Vol.28 均衡の家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて東京の郊外へ。
クリエイティブディレクターの小池一子さんが
季節の木立を眺める「陽の家」に会いに行きました。

家に会いに | 2022.1.28

プロローグ

天の受け皿

朝はまず太陽に向かって立ち、一瞬挨拶してから目を閉じる。すると瞼の内側が真っ赤に、もうどんなアーティストも出せないような赤に満ちてくるのを感じる。陽光とは何という天からの贈りものだろう。
真南に向かう必要もない。旅先であればさまざまな方角に向かうに違いないけれど、残像という隠し刀を持っている人間はそれをイメージの抽出からとり出して使うこともできる。
ビートルズはHere comes the Sun Kingと始めてすぐ後に「みんなが笑ってる」と続けた。この歌は私には気持ちいい朝の歌、さらには朝を迎える気持ちいい家の歌となっている。陽の光を浴びたら誰だって頬をゆるませたくなってしまう。つらい事のあった翌朝ならなおさらのことではないだろうか。
大きな家でなくていい。
陽光の受け皿である家がいい。

小池一子|こいけかずこ
クリエイティブ・ディレクター
1980 年「無印良品」創設に携わり、以来アドバイザリーボードを務める。83 年にオルタナティブ・スペース「佐賀町エキジビット・スペース」を創設・主宰し、多くの現代美術家を国内外に紹介(-2000 年)。十和田市現代美術館館長(2016 -19 年)、武蔵野美術大学名誉教授。
著書に『イッセイさんはどこからきたの? 三宅一生の人と仕事』(HeHe)他。

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ダイアログ

だから、ここに建てました

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「陽の家」
Y邸|東京都、2020年12月竣工
延べ床面積: 75.97㎡(22.98坪)

小池一子さんが会いにいった家

文化芸術に関わる仕事をしているYさんは、庭に柿の木がある都心の戸建て住宅で育ち、この体験と記憶からいつか、庭がある家を自分で建てたいと漠然と思っていました。
その後、賃貸住宅で一人暮らしを送る中で、年齢を考えると自分が本当に好きな空間を手に入れて、そこで楽しく暮らすことが幸せと考え、待っていても意味はないと3年ほど前に家づくりをスタートします。
理想は自然豊かな都市近郊で、庭がある平屋住宅。
森の中に佇む「陽の家」を見て、自分の理想に近いと直感。
それから「陽の家」に最適な敷地を、東京郊外の高台に見つけて理想の家のベースとなる「自分の家」が2020年に竣工しました。

「すごく楽しみにしていました」
「光栄です!」

小池さん
新しい家でどう住み始めるか。きっと楽しみがいっぱいで、私もわくわくします。クルマから降りてこの家の前に立ったとき、大きな開口部と、リビングとフラットに連続する広いテラスが見えて、かつて建築家ル・コルビュジエが理想としたような、太陽を感じる暮らしぶりが伝わってきました。とても素敵ですね。

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玄関の一枚の絵画から

小池さん
玄関でアボリジナルアートの作品が目に留まって。オーストラリアで暮らしていたのかしらと思いました。
Yさん
実はオーストラリアはまだ行ったことがないんです。数年前にたまたま目にしたアボリジナルアートに惹かれて、でも、日本の画廊では取り扱いが少ないので、オーストラリアのギャラリーから通販で購入しました。
小池さん
そうでしたか。玄関と寝室に、サイズと絵の密度がとても良い作品が2点あって、なかなかの慧眼だなと思いましたよ。
Yさん
うれしいです。日本の伝統工芸品にも通じるような、素朴な力強さが伝わる絵画だと思って……。
小池さん
そうね。オーストラリア先住民の生命力が感じられる素敵な作品よね。きっと、この絵画を置く白い壁が欲しくて、この家を建てられたのかなって思ったくらい(笑)。
Yさん
どこに飾ろうかと考えながらプランを考えるのも楽しかったですね。前の賃貸住宅では飾る場所がなくて仕舞い込んでいたものもあったので。
小池さん
絵画にとっては観てもらうことが幸せですから。作品が空間に見事に息づいていますよね。
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どんなに忙しくても

Yさん
小池さんは、都心の戸建て住宅をリノベーションして暮らしているとうかがいましたが。
小池さん
戦後、疎開から東京の元の土地に戻ったとき、母が小さな家を建てたんですよ。その後、私が仕事を始めてから、母屋の隣に9坪の自分の別棟をつくり、パートナーと同居を機にもう少し部屋を広げたいと思いつつ、90代の母の生活や行動パターンが変わらないよう気をつけながら、二つの建物で一緒に暮らしていました。
それから母が亡くなり、生活空間をまっさらにすることも考えて、建築家の内藤廣さんに相談すると、彼は「今のままでなかなかいいですよ」と。結局、母屋のリノベーションと建て増しをお願いすることになり、今も50年代に建てたお気に入りの母屋を中心に暮らしています。
Yさん
お仕事もご自宅が多いのでしょうか。
小池さん
多いですね。ただ、どんなに忙しくてもちゃんと家で食事をしたい。私はキッチンに立って少しでも水に触ると落ち着くのね。仕事の途中で食堂に戻り、水に触って、料理をして、一度仕事場に戻り、またキッチンに戻って料理を仕上げ、パートナーと食事をして、でも原稿が気になってまた仕事場に戻って(笑)。
Yさん
家で仕事するとそうなりますよね。私の場合は、たまたま家を建てたタイミングでリモートや在宅勤務が増えてきて、生活スタイルの変化に苦労することもありますが、自分が好きな空間で仕事ができるのは不幸中の幸いでした。

