vol.25 五感の家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて福岡県糸島市へ。
東洋文化研究者のアレックス・カーさんが、せせらぎと虫の音を聴く「木の家」に会いに行きました。

家に会いに | 2023.2.17

2018年9月公開されたものを再編集しています

プロローグ

整然の美

人間が星空の下で大地に寝そべって眠ることを止め、洞窟で暮らすようになった時から、「ものとの戦い」は始まっていたのだろう。
洞窟の隅に骨や薪が溜まり、ものだらけになったら次の洞窟へ、という行為が繰り返され、人類は地球全体に広まっていったのかも知れない。戦いは今も続いているが、大抵は人が負け、ものが勝っているように思う。
僕が潔癖なのかも知れないが、家の中が整理されていれば、四畳半の一部屋でも居心地よく住める。
窓からの眺めが良いに越したことはないが、退屈な景色でも部屋の中がすっきりしていれば、お茶を一服飲んで寛ぐことができる。反対に庭付きの豪邸でも、ものが溢れ散らかった環境では落ち着かない。
美術品収集をこよなく愛する自分にとって、ものを減らすことは不可能だ。
しかし、掛軸を一本だけ掛け、他は棚にしまっていた昔の日本のように、片付ければ良い。
空っぽの部屋に、花一輪、壁に好きな絵一つ。そんな佇まいが何とも美しい。

Alex Kerr|アレックス・カー
東洋文化研究家/作家
1952 年生まれ。イエール大学で日本学を専攻。現在は京都・亀岡の矢田天満宮境内に移築された400年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に、国内をまわり、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。

01_img01

01_img02

ダイアログ1

だから、ここに建てました

02_img01

「木の家」
Y邸|福岡県、2017年10月竣工
延べ床面積: 103.50m²(31.30坪)
家族構成: 夫婦・娘・息子

アレックス・カーさんが会いにいった家

農地と住宅地の境には、ハグロトンボが飛び交う水路が流れ、緩やかな坂道の先に、鎮守の森が深緑の葉を広げています。
糸島市は玄界灘と背振山地に囲まれた自然豊かな都市で博多にも近く、近年は移住先としても注目されています。
Yさん夫婦は、久留米の大学で出会い、東京の門前町で暮らし、夫の勤務先の福岡本社に転勤。賃貸住宅の2年の契約期間中に新居の土地を探し、糸島で理想の宅地に巡り会います。
奥様の実家にほど近く、ご主人の少年時代の原風景に近い、緑豊かな立地は、南側に視界が開け、以前、東京で見学した「木の家」にぴったりの敷地。南の木立は桜の林でした。
通勤も快適で「おすそ分け」できる近隣との心地よいつながり。
二人の子供が伸び伸びと育つ家が完成しました。

「こんにちは」
「どうぞ、どうぞ」

02_img02

アレックスさん
私の無印良品のイメージは「日本の白」。伝統的な日本家屋の白壁も、純白ではなくオフホワイトの「日本の白」でした。

明るさという価値

アレックスさん
現しの木柱とオフホワイトの壁の質感がいいですね。昔の日本家屋も真壁に漆喰仕上げでした。かつての日本の白布は、藤の繊維を川に晒し、糸を紡んで藤布を織ったので、木綿のような純白にはならない。漆喰の白もそう。真っ白ではなくオフホワイトが日本の白なんです。でも近代以降、人工的で単調な純白ばかりになってしまった。それは日本的な白とは違う世界。純白から少し外れたオフホワイトの白が日本の白なんですよ。
確かに、反射する光も柔らかく心地よい明るさです。

02_img03

アレックスさん
この家の良さは明るさですね。吹き抜けに面した大開口は、開放的でとても気持ち良い。贅沢ですよ。住宅地の際なので、この先は神社の杜だけ。眺望もすごく良いですね。
目の前の林は桜なんですよ。桜吹雪もすごくきれいでした。
2階に子供たちがいても、吹き抜け越しにお互いの声が聞こえるので安心感があります。エアコンは2階に1台だけで、この吹き抜けから冷暖気を家中に送るので、機能的にも必要なんです。
アレックスさん
それは、かなりの省エネですね。高気密高断熱だから可能になった設計でしょう。日本の古民家の弱点は断熱と気密性。私が携わる古民家再生では、快適性を高めるため、改修時に断熱材をたくさん使うし床暖房も入れますが、昔の家は寒かったですからね。
実家がそうでしたね。「無印良品の家」は本当に機能的で快適ですよ。建てる前は分譲集合住宅も見学しましたが、仕切りが多く、お仕着せの部屋割りで、機能以前に、自分たちとは価値観が合わないなと思いました。
アレックスさん
そうでしょうね。こんな家を求めた家族には、お仕着せの間取りで天井や壁の圧迫感を感じながら暮らすのは無理でしょう。それに、人が住む前から無駄な飾りが多いですからね。この家は、いらないものはない。当たり前のシンプルさが気持ちいい。
子供と一緒に暮らすのは15年くらい。巣立った後を考えると二人の暮らしに戻りますからね。自由度のあるコンパクトな家が理想でした。

