、料理はとても大事なコミュニケーションのひとつ

― バンに収まらない家の機能を諦めるのではなく、外に切り出す。それは僕らがタイニーハウスで狙っていることとも、近い気がします。プライベートスペースがミニマルだからこそ、外の世界とつながる機会が多くなる。しかもバンだと移動できるので、つながれる範囲も広がりますよね。

LDK、つまりバンの外の拠点をいかに多く持ち、それぞれの拠点とよい関係でいられるかということが、このバンライフの大きなテーマです。
いまバンを駐車している永田町グリッドもひとつの拠点ですし、九州から北海道まで全国に拠点はいくつもあります。バンライフのひとつの潮流として、オフグリッド化して、全部自給型になって、独りで生きていける…、それが究極のかたちだという考えもあります。
でも、僕がやっているのは逆のベクトル。「依存型」なんですよ。人は独りだと生きていけないし、ひとりじゃないほうが絶対楽しいと思うから。

― なるほど。タイニーハウスの界隈でも、オフグリッドのタイニーハウスで自給自足して暮らすライフスタイルが、一定の支持を得ています。でも僕らにとっても、そういったスタイルがどこか孤独と結びついている感覚があります。かつてのヒッピームーブメントもコミュニティとの繋がりを限定する流れがあり衰退していきましたね。

そうなんですよ。田舎で自給自足の暮らしを営む、仙人のような人っていますよね。独りで何でもできてしまうような。僕もそういったスタイルに、やはり男だからでしょうか、憧れはあるんです。でも、なんでもひとりでできてしまうと、他人を必要としなくなってしまいますよね。もちろん頼られることはあると思いますが。頼られもするけど、頼る部分もあっていい。強さと弱さ、両方必要なのかなって。

small180731_img03“Less is more”な考え方は、LESSMORE Inc.のスローガンにも刻まれている

― だからバンライフで完結するのではなく、「バンLDK」なんですね。

僕は、いまあらためて「Less is more」という考え方が気に入っていて。その中でもモノを減らすことで必然的に誰かに頼らざるを得なくなる。すると関係性を増やしていかないといけない。大切なのは、生身の人間同士で何を交わせるか。シェアするものは、単純なことでよいのです。僕はさまざまなコンテンツをデジタルでつくれますし、そして料理なんてとてもプリミティブでインスタントでクリティカルなスキルですよね。音楽も最高ですよね。僕は全く楽器ができなくてそういう才能にももちろん憧れますが、交換するものは何でもよいのです。
「来てくれると楽しい、嬉しい」と思われる人間になれたらいいなあと思っています。

― 「おかえり」と迎えてくれる拠点を数多く持つ。それってとても幸せなことです。2015年に出版したYADOKARI著書「アイム・ミニマリスト」で、日本国内で「小さな暮らし」を実践する家族や、一人暮らしなど、さまざまな人にインタビューしたときも、哲学的な世捨て人になるのではなく「社会的な接点、地域や仲間との関わりや居場所を持つこと」をみなさん大事にしていたのと重なります。

安心して駐車できるベースキャンプがあれば、バンライフの可能性が広まる

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将来的には、僕自身が他の人を迎える拠点をつくりたいです。
バンライフを始めてから、各地で拠点をつくる人々にとても助けられています。拠点がたくさん増えて、バンライフを始めとしたミニマムな暮らしを送る人もたくさん増えて、人々が自由に行き交い、それぞれが思い思いの時間を過ごすことができたら、とても豊かな社会になるなあと思います。

― YADOKARIと一緒にやりましょう! いま、具体的なビジョンが浮かびました(笑)。たとえば、いま僕らが話しているみたいな感じで、カウンターの向こうにジョニーさんがいて、料理していて…。

やりますか(笑)。そういった環境を整備して、バンライフが特殊ではなく、一般的に選択可能なライフスタイルになればよいなと思います。実際にバンライフを送ってみると、正直ツライなって思うこともあります。なかでも一番大きいのが、駐車場問題です。トイレや水場が完備されていて、かつ安心して駐車できる場所というと、なかなかない。「Home is where you park it(停めた場所が家)」というハッシュタグがバンライフ界隈でよく使われますが、実際には路上で安眠できるほど大胆な人は、あまりいないでしょう。僕も永田町グリッドに常駐できるようになって、やっと落ち着いた感じなので。

― 実は僕たちは以前から、バンライフのためのベースキャンプをつくる構想があるのです。たとえば僕らが「タイニーズ横浜日ノ出町」でやっているような、高架下を活用する方法で都市型のベースキャンプがつくれないかと考えています。電源が取れて、トイレとシャワーだけはタイニーハウスでつくって、日々バンライフを送っている人が集まってくるような。バンライフ発祥のアメリカ現地を視察したときは、公園やキャンプ場などにそういった設備が整っていました。

それ、まさに僕が欲しているものなので、はやくつくってください(笑)。

「多動」でありたい衝動に、素直に生きる

― ジョニーさんが、いまのライフスタイルに行き着くような兆候は、以前からあったのですか?

