漆喰について
寄稿・インタビュー | 2009.5.29
新しい住まいをつくるとき、みなさんは壁にどんな素材を選ぶでしょうか。
壁は、耐久性や不燃性などの機能とともに、インテリアの構成要素として、見た目の「デザイン性」や仕上げが重視されます。
石こうボードや合板といった下地材の普及にあわせ、ほとんどの住宅で、ビニールクロスや塗装といった、手軽に張り替え、塗り替え可能な壁材が使われるようになりました。
しかし、合板や壁紙に使われる化学物質が引き起こす「シックハウス症候群」が問題となってから、ここ数年、土や石などの自然素材を使った「塗り壁」がにわかに見直されてきています。
塗り壁の代表的存在といえるのが、石灰を主原料とする「漆喰(しっくい)」です。
建築材料としての歴史は古く、飛鳥時代から今日まで、寺院建築や城郭、蔵の壁などに使用されてきました。エジプトのピラミッドや万里の長城でも、石材の組積に使われているそうです。
今回は、石灰石の代表的産地である栃木県葛生(佐野市)で、多数の漆喰製品を展開する村樫石灰工業の尾花誠一氏、左合博司氏に、漆喰の魅力についてうかがいました。
海藻や植物繊維でつくられる自然の壁
漆喰の主原料は「消石灰」。運動場のラインなどにも使われる白色の粉末です。
消石灰には、調湿性や抗菌性、脱臭性などの特性があり、左官用途以外にも、製鉄や土壌の改良、セメントや肥料,飼料の原料、水害時の防疫など、さまざまな用途で使われています。
村樫石灰工業では、石灰石の採掘前に地質調査を行って、石の保有成分から工業用と左官(建築)用に選別し、左官に適した石灰石のみを漆喰に用いているそうです。
小高い山の中腹にある村樫石灰工業の石灰石採掘現場では、まず、採掘した石灰岩をパワーショベルの油圧ブレーカーで砕き、焼成炉で扱える程度の大きさにそろえます。それを高さ10メートルの土中釜に入れ、およそ1,000度という高温で10日間焼成します。すると炭酸ガスが熱で分解し、石灰石は真っ白な「生石灰」に変わります。重さも原石の半分ほどになります。
こうして得られる生石灰の量は1日5~10トン程度。1日に数百トン生産されるという工業用石灰と比べると、約100分の1の量です。物理試験などの品質管理に時間をかけ、焼成も別工程で行っているためで、漆喰用の石灰がいかに厳選されているかがわかる数値です。
土中釜から取り出した生石灰に水を加え、消化(熟成)させると、粉末状の消石灰が得られます。漆喰は、この消石灰に糊材や「スサ」と呼ばれる繊維を混ぜ、練り合わせたもの。練り上げた漆喰は、コテを使い、壁に塗り付けていきます。
糊材にはツノマタなどの海藻類、植物繊維には「麻スサ」が使われます。糊材を加える目的について尾花氏は、「漆喰の『のび』をよくし、作業性を高めることと、漆喰の『水持ち』をよくすること」と言います。水持ちが悪いと、壁の下地材に水分を奪われるため乾燥が早く、作業時間が短くなってしまうためです。一方、スサは、漆喰が乾燥し収縮する際のひび割れを防ぐ「つなぎ」役です。
「呼吸する壁」が室内の環境を改善する
漆喰は、使用しているうちに空気中の炭酸ガス(二酸化炭素)を吸収し、長い年月をかけて元の石灰石成分に戻っていきます。つまり、漆喰の壁は、「炭酸ガスを除いて変形しやすくした石灰石を、壁一面に薄くひろげた後、再び炭酸ガスを結合させて硬化させ、形を固定させたもの」で、壁材として適した素材といえます。
高温で焼いた石を壁に塗ったようなものですから、当然、耐火性は高いのですが、ほかにも、室内の環境を改善するさまざまな機能や効果があります。