02_img04

五感で自然を感じる家

アレックスさん
モノも美しく整理されていて、努力して無駄を排除しないと、こんな美しい生活できないと思うんですよ。子供がいると、とくに大変だと思います。
必要なモノを必要な場所に置くことだけを考え、設計時から収納スペースはあえて増やさずに計画を進めました。いまの収納に収まらないものは整理するという考え方です。
アレックスさん
素晴らしいですね。見た目で立派な家は多いけれど、美しく暮らすのは難しいものです。庭のデッキも楽しそうですね。
そうですね。外までリビング感覚です。
窓はトリプルガラスなので断熱性が高く、閉めると遮音性も高くて、ここを開けると……。

02_img05

アレックスさん
ああ、せせらぎの音と虫の鳴き声が。こういう環境は子供には幸せですね。
長女
おとうさん、お砂遊びしたい!
はい、どうぞ(すたすたすた)
アレックスさん
玄関だけじゃなく、デッキからも庭や外に出られるのね。

02_img06

都心に暮らしていたころは、子供を遊ばせるために公園にわざわざ出かけていましたが。
アレックスさん
いまは一歩出ると全部公園じゃない(笑)
そうなんですよ。休日にお出かけしなくても、この家は、ただいるだけで十分豊かなんですよ。私は、まわりに山や川や海がある田舎で育ったので、自分自身も落ち着きますし、子供たちにも同じように、自然豊かな環境を体験してほしい気持ちがありました。「あ、蝉の声がする」とか、五感で環境を感じながら育つことは大事だと思っているので。
アレックスさん
なるほど。だからこの場所なんですね。この清流なら、夜、ホタルが飛び交うんじゃないですか。
いますよ。夕方になるとホタルを見に行きたいって子供たちに言われます。

02_img07

ダイアログ2

暮らしのバランスを考える

2階の吹き抜けを見ながら

アレックスさん
家自体も良いけど、本当に上手に空間を使ってますね。最近はどういう生活すれば楽しく暮らせるのか、わからない人が多いですよ。立派なクルマを手に入れたけど、キーがなくてスタートできない。
暮らしに関しては妻がプロなので、何をどう使えば心地よいのか、アドバイスをもらいながら生活しています。娘もちゃんと片付けるようになりましたし。
アレックスさん
そういう生活思想が暮らしの中に自然にあると、子供も美しい生活を求めるようになりますよ。
長女から怒られるもんね。「歯ブラシ出しっぱなしです!」って。

アレックスさん
あはははは。4歳でここまでしっかりしてると、大きくなったらお父さんは大変だよ、もう。
そ、そうなんですよね。

03_img01

アレックスさん
ここ、吹き抜けに面したこのスペースは不思議な空間ですね。子供部屋でもなく、書斎でもない。
用途を決めていないフリースペースです。子供と遊んだり、お絵描きしたり。将来、子供用の個室に3畳の部屋を2つ準備していますが、個室は寝る部屋として使って、勉強はリビングや、このフリースペースですることになるのかな、と思っています。
アレックスさん
贅沢ですよね。普通は少しでも部屋を増やしたいと思いますからね。
おそらく15年後は、また夫婦二人の暮らしになって、そのころはどういう生活をしているのか。それを考えると、用途を限定した部屋より自由な空間がいいなと思ったんですよ。部屋数をどうするかより、掃除のしやすさとか、快適に暮らすには何が必要かを考えましたね。
アレックスさん
なるほどね。
土地に余裕がありますから、それを生かした広い家にしようと考えたこともありましたが、これで十分だなと。
アレックスさん
十分でしょうね。実は古民家も広々としたお屋敷より、小ぢんまりとした温かみのある建物のほうが人気があるんですよ。よく考えると、人の暮らしの価値観の中で「広さ」はそんなに重要じゃないんですよね。
確かに近年の家づくりは、往々にして、子供部屋がほしいとか、書斎がほしいとか、客間がいくつ必要だとか、部屋数をどんどん増やしていく傾向にありましたよね。
アレックスさん
それを一つの家でやろうとすると、家は大きくても結局は狭い部屋で暮らすことになる。実際は客間なんてほとんど使わないからね。その点、この家はオープンで開放的な空間で、のびのび暮らしている。この吹き抜けも、ある意味、日本の昔の民家のつくりですよ。残念ながら新しい日本の家は、天井に圧迫感があるんですよ。でも、この高さは本当に気持ちいい。