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自然とつながる庭の楽しみ

Yさん
私も実家は都心の戸建て住宅で、それから15年ほど賃貸住宅で一人暮らしをしてきましたが、そのとき部屋選びで重視したのは広さでした。広さを優先すると都心から離れることになり、クルマを所有して行動範囲が広がると、都心にも山にもふらっと行ける「郊外」の暮らしが、自分にとってはちょうどいいバランスに感じるようになった。昔は都心でエネルギーを吸収する感じが楽しかったけど、今の自分には郊外で暮らすのんびりしたペースが合っていると思います。
小池さん
私たちの世代あたりから、実家を出て、都心のマンションに仕事場兼住居を持つ友人が増えたのですが、私はそんな気はなくて、同じ場所に定住なので、住まい方としては保守的だなと思うことがあるの。マンションと戸建ての違いは何だと思います?
Yさん
床面積の数字は同じでも、窓の大きさや間取りの自由度は違うし「陽の家」はリビングとテラスがつながり、さらに庭や自然に連続するのはマンション暮らしではなかなか望めないと思います。
小池さん
そうね。目の前の自然の中にリビングから「面一(つらいち)」ですっと入っていけるのはこの家のいちばんの特長ね。
Yさん
お隣の奥様とは、庭の手入れやお花の水やりで一緒になると、生垣越しにお話をして、お花や庭木のミカン、柚子をいただいたり、その場で簡単にコミュニケーションがとれて、ちょっとしたことに季節が感じられるのも戸建ての良いところですよね。
小池さん
私の家も、母が残してくれた庭は目の宝物。とくに庭木のカエデとタラノキは夏は濃い緑が生い茂り、秋は紅葉して、季節の告げ方が本当に力強くて、そんなに広くはない庭でも自然を感じることができる。庭には知人の彫刻家が制作した水を湛えた石の彫刻があって、そこにも季節の野鳥が水を飲みに集まってきて、水浴びしている小鳥を見てるとかわいくて仕事にならないのよ(笑)。小さな水場を用意して、ぜひ小鳥の水浴び見てほしいわ。

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新しいものと古いもの、北欧と日本

小池さん
リビングの家具も素敵ね。
Yさん
賃貸の時より広くなったので買い足した家具もありますが、ほとんどは以前から使っていたものです。2脚並んだ松本民芸家具のラッシチェアは祖母から譲り受けた古いもので、いつかリビングで生かしたいと思っていたので。
小池さん
見事に生きているじゃない!
Yさん
マンションでは大きすぎて持て余していたソファも、扱いが難しかった民芸家具も、この家ではしっくり馴染んでいます。空間がシンプルなので北欧デザインも日本の民芸家具も同じリビングで違和感がないですね。もともと新居では古いものと新しいものをうまくミックスさせたいと思っていました。
小池さん
それに現代美術もミックスされていて。ここで流れている時間がいいですね。
Yさん
そう言っていただけるとうれしいです!

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収納スペースよりも居住空間の広さ

小池さん
最近は年齢とともに片付けが下手になって、収納が今の私のいちばんの問題ですが、こちらの収納はどう計画されたのでしょうか。
Yさん
ここで暮らす前にものをなるべく減らしていたので、収納力はあまり重視せず、その分、居住空間を広くしたいと考えていました。リビングが広くなるようにキッチンもあえて壁付けにしています。
小池さん
天井が高いのね。勾配天井のいちばん高いところで何メートルくらいですか。
Yさん
約4メートルです。間取りで天井の勾配は変わりますが、なるべく高さを生かした間取りにしたいと考えていました。
小池さん
天井の勾配は決まっていると思っていましたが、設計段階でいろいろ相談して変更できるのは良いですね。
Yさん
天井のダウンライトは、スマートスピーカーを使い、音声で光量などを制御できるようにしました。
小池さん
なんだかコマーシャルで見る世界みたいね。
Yさん
でも、普段はダウンライトほとんど使っていないんですよ。ブラケット照明とスタンドだけで空間に十分光が回るので。
小池さん
ソファの横のセルジュ・ムイユの照明器具、私も大好きですよ。
Yさん
良いですよね。照明や家電は、家を建てる前はどこに何を置くかを決めて、それに合わせて電源プラグやスイッチをレイアウトしていただいたのですが、これは計画通りにはいかなくて……。
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冷暖房はエアコン1台だけです

