西長堀アパートのリノベーションを記念した トークイベントが開催されました

コラム | 2016.4.6

UR都市機構の管理する各地の団地では、大小さまざまなリノベーションが実施されています。昭和33年に誕生してから半世紀を超え親しまれる、大阪市西区北堀江の西長堀アパートもそのひとつ。このたびは大規模な改修を終え、入居者の募集が再開されます。この新たなスタートを記念し、2月20日(土)にトークイベント「西長堀マンモスアパート 半世紀の歴史と壁画」が開催されました。

登壇したのは、向かって左から現代美術に明るい大阪新美術館建設準備室研究主幹の菅谷富夫(すがや とみお)氏。
団地愛好家であり、URソムリエとしても活躍する辻野憲一(つじの けんいち)氏。
西長堀アパートで暮らしを営み、マンモス自治会会長をつとめる菅野道夫(すがの みちお)氏。
45年を西長堀アパートで暮らし、こちらもマンモス自治会員の大原淑子(おおはら よしこ)氏の4人。

司会をつとめるURの柏木さんから西長堀アパートの生い立ちや現状が説明されると、それを補強するように各々の登壇者が口をひらき、会場をあたためていきました。


西長堀アパートは、昭和33年(1958年)に建てられた大型の高層アパートメントです。当時では珍しい水洗式の洋風トイレやタイル貼りのバスルーム、リビングダイニングなどの先進的な間取りを取り入れた最新の住宅として誕生しました。

募集開始時の家賃は、当時の平均的な新卒会社員が受け取る月給のおよそ2倍。住宅としての規模や新鮮さから多くの著名人も暮らしていたといい、「これは伝え聞いた話ですが、プロ野球選手の方や作家さんといっしょにエレベーターを待ったこともあるって。それが普通の光景だったそうなんですよ」という大原さんのお話しに、会場はにわかに色めき立つのでした。

団地愛好家である辻野さんの口からは、「もとは大阪府の計画として始動していたが、ちょうど公団の立ち上げ時期と被ってしまったために計画が中断したこともあったんです」というトリビアが。「その当時、先に出来上がっていた模型を見たメディアがマンモス団地と名付けたらしい」という逸話には、「一説ですが」と前置きされていても、登壇者もろとも皆さん驚かれている様子でした。

ついに姿をみせた、巨匠の壁画。

「これまでは人目に触れにくいという、壁画の価値に対して残念な期間が続いていましたが、これで日の目をみると思うと嬉しく思います」。感慨深げな菅谷さんが言うには、このイベントで完成お披露目のように見えるこの壁画、じつは西長堀アパートとほぼ同い年なのだといいます。

吉原治良氏が制作したこの作品には、世界中で集めたさまざまな石が用いられました。白や桃色など、たくさんの色味で見る人をたのしませるこの壁画は、実際の色や感触を確かめながら製作されたといいます。
しかし、この壁画は長い間エントランスから直接見ることはできず、結果的にひっそりと過ごしてきました。

「近づいて見れば、図面や写真では伝わらない部分を大切にしながらつくられたのだとわかります。」と、こうしてエントランスに姿を見せた壁画にひとしおの喜びを見せる菅谷さん。
しかし一方で、このタイミングで良い状態の壁画を表に出すことができるのは、半分保管されていたような環境ゆえの面もあるのだともいいます。「なので、一概に批判もできません。これからたくさんの方に見て欲しいです」。

「なんとかお互いの落としどころを見つけて、今の状態にすることができたのは嬉しく思います」。と言葉少なに語られた、マンモス自治会長の菅野さん。西長堀アパートのリノベーションにあたって、自治会をはじめとして住民が改めて議論を交わしたときの様子を話してくれました。
せっかくリノベーションして新しくなるのだからと、アパート内の設備はもちろん中庭や駐車場の整備など、要件は数えきれなかったと言います。
「特に、中庭を駐車場にするという意見がたくさんありました。しかし、これからリニューアルして若い家族が引っ越してくるというのに、子供の遊び場がないのはいかがなものかという話になりまして」。

未来を見据えた変化をすることができたことを喜ぶ菅野さんに、大原さんも「これまで、家族の構成が変わるのに合わせて団地内引っ越しをしてきました。ちょうど良い間取りが多くあるので、とても魅力的です」。と、家族を送り出してからも暮らし続けることのできる西長堀アパートの柔軟性に太鼓判を押してくれました。

今後、大阪市西区北堀江の西長堀アパートでは新規入居者を募集します。完成から半世紀を経て、新たな一歩を踏み出したマンモス団地の一員になってみませんか?
次回更新では、そのリノベーションされた居室をいくつかご紹介します。ぜひお役立てください。