03_img02

アレックスさんの暮らし

アレックスさん
この家も新しい建材や技術で建てているとは思いますが、プラスチックぽさはなくて、自然な質感を生かしているのは良いと思います。質感は大事ですよ。上質な質感の家で育った子供は、大人になってから差が出ると思いますね。「木の家」のような、木の柱にオフホワイトの塗り壁は日本の基本ですしね。
確かに昔の家は柱に身長を刻んだりしていました。
アレックスさん
サッシのつくりもいい。樹脂製でこれくらいキレイなら悪くないね。壁のオフホワイトとの相性もいいですし。僕は基本的にアルミサッシ反対派だから、古民家再生では木製を使いますが、必ずガラスは複層を選んでいます。
ところでアレックスさんは、どんなお家で育ったんですか。
アレックスさん
僕の親は軍人でしたから、世界中を転々としながら暮らしてきたんですよ。親も家にはこだわりがあったようで、木造住宅や暖炉がある家や、面白い家に暮らしてきましたね。この子たちと同じ年齢のころはナポリの高台で暮らしていました。そのあとはハワイですね。海の近くの古い木造住宅でした。そこは印象深いですね。
素敵ですね。
アレックスさん
おそらく、そんな影響もあって、古い家が好きになったのでしょう。いま暮らしている家は、約250年前に京都・亀岡に移築されたもので、建物自体はもっと古いんですよ。暮らし始めたばかりのころは大変でしたけどね。
えー、250年以上! そこを少しずつリノベーションしながら、ですか。
アレックスさん
そうです。私が仕事として取り組む古民家再生はとにかく徹底的に修繕しますが、亀岡の家は何十年単位で少しずつ手を入れて、いまに至っています。何が快適なのか。人はどんな場所なら落ち着くのか、そういうことはいつも考えてきましたね。
例えば……。
アレックスさん
例えば、寝室はコンパクトで生活スペースには開放感が必要とか。この家と一緒ですね。いろいろな経験を通して気がついたことですが。
なるほど。確かにバランスは大事ですよね。自分たちの生き方や暮らし方でも「バランス」って大切にしてきましたから。都会と田舎、街並みと自然、いろいろなバランスを考えていまの暮らしがあるのだと思います。

03_img03

ダイアログ3

古いけれど新しい暮らし

知恵が暮らしを楽しくする

アレックスさん
大きな窓から見える眺めは素晴らしいですね。「木の家」と「窓の家」で迷ったって聞きましたが、「木の家」だけど、こここそ、まさに「窓」の家じゃないかと思いますよ。
私は「窓の家」の真っ白な外観も好きだったんですが……。
アレックスさん
そう、迷ったのは外観ね。でもここ、外壁は黒じゃない(笑)。
まあ、「木の家」ならこっちのほうが合うかなと(笑)。
アレックスさん
それはともかく(笑)、キッチンを拝見してもいいですか。
どうぞ、どうぞ。
アレックスさん
この、アイランド形のキッチンは使いやすそうですね。子供たちも楽しいんじゃないですか。
対面で会話もできるし、一緒にお手伝いもしてくれますよ。四角いシンクも気に入ってます。気持ちがいいくらい四角で。
アレックスさん
うん、確かにきれいです。シンプルで広くて。やっぱり深いシンクはいいね。
そうですね。

04_img01

アレックスさん
ああ、なかなかいい蕎麦猪口が並んでますね。僕も蕎麦猪口が好きで集めてるんですよ。
え、そうなんですか! 私もどうやら好きみたいで(笑)。
アレックスさん
ふふふ。ちょっといいですか。これ、すごくいいね。どこの器なの?
天草です。
天草に二人が好きな器屋さんがあるんですよ。なぜか惹かれてしまって。
私は佐賀出身なので、有田焼のような磁器に馴染みがあり、昔はつるっとしたものが好きだったんです。最近は土っぽいものにも惹かれるようになって。
アレックスさん
新居の影響もあるのかな。でも、リビングのテーブルに有田焼の明るい器を置いてもきっとキレイでしょうね。いろいろな好みを受け入れてくれそうな、ピュアで懐の深い空間だと思います。

04_img02

アレックスさん
ところで、この扉は……。
一畳分のパントリー兼掃除用具入れです。ここでパソコンを使った作業もできます。
アレックスさん
ちょっとしたスペースが大事なんですよね。この先はお風呂やトイレなのかな。
どうぞ。玄関からつながっているので、外から戻ったらここで手を洗ってリビングへ。それから、クローゼットは玄関と浴室の間に設けました。子供のころに暮らしていた実家では、自分の部屋もクローゼットも2階でしたが、朝起きてパジャマでリビングに降りてきて、また着替えに2階に上がるのが面倒だった記憶があって。それで、着替えは全部ここで済ませたいという想いをプランに詰め込みました。
お互いの実家暮らし時代の想いが反映されているんですよね。