その1つが、冬の乾燥や夏の湿気を調整し、年間を通じて快適な湿度を保つ「調湿機能」です。漆喰壁は「呼吸する壁」とも言われ、湿度が高いときは空気中の水分を吸収し、湿度が低いときは逆に水分を放出します。
漆喰壁の内部は強いアルカリ性のため、カビや細菌の発生を抑える効果もあります。昔から蔵に漆喰が使われているのは、乾燥や湿気、カビなどから収蔵品を守るための知恵です。気密性が高い現代の住宅に起こりがちな結露の発生を抑える効果も期待できます。
また、のどの痛みやアレルギー症状を引き起こすとされるホルムアルデヒドの吸着分解機能、ホルムアルデヒドなどの化学物質を出さない点も注目されています。
DIYでも漆喰は使える
漆喰壁の魅力の1つが、仕上げのバリエーションが豊富なことです。代表的な仕上げ方法が「押さえ仕上げ」です。薄く塗りひろげた漆喰の表面をコテで押すようにして動かし、それを繰り返すことにより平滑面を作っていく方法です。
また、コテで平滑、緻密に磨き上げる「磨き仕上げ」では、鏡のような光沢を出すことも可能です。そのほか、漆喰を練る際に顔料を混ぜて色をつけたり、道具を使ってパターンをつけることもあります。
上記のような仕上げは左官職人の高度な技術によるものですが、壁の塗り直しなど、DIYで漆喰を使うことはできるのでしょうか。
あまり平滑さにこだわらず、表面の凹凸を「味」として考えるなら、「一般の方でも十分塗れる」と尾花氏は言いますが、難しいのは「品質のいい漆喰を用意すること」だそうです。
例えば、漆喰と練り合わせる糊材に海藻を用いる場合、時期や産地によって海藻の成分が変わることも多く、不純物が混入していることもあります。
また、職人が漆喰を扱う場合、消石灰や混和材などの粉類をあらかじめ混ぜ合わせ、現場で水を加えて用いますが、その水加減は、長年の経験と勘に基づいて決められていることが多く、一般の方では再現が難しいそうです。
以下に、代表的な塗り模様をご紹介します。
同社が開発/販売している「マリンライム」のように、既調合の漆喰製品を使うのもひとつの手です。マリンライムは、食品のゲル化剤、増粘剤としても使われている天然海藻成分「カラギーナン」を糊材に使用しており、開封後すぐに塗り始められること、水が加えてあるため作業性がいいことが特徴です。
漆喰は、石こうボードやモルタル、コンクリートなど、さまざまな種類の下地に適応しますが、DIYでは「既存のクロスをはがさず、その上に直接塗るほうが確実」(尾花氏)と言います。
ただし、漆喰壁のひび割れは下地の弱さに起因することが多く、クロスの下地への付着状況を事前に点検しておきます。また、実際の作業時には、きちんと養生(マスキング)して、作業個所以外の壁や床を汚さない工夫も必要です。
使い込んだ美しさ、経年変化の魅力を楽しむ
家は、日々の営みやそこで暮らす家族と共に変化し、成長する場。そこで暮らし、使い込んでいくにつれて、家には完成直後と違った美しさが生まれるように思います。
漆喰の壁には、コンクリートのような強靱さもなければ、ビニールクロスや塗装のような手軽さもありません。しかし、年月の経過とともに自然のかたちにかえり、日々の営みを記憶するようにその味わいが増していきます。
古くなったら新しいものに取り替えるというのも合理的な考え方ですが、経年変化を楽しむという考え方、時間がたつにつれて魅力や機能が高まる素材を選ぶことは、より合理的といえるのではないでしょうか。
足下にある「石」や「土」、古代から使われ続けてきた素材に目を向けてみると、暮らしの発想はもっと広がります。
みなさんも漆喰を試し、その魅力を感じてみませんか。