なにもないけど、すべてある。
住まいのかたち | 2007.10.1
無印良品の家「窓の家」はイギリスの小さな村の風景が原点です。
ピーターラビットが遊ぶ緑の丘陵。麗しのカントリーサイド。
詩人や芸術家たちが讃えた美しい街並みを、「窓の家」の企画者が訪ねます。
無印良品の家の新商品「窓の家」プロジェクトで私たちが最初に取り組んだのは、「家のかたち」を探すことでした。
今回のプロジェクトは、ロンドンから200キロ西にある、イギリスの古い町並みの視察から始まります。誰にでもわかる家のかたち、誰もの記憶に残っている家のかたちとは何か。懐かしい、心の中にある家の原風景を、私たちはイギリスの古い住宅の中に見出そうと考えたのです。それは子どもが絵本で見る「家のかたち」を探しに行くような旅でした。
私たちはまず、イングランド中央部に位置するコッツウォルズ地方の、17世紀の古い石造りのイングリッシュビレッジを訪ねます。
コッツウォルズは英語の古語で「羊小屋のある丘」を意味し、13世紀より羊毛産業の地として知られていました。特別自然美観地域に指定される丘陵地帯の田園風景に点在する村々は、イギリスでもっとも美しいカントリーサイドであり、イギリス人にとっての心の故郷の光景でもあると言われています。
19世紀、アーツアンドクラフツ運動を提唱し、実践した、芸術家・思想家のウィリアム・モリスにとってもコッツウォルズは理想の地でした。モリスは南コッツウォルズのケルムスコットに「夏の家」を構え、1896年にこの地で生涯を終えます。日本からは、民藝運動の中心人物、柳宗悦が1929年にこの地を訪れています。ピーターラビットの作者であるビアトリクス・ポターの縁の地でもあり、最近では映画「ハリー・ポッター」のロケ撮影地にも使われました。
コッツウォルズ地方の街並は、日本の町屋のように。隣の家と壁を共有して建てられていて、三角屋根の家が連なるようにつくられているのが特長です。屋根の大きさは家ごとに違うのですが、同じ勾配、同じ素材でつくられているため、調和のとれた街並が、私たちの目を喜ばせます。大きい屋根や小さな屋根が連続しながら、また街道沿いに自然発生的にできているので、土地の起伏や街道の曲がりにあわせ、土地に添うように屋根が並び、自然で心地良い景観をつくりあげています。
建物が石造りであるのはもちろん、街道も石畳が敷かれ、まさに石でつくられた街です。この石は地元で産出するライムストーンで、土地の色がそのまま街の色になっていると言うこともできるでしょう。屋根が連なる住宅群が、まわりの緑豊かな風景に溶け込んだ、本当に素敵な街で、イギリスのみならず世界の人々に愛されている理由が分かります。街の中には川が流れ、鴨が気持ちよさそうに泳いでいました。窓にはバラの花が咲き石造りの壁に豊かな表情を与えていました。
この旅を終えて約1年の時間が流れ、無印良品の家「窓の家」は完成します。
家のシルエットだけでなく、壁に穴を開けたようなかわいい小さな窓、木製の玄関ドア、私たちは、無印良品の家「窓の家」を考える上で、多くのヒントをこのコッツウォルズ地方の美しい風景から得ています。
今回仕上げ材として選んだ、塗り壁や無垢の木を使った床材なども、このイギリス旅行の中で私たちの琴線に触れたものでした。時間の流れとともに、風合いの増していく素材は、「永く使える」無印良品の家の理念に合うものです。イギリスで見た小さな家には最新の意匠やぴかぴかの素材はないけれど、そこには本当の意味で歴史という豊かさや、何代にもわたり使われてきた時代の重みがつまっています。なにもないが、そこにすべてがあるのです。
「窓の家」と名付けられたその名前の通り、「窓」のあり方には思索を重ね、その形をどうするか心を砕きました。イギリスの街で印象的なのは「窓」です。大規模な公共建築ではアーチ構造などを駆使して石造建築でも大きな窓をつくることができますが、素朴な石造りの小さな家では、小さな窓をあけるのにも大変苦労した跡がうかがえます。大きな石の壁に小さな窓、そしてこの小さな窓から眺める外の景色は、そこで暮らす家族にとっては掛け替えのない「絵」で、さぞかしきれいに見えたことでしょう。
「窓の家」ではこの小さな窓に想いを馳せ、部屋の中からは、外の光景が窓で切り取られたように、窓枠や桟が見えず、ただ景色だけが見えるように枠のないシンプルなデザインをつくりあげました。「窓の家」では、周囲の環境に合わせて、必要な場所に必要な大きさの窓を配置することができます。隣地と視線が合うようであれば低い位置に窓をおいたり、高い位置に設けて空を眺めたり、住む人それぞれの生活に合わせて、この「窓」が豊かなライフスタイルシーンを演出してくれることを願っています。
コッツウォルズ地方 | |
ロンドンからはパディントン駅から鉄道を利用して約1時間30分、列車は1時間に1本の割合で運行されている。自動車で向かう場合は、南コッツウォルズ方面は高速道路のM4、オックスフォード、ストラットフォード、北コッツウォルズへはM40を使って約2時間。長距離バスも運行されている。 |
ウィリアム・モリス | |
イギリスの詩人、デザイナー、思想家。アーツ・アンド・クラフツ運動を主導した。モリスは1834年、ロンドン・シティの証券仲買人の裕福な家庭に生まれた。オックスフォード大学在学中にジョン・ラスキンの著書から大きな影響を受け芸術家を志す。後にモリス商会を設立し、家具、壁紙、テキスタイルなどのインテリア製品や美しい書籍を数多くつくりだした。生活と芸術を一致させようとするモリスの思想(アーツ・アンド・クラフツ運動)は、ヨーロッパ本土のデザイン、建築、クラフトにも大きな影響を与え、ドイツ工作連盟、ウィーン工房など、各地でさまざまなデザイン運動が起こるきっかけにもなった。20世紀のモダンデザインはこの流れの中から生まれたと言っていい。主な著作に「民衆の芸術」、「ユートピアだより」など。本文中にあるように1896年にコッツウォルズで死去する。享年62歳。 |
ビアトリクス・ポター | |
『ピーターラビット』シリーズの作者として知られるロンドン出身の絵本作家。晩年はイギリスの湖水地方に牧羊場を購入し生活した。彼女はその景観を愛し、美しさが無粋な開発によって失われないように、著作の印税や両親の遺産で周囲の15の農場、16km2の土地を買い上げ、その土地は現在、湖水地方国立公園の一部となっている。彼女のこの行動が、ナショナルトラスト運動のきっかけとなった。1943年死去。 |
ライムストーン | |
建築に使われる石灰岩の一種。コッツウォルズ地方で産出されるライムストーンはハチミツのような色調で、夕陽に金色に輝くことで知られている。 |
2007年10月発行 無印良品の家カタログより |