アレックスさん
家はかっこよくても、生活の知恵がないと生活がつまらなくなりますからね。それに、着替えスペースはある程度の広さがあるほうが快適ですよね。ここも天井が高くて良い空間じゃないですか。

04_img03

日本の暮らしの原点

アレックスさん
ぱっと見回すと僕の家にあるのと同じものがありますね。ああ、これも(笑)。
ひょっとして、アレックスさんも無印良品をよく使ってるんですか。
アレックスさん
使ってますよ。そのイメージがあったので、「無印良品の家」は、きっとシンプルで、グッドデザインなんだろうとは思っていましたが、快適で落ち着く雰囲気は期待以上でした。グッドデザインだけでは快適じゃないんだよね。
僕の無印良品のイメージは機能美です。
アレックスさん
そうそう。それは日本の暮らしの基本ですよ。茶の湯も無駄のない動きが美しい。日本人の暮らしが今日のように複雑化して混乱状態になったのは最近のことですよね。昔はそうではなかったと思う。無印良品は新しいけど古い。日本の暮らしの原点ですよ。
控えめに格好いいですよね。

04_img04

アレックスさん
華道家の川瀬敏郎さんに、こんな話を聞いたことがあります。中国の工芸品は素晴らしくて、人の感受性が1から10まであれば、10の美しさで迫ってくる。でも日本の品は8か9。だから、もう少し「何か」が欲しいと思う。日本の工芸は、迫りくるようなすごさではないけれど、その「もう少し欲しい」気持ちがあるから人は惹かれていく。足りないからこそ、すっと気持ちが入る。無理なもの、無駄な力んだもの、重く野暮なものから脱けだして、自然で控えめなところが日本の暮らしの良さなのだと思います。
なるほど。実は「余白」が家づくりのテーマだったんですよ。
アレックスさん
余白はあるけど無駄はないですよね。こういう設計は本来は日本が得意とするものです。片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんの著書『The Life-Changing Magic of Tidying Up』は、アメリカでベストセラーですが、この家のように整理整頓ができていて、自分が愛情を持てない無駄なものは所有しないライフスタイルは、アメリカでも注目されているんですよ。
そうなんですか。そういえば仕事も突き詰めると情報の整理整頓ですしね。
アレックスさん
こんな家に暮らすと、仕事にも良い影響があるんじゃないですか。
そうですね。それは実感しています。福岡に転勤になって、仕事のことだけ考えると都心の生活という選択肢もあったけれど、子供たちとどんな暮らしをするかを考えて、この暮らしを選んだんですよ。子供が大人になるころは、いまよりテクノロジーも進化してると思いますが、コミュニケーションや人とのつながりって絶対なくならないですよね。そこに求められる「人間性って何か」を五感で学んでほしい。そう考えたんです。
アレックスさん
でも、昔に戻った生活をするわけじゃなく、高性能な家で先端的な生活を送っている。素敵じゃないですか。

やっぱりバランスでしょうか。例えば、都心で暮らせば通勤時間は短いけれど、いまはその通勤の時間が、ひとりになれる時間として貴重なんですよ。本を読んだり、音楽を聴いたり。
アレックスさん
僕はチェンマイの郊外に家を建てる予定があって、その敷地はここと似た環境なんですよ。これまでは古い家を直してきたけれど、ゼロからつくるのは初めてで、そこは現代的な空間にしたいなと考えています。今日はいろいろ勉強になりましたよ。どうもありがとう。
夫・妻
こちらこそ、ありがとうございました。

04_img05

エピローグ(編集後記)

土地選びと建物選び

今回会いに行ったYさんのお宅は、海にも近くそれでいて里山の風景も残すとても豊かな自然環境と、多少通勤時間は長くなるけれど博多にも十分通えるほどの利便性を両立していて、「木の家」での生活を楽しむのに「ちょうどいい」素敵な場所に建っていました。
春には隣の神社の境内に咲く桜を眺め、夏には前を流れる小川にはホタルが舞い、秋には里山の紅葉も楽しめるという環境は、周りに自然が少ないところに住む私にとってはなんともうらやましい限り。取材がひと段落してリビングに座り、目に飛び込んでくる緑の鮮やかさを楽しみつついただくおやつは格別のものでした。

今回のYさんは、どこに住むかということに十分に時間をかけて検討してきたそうです。Yさんの土地探しのプロセスはまず「木の家」を気に入っていただいたことからスタートしています。気に入った建物が見つかったから、その建物の特性を生かせるような場所を選びたい。15~30分通勤時間が長くなるけど、周辺環境が良く「木の家」の大きな開口部から四季の移ろいを感じながら家族とのつながりを大事にして暮らしたいという明確な価値観が、結果的に現在の豊かな暮らしを実現していると思います。