離婚する前はバンライフをしたいという気持ちはなかったですね。前(前編)にも触れたように、札幌でつくりあげた家族との暮らしに満足して、理想的な暮らしだと思っていましたが、いざ離婚してすべてを失い再び独りになったときに、またイチから東京生活をやり直すのは無いなと思いました。それじゃあ10年ぶりに戻ってきた東京で、暮らし直すとしたらどうするかなと。自分の求める暮らしと、いまの東京の姿を見渡したときにたどり着いたのが、都市型バンライフでした。つまり東京をハックしてやろうと思ったんです。

― ある意味、新たな自分を探すためにバンライフを始めた面もありそうです。

そうですね。バンライフでは、関係性をつくる才能が常に試されるし、磨かれます。定住していた頃には生活が安定していた反面、惰性もあって。
もう一度自分が自分らしくあるためには、移動する生活が必要だったのかもしれません。

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― 人生のなかで攻めたい時期って、多動になりがちですよね。定住ではなく、キャンピングカーに乗って各地を移動するのは、自分の幸せのかたちをもう一度確かめ、次の居心地のよい場所を探しているのかもしれません。人間には自分にフィットした場所に居を定めたいという理想と、新たな場所を探すために移動したいという衝動の、両面があると思うのです。動きたい衝動の強さは、人によって違うかもしれませんが。

僕は最高の贅沢は、「好きなときに、好きなことを、好きな場所でする」ことだと思うので、そのための移動はいといません。
近年は暮らしの豊かさにおける「時間の使い方」の重要性が認知されてきましたけれど、今後は「場所の使い方」も注目されるようになってくると思っています。そして自動運転技術が普及した社会を想像してみてください。僕が暮らしているバンのような部屋が、自動運転で動くんです。つまり、働いたり暮らしたり、好きなことをしながら気づいたら次の目的地まで着いている。「家」が動くという体験は、有史以来はじめてのことです。僕たちはいま、家とはなんなのかということを問い直される時期に生きていますよね。

― 同じことをしていても、閉塞的な部屋のなかと、アウトドアの絶景のなかとでは、情報の質と量が全然違いますよね。クリエイターとして、そこから得るインスピレーションも変わってくると思います。いまのジョニーさんからは、人として、そしてクリエイターとして、新たな場所で新しいものをインプットしたいという、パワフルなエネルギーを感じます。

それはありますね。居心地のよい家族の空間から離れ、独りになってしまったからには、トップギアを入れるべき時期だと覚悟しています。
欲張りに生きて、よい歳のとり方をしたい。そうすることで、周囲の人とシェアできるスキルも蓄積されていきますし、そういった生き方をしている背中を、息子に見せていきたいですね。



もともと、全ての人類は移動しながら暮らしていました。人々が定住するライフスタイルを獲得したのは、農耕のノウハウを編み出した紀元前1万年頃から。

しかしどうやら私たちのDNAには、それまでの長らく狩猟に明け暮れていた頃のプログラムも、いまだに残っているようです。私たちが旅を欲するのが、その証拠ではないでしょうか。

定住を前提とした暮らしを支えるために、綿密に組み上げられたルーティンや人間関係。そういったあり方は毎日に安心感や安定をもたらしてくれますが、より良い獲物を捕らえたり、忌避すべきものから逃げたりする嗅覚が衰えてしまう危険もあります。私たちにはときに定住の安定感を手放し、狩猟の本能を呼び覚ますことが必要なのでしょう。

バンライフは狩猟民族的な時間を、ライフスタイルに昇華させるための方法のひとつ。期間の限られた旅行と違って、移動しながら暮らし、仕事もできる、本当の意味でのノマドライフ(遊牧生活)を実践できます。

車上生活というとネガティブな印象もありますが、それは定住生活が当たり前になってからの人類の歴史に縛られた考え方かもしれません。人類の300万年以上の歴史のなかで定住が一般化したのは、まだほんの短い期間なのですから、固定観念を手放してみると、新しい生き方の可能性が見えてきそうです。

もしもジョニーさんが思い描くように、バンライフを誰もが実践できるようになったとしたら、私たちの暮らしや考え方はどのように変わっていくと思いますか?
また、みなさんがバンライフを始めるとしたら、どんな場所に行き、どんな暮らしをしたいですか? ご意見をお聞かせください。