小池さん
日本の住宅のスイッチやコンセントプレートには良いデザインが少ないですよね。その点「無印良品の家」のパーツは無印良品のインフィルの良さが生かされているなと思いました。
Yさん
私もそう思います。ほかの住宅メーカーや一般的な住宅を見学した際には、そうしたパーツをはじめ、ディテールで気になることが多かったけれど、「無印良品の家」は細部までしっかりデザインが行き届いている感じがして安心感と信頼感があります。
小池さん
バスルームを拝見してもいいかしら。
Yさん
どうぞ。洗面、トイレ、浴室は要素をなるべく整理して減らし、シンプルにまとめてもらいました。
小池さん
きれいね。これで十分。玄関脇の扉も収納スペースですか?
Yさん
はい。未整理の資料や本などを入れています。このほかにも、ガーデニングの道具なども収める物置も必要かなと。無印良品でグッドデザインの物置を開発してほしいです。
小池さん
そういうニーズは間違いなくあるでしょうね。
改めて玄関側からリビングを眺めてみると、床面も空間自体もとても広く感じますね。
Yさん
床は段差がないので掃除も簡単ですよ。
小池さん
足元がとても温かいけれど、この家は床暖房を使っているの?
Yさん
いいえ。床に無垢材のフローリングを使っているので、床暖房との相性の問題で敷設が難しくて、冷暖房は寝室天井のエアコン1台で全室賄っています。でも、寒さを感じたことはないですね。冬も午後は太陽光が差し込んで温かいです。以前はこの近所にある築60年くらいの平屋木造住宅を賃貸して暮らしていて、その家も気に入っていたのですが、冬は家の中でも息が白くなるくらい、とにかく寒くて、その経験もあり気密断熱性などの住宅性能も重視しました。

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夕暮れ前のデッキで旅の話

小池さん
1960年代の終わり頃、ロンドンの編集者が休暇でアフリカ旅行に行くので、旅行中、部屋を使っていいと連絡があり、数カ月、ロンドンのフラットで過ごしたことがあったの。彼女は編集者なので部屋にはたくさんの本があって、それを棚に並べるのではなく積んでいるだけ。そんなライフスタイルがとても馴染んでいて、その感覚は今でも私の中に残っている。東京ではずっと同じ場所で暮らしているけれど、取材で海外に行くことがあると、そのまま現地に残ってホテルではなくアパートに滞在して、暮らすように旅を楽しむことが好きなのです。
Yさん
私も学生の頃の海外旅行は目的地のアパートを短期予約して、その街で暮らすことが好きでした。今は長期休暇が簡単にとれないし、感染症対策で簡単に旅に出られないのが残念です。
窓を開けてデッキに出てみませんか? 太陽は正面右側に沈むので夕焼けもきれいですよ。
小池さん
窓を開放すると気持ちが良いわね。外履きに履き替えずに、隣部屋に行く感覚ですっと外に出られるのも最高! 朝起きたらすぐに庭に出られるのもいいなあ。本当に贅沢よね。これだけの広さがあるテラスは本当に羨ましい。
Yさん
この空間をまだ使いこなせていないので、道路脇の生垣がもう少し育ったら、椅子やテーブルをゴロゴロと引き出して外で食事を楽しみたいと思っています。
小池さん
道路からの視線が気になるかもしれないけれど、こちらが開放的に暮らせば、外からの目は意外に遠慮がちになるものよ(笑)。
Yさん
そういえば家に来る友人は、デッキに出ると、道行く人に自然に挨拶してましたから、それくらい開放的でちょうどいいのかもしれませんね。

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理想の郊外生活へ

小池さん
ここまで来る途中は坂がある道が続いて、少し高台になったところで、この家に到着したのですが、そこからの眺めに起伏がある街の魅力を感じました。前面道路を挟んで緑地が広がり「陽の家」には理想的な敷地ね。
Yさん
この場所は以前暮らしていた賃貸マンションのすぐ近くなんです。この街の緑が多い環境が気に入っていたので、できれば土地勘があるこの近くで探そうと思ったんですよ。最初に見学した「陽の家」のモデルハウスは森の中にあって、そのイメージにも惹かれたので、家の前に緑があって「陽の家」の考え方にふさわしい土地を狭いエリアで探すのは大変でしたね。3ヶ月くらいでたまたまこの敷地に巡り合えたのは幸運でした。
理想の家は自然の中でリラックスできる場所。「陽の家」はその理想に近い家で、平屋が希望だったのでそれにも適っていた。これから少しずつ手を加えて、理想に近づけていきたいと考えています。
小池さん
そろそろ失礼しなければならない時間になりました。今日はうかがう前からすごく楽しみだったの。「無印良品の家」での素敵な暮らしを拝見できてうれしかった。どうもありがとう。

「陽の家」 Y邸

延べ床面積: 75.97㎡(22.98坪)

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ieni28_img15勾配天井
ieni28_img16洗面ボウル

陽の家」のリビングは、屋根の外形がそのまま現れた勾配天井です。
登り梁を用いて、室内に余計な構造材を見せず、平屋でありながら開放感のある一室空間をつくっています。
MUJI HOTEL」と同じ仕様の洗面ボウルをお選びいただけます。