一般的にはお金をかければ別ですが、限られた予算との兼ね合いもあってすべての要望を満たせるような土地はなかなか見つかりにくいものです。そんなときは一度、土地に対する要望を整理してみてください。一番大事などんな家でどう暮らしたいのかということを考えてみると、意外と土地の選択肢は広がるかもしれません。土地選びと建物選びは一体で考えることがとても大事なのです。

話は変わりますが、今回の訪問の中で「蕎麦猪口」のことが話題に上がっていました。実は私が事前の打合せでアレックスさんのご自宅におうかがいしたときに、産地は違えどさまざまな表情を見せる蕎麦猪口の数々を見せていただきました。蕎麦猪口はちょうど良いサイズ感で使い手の発想によってさまざまな使い方ができる。お茶やコーヒーを飲む、花を生ける、デザートの器にと、実に懐が深い使い勝手の良さがあるところがお気に入りだそうです。
「無印良品の家」もまた、どんなライフスタイルでも受け止められる懐の深さがありますが、
お二人の会話の中で、全く違うプロダクトではあるものの「いろいろ使える」ということは実は完成されたデザインであるということを、ふと発見することができました。(E.K)

05_img01

05_img02

「無印良品の家」に寄せて | 東洋文化研究者 アレックス・カーさん

暮らしへのこだわり

訪問先のご夫婦は、明確な「リンビング・センス」を持っている。二人は元々東京で暮らしていて、まだ若いにも関わらず、意外と日本のものを愛するテーストが備わっている。

彼らは仕事の都合で福岡へ引っ越して、家を建てることになり、まず土地探しを始めた。「家」というと、建物とインテリアだけで考えられがちだが、やはり周辺の景色や、利便性も重要。とはいえ普通なら、そこまで追求することはない。子どもたちが生活に楽しさを感じながら成長のできる場所を求め、最終的に彼らは小さな川の側に土地を見つけた。対岸は田んぼ、丘の上には池があり、ジブリの作品に出てきそうな田園風景だ。

家は自分たちの趣味にMUJIが合うことから、無印良品の家に決めていたようだ。家族が明るく暮らせそうという理由で、3つのパターンから「一室空間」を特徴とした「木の家」を選んだ。

夏の暑い日、この家を訪れた僕をまず迎えたのは、川沿いの真っ黒な住宅だった。黒はしっとりとした味わいで、昔の黒瓦や焼杉の雰囲気を醸し出し、周囲にも馴染んでいた。

「木の家」と言うだけあり、屋内は床や柱を中心に木が多用されている。ひとえに「木」と言っても、様々な樹種があり、昔の家には松や栂、宮殿・神社では檜が用いられた。湿気に弱く柔らかい杉が使われることはなかったのだが、近年の木造建築は杉ばかり。今回も同様に予想していたが、嬉しいことに松材が用いられていた。そのため、柱や梁の表面は松特有のツヤが出て、焦茶色と黄金色の中間のソフトな色合いになっている。

日本の古い大工の技術は世界有数で、部材を繋ぐ精巧な技術がある。新しい木造建築はどうかと、継ぎ目を見ると、独自に開発されたという匠なジョイントで組まれていた。地震にも耐える強度を持ちながら、デッサンとしても洒落た仕上がりになっている。

このような家を使いこなすのにも「技術」が必要だと思う。今回のご家族は、日常の暮らしを大事にしている。「一室空間」のコンセプトを応用し、二階の小さな寝室も開放的なつくりにして、風通しの良いオープンスペースを確保している。

何より感心したのは、厳選された「物」(茶碗、お皿、カゴ、家具など)の数々だ。一つ一つに思いが込められ無駄がない。二階の寝室では、日の差し込む窓の下、2歳の男の子がすやすやと眠っている。その光景に、21世紀の家族の美しい姿を感じた。これがMUJIの家の正しい住み方に違いない。[2018.10]

06_img01

06_img02プロローグ

整然の美

人間が星空の下で大地に寝そべって眠ることを止め、洞窟で暮らすようになった時から、「ものとの戦い」は始まっていたのだろう。
洞窟の隅に骨や薪が溜まり、ものだらけになったら次の洞窟へ、という行為が繰り返され、人類は地球全体に広まっていったのかも知れない。戦いは今も続いているが、大抵は人が負け、ものが勝っているように思う。
僕が潔癖なのかも知れないが、家の中が整理されていれば、四畳半の一部屋でも居心地よく住める。
窓からの眺めが良いに越したことはないが、退屈な景色でも部屋の中がすっきりしていれば、お茶を一服飲んで寛ぐことができる。反対に庭付きの豪邸でも、ものが溢れ散らかった環境では落ち着かない。
美術品収集をこよなく愛する自分にとって、ものを減らすことは不可能だ。
しかし、掛軸を一本だけ掛け、他は棚にしまっていた昔の日本のように、片付ければ良い。
空っぽの部屋に、花一輪、壁に好きな絵一つ。そんな佇まいが何とも美しい。

Alex Kerr|アレックス・カー
東洋文化研究家/作家
1952 年生まれ。イエール大学で日本学を専攻。現在は京都・亀岡の矢田天満宮境内に移築された400年前の尼寺を改修して住居とし、そこを拠点に、国内をまわり、昔の美しさが残る景観を観光に役立てるためのプロデュースを行っている。著書に『美しき日本の残像』(新潮社)、『犬と鬼』(講談社)など。

01_img01

01_img02

ダイアログ1

だから、ここに建てました

02_img01

「木の家」
Y邸|福岡県、2017年10月竣工
延べ床面積: 103.50m²(31.30坪)
家族構成: 夫婦・娘・息子

アレックス・カーさんが会いにいった家

農地と住宅地の境には、ハグロトンボが飛び交う水路が流れ、緩やかな坂道の先に、鎮守の森が深緑の葉を広げています。
糸島市は玄界灘と背振山地に囲まれた自然豊かな都市で博多にも近く、近年は移住先としても注目されています。
Yさん夫婦は、久留米の大学で出会い、東京の門前町で暮らし、夫の勤務先の福岡本社に転勤。賃貸住宅の2年の契約期間中に新居の土地を探し、糸島で理想の宅地に巡り会います。
奥様の実家にほど近く、ご主人の少年時代の原風景に近い、緑豊かな立地は、南側に視界が開け、以前、東京で見学した「木の家」にぴったりの敷地。南の木立は桜の林でした。
通勤も快適で「おすそ分け」できる近隣との心地よいつながり。
二人の子供が伸び伸びと育つ家が完成しました。

「こんにちは」
「どうぞ、どうぞ」

02_img02

アレックスさん
私の無印良品のイメージは「日本の白」。伝統的な日本家屋の白壁も、純白ではなくオフホワイトの「日本の白」でした。

明るさという価値

アレックスさん
現しの木柱とオフホワイトの壁の質感がいいですね。昔の日本家屋も真壁に漆喰仕上げでした。かつての日本の白布は、藤の繊維を川に晒し、糸を紡んで藤布を織ったので、木綿のような純白にはならない。漆喰の白もそう。真っ白ではなくオフホワイトが日本の白なんです。でも近代以降、人工的で単調な純白ばかりになってしまった。それは日本的な白とは違う世界。純白から少し外れたオフホワイトの白が日本の白なんですよ。
確かに、反射する光も柔らかく心地よい明るさです。

02_img03

アレックスさん
この家の良さは明るさですね。吹き抜けに面した大開口は、開放的でとても気持ち良い。贅沢ですよ。住宅地の際なので、この先は神社の杜だけ。眺望もすごく良いですね。
目の前の林は桜なんですよ。桜吹雪もすごくきれいでした。
2階に子供たちがいても、吹き抜け越しにお互いの声が聞こえるので安心感があります。エアコンは2階に1台だけで、この吹き抜けから冷暖気を家中に送るので、機能的にも必要なんです。
アレックスさん
それは、かなりの省エネですね。高気密高断熱だから可能になった設計でしょう。日本の古民家の弱点は断熱と気密性。私が携わる古民家再生では、快適性を高めるため、改修時に断熱材をたくさん使うし床暖房も入れますが、昔の家は寒かったですからね。
実家がそうでしたね。「無印良品の家」は本当に機能的で快適ですよ。建てる前は分譲集合住宅も見学しましたが、仕切りが多く、お仕着せの部屋割りで、機能以前に、自分たちとは価値観が合わないなと思いました。
アレックスさん
そうでしょうね。こんな家を求めた家族には、お仕着せの間取りで天井や壁の圧迫感を感じながら暮らすのは無理でしょう。それに、人が住む前から無駄な飾りが多いですからね。この家は、いらないものはない。当たり前のシンプルさが気持ちいい。
子供と一緒に暮らすのは15年くらい。巣立った後を考えると二人の暮らしに戻りますからね。自由度のあるコンパクトな家が理想でした。

02_img04

五感で自然を感じる家

アレックスさん
モノも美しく整理されていて、努力して無駄を排除しないと、こんな美しい生活できないと思うんですよ。子供がいると、とくに大変だと思います。
必要なモノを必要な場所に置くことだけを考え、設計時から収納スペースはあえて増やさずに計画を進めました。いまの収納に収まらないものは整理するという考え方です。
アレックスさん
素晴らしいですね。見た目で立派な家は多いけれど、美しく暮らすのは難しいものです。庭のデッキも楽しそうですね。
そうですね。外までリビング感覚です。
窓はトリプルガラスなので断熱性が高く、閉めると遮音性も高くて、ここを開けると……。

02_img05

アレックスさん
ああ、せせらぎの音と虫の鳴き声が。こういう環境は子供には幸せですね。
長女
おとうさん、お砂遊びしたい!
はい、どうぞ(すたすたすた)
アレックスさん
玄関だけじゃなく、デッキからも庭や外に出られるのね。

02_img06

都心に暮らしていたころは、子供を遊ばせるために公園にわざわざ出かけていましたが。
アレックスさん
いまは一歩出ると全部公園じゃない(笑)
そうなんですよ。休日にお出かけしなくても、この家は、ただいるだけで十分豊かなんですよ。私は、まわりに山や川や海がある田舎で育ったので、自分自身も落ち着きますし、子供たちにも同じように、自然豊かな環境を体験してほしい気持ちがありました。「あ、蝉の声がする」とか、五感で環境を感じながら育つことは大事だと思っているので。
アレックスさん
なるほど。だからこの場所なんですね。この清流なら、夜、ホタルが飛び交うんじゃないですか。
いますよ。夕方になるとホタルを見に行きたいって子供たちに言われます。

02_img07

ダイアログ2

暮らしのバランスを考える

2階の吹き抜けを見ながら

アレックスさん
家自体も良いけど、本当に上手に空間を使ってますね。最近はどういう生活すれば楽しく暮らせるのか、わからない人が多いですよ。立派なクルマを手に入れたけど、キーがなくてスタートできない。
暮らしに関しては妻がプロなので、何をどう使えば心地よいのか、アドバイスをもらいながら生活しています。娘もちゃんと片付けるようになりましたし。
アレックスさん
そういう生活思想が暮らしの中に自然にあると、子供も美しい生活を求めるようになりますよ。
長女から怒られるもんね。「歯ブラシ出しっぱなしです!」って。

アレックスさん
あはははは。4歳でここまでしっかりしてると、大きくなったらお父さんは大変だよ、もう。
そ、そうなんですよね。

03_img01

アレックスさん
ここ、吹き抜けに面したこのスペースは不思議な空間ですね。子供部屋でもなく、書斎でもない。
用途を決めていないフリースペースです。子供と遊んだり、お絵描きしたり。将来、子供用の個室に3畳の部屋を2つ準備していますが、個室は寝る部屋として使って、勉強はリビングや、このフリースペースですることになるのかな、と思っています。
アレックスさん
贅沢ですよね。普通は少しでも部屋を増やしたいと思いますからね。
おそらく15年後は、また夫婦二人の暮らしになって、そのころはどういう生活をしているのか。それを考えると、用途を限定した部屋より自由な空間がいいなと思ったんですよ。部屋数をどうするかより、掃除のしやすさとか、快適に暮らすには何が必要かを考えましたね。
アレックスさん
なるほどね。
土地に余裕がありますから、それを生かした広い家にしようと考えたこともありましたが、これで十分だなと。
アレックスさん
十分でしょうね。実は古民家も広々としたお屋敷より、小ぢんまりとした温かみのある建物のほうが人気があるんですよ。よく考えると、人の暮らしの価値観の中で「広さ」はそんなに重要じゃないんですよね。
確かに近年の家づくりは、往々にして、子供部屋がほしいとか、書斎がほしいとか、客間がいくつ必要だとか、部屋数をどんどん増やしていく傾向にありましたよね。
アレックスさん
それを一つの家でやろうとすると、家は大きくても結局は狭い部屋で暮らすことになる。実際は客間なんてほとんど使わないからね。その点、この家はオープンで開放的な空間で、のびのび暮らしている。この吹き抜けも、ある意味、日本の昔の民家のつくりですよ。残念ながら新しい日本の家は、天井に圧迫感があるんですよ。でも、この高さは本当に気持ちいい。

03_img02

アレックスさんの暮らし

アレックスさん
この家も新しい建材や技術で建てているとは思いますが、プラスチックぽさはなくて、自然な質感を生かしているのは良いと思います。質感は大事ですよ。上質な質感の家で育った子供は、大人になってから差が出ると思いますね。「木の家」のような、木の柱にオフホワイトの塗り壁は日本の基本ですしね。
確かに昔の家は柱に身長を刻んだりしていました。
アレックスさん
サッシのつくりもいい。樹脂製でこれくらいキレイなら悪くないね。壁のオフホワイトとの相性もいいですし。僕は基本的にアルミサッシ反対派だから、古民家再生では木製を使いますが、必ずガラスは複層を選んでいます。
ところでアレックスさんは、どんなお家で育ったんですか。
アレックスさん
僕の親は軍人でしたから、世界中を転々としながら暮らしてきたんですよ。親も家にはこだわりがあったようで、木造住宅や暖炉がある家や、面白い家に暮らしてきましたね。この子たちと同じ年齢のころはナポリの高台で暮らしていました。そのあとはハワイですね。海の近くの古い木造住宅でした。そこは印象深いですね。
素敵ですね。
アレックスさん
おそらく、そんな影響もあって、古い家が好きになったのでしょう。いま暮らしている家は、約250年前に京都・亀岡に移築されたもので、建物自体はもっと古いんですよ。暮らし始めたばかりのころは大変でしたけどね。
えー、250年以上! そこを少しずつリノベーションしながら、ですか。
アレックスさん
そうです。私が仕事として取り組む古民家再生はとにかく徹底的に修繕しますが、亀岡の家は何十年単位で少しずつ手を入れて、いまに至っています。何が快適なのか。人はどんな場所なら落ち着くのか、そういうことはいつも考えてきましたね。
例えば……。
アレックスさん
例えば、寝室はコンパクトで生活スペースには開放感が必要とか。この家と一緒ですね。いろいろな経験を通して気がついたことですが。
なるほど。確かにバランスは大事ですよね。自分たちの生き方や暮らし方でも「バランス」って大切にしてきましたから。都会と田舎、街並みと自然、いろいろなバランスを考えていまの暮らしがあるのだと思います。

03_img03

ダイアログ3

古いけれど新しい暮らし

知恵が暮らしを楽しくする

アレックスさん
大きな窓から見える眺めは素晴らしいですね。「木の家」と「窓の家」で迷ったって聞きましたが、「木の家」だけど、こここそ、まさに「窓」の家じゃないかと思いますよ。
私は「窓の家」の真っ白な外観も好きだったんですが……。
アレックスさん
そう、迷ったのは外観ね。でもここ、外壁は黒じゃない(笑)。
まあ、「木の家」ならこっちのほうが合うかなと(笑)。
アレックスさん
それはともかく(笑)、キッチンを拝見してもいいですか。
どうぞ、どうぞ。
アレックスさん
この、アイランド形のキッチンは使いやすそうですね。子供たちも楽しいんじゃないですか。
対面で会話もできるし、一緒にお手伝いもしてくれますよ。四角いシンクも気に入ってます。気持ちがいいくらい四角で。
アレックスさん
うん、確かにきれいです。シンプルで広くて。やっぱり深いシンクはいいね。
そうですね。

04_img01

アレックスさん
ああ、なかなかいい蕎麦猪口が並んでますね。僕も蕎麦猪口が好きで集めてるんですよ。
え、そうなんですか! 私もどうやら好きみたいで(笑)。
アレックスさん
ふふふ。ちょっといいですか。これ、すごくいいね。どこの器なの?
天草です。
天草に二人が好きな器屋さんがあるんですよ。なぜか惹かれてしまって。
私は佐賀出身なので、有田焼のような磁器に馴染みがあり、昔はつるっとしたものが好きだったんです。最近は土っぽいものにも惹かれるようになって。
アレックスさん
新居の影響もあるのかな。でも、リビングのテーブルに有田焼の明るい器を置いてもきっとキレイでしょうね。いろいろな好みを受け入れてくれそうな、ピュアで懐の深い空間だと思います。

04_img02

アレックスさん
ところで、この扉は……。
一畳分のパントリー兼掃除用具入れです。ここでパソコンを使った作業もできます。
アレックスさん
ちょっとしたスペースが大事なんですよね。この先はお風呂やトイレなのかな。
どうぞ。玄関からつながっているので、外から戻ったらここで手を洗ってリビングへ。それから、クローゼットは玄関と浴室の間に設けました。子供のころに暮らしていた実家では、自分の部屋もクローゼットも2階でしたが、朝起きてパジャマでリビングに降りてきて、また着替えに2階に上がるのが面倒だった記憶があって。それで、着替えは全部ここで済ませたいという想いをプランに詰め込みました。
お互いの実家暮らし時代の想いが反映されているんですよね。

アレックスさん
家はかっこよくても、生活の知恵がないと生活がつまらなくなりますからね。それに、着替えスペースはある程度の広さがあるほうが快適ですよね。ここも天井が高くて良い空間じゃないですか。

04_img03

日本の暮らしの原点

アレックスさん
ぱっと見回すと僕の家にあるのと同じものがありますね。ああ、これも(笑)。
ひょっとして、アレックスさんも無印良品をよく使ってるんですか。
アレックスさん
使ってますよ。そのイメージがあったので、「無印良品の家」は、きっとシンプルで、グッドデザインなんだろうとは思っていましたが、快適で落ち着く雰囲気は期待以上でした。グッドデザインだけでは快適じゃないんだよね。
僕の無印良品のイメージは機能美です。
アレックスさん
そうそう。それは日本の暮らしの基本ですよ。茶の湯も無駄のない動きが美しい。日本人の暮らしが今日のように複雑化して混乱状態になったのは最近のことですよね。昔はそうではなかったと思う。無印良品は新しいけど古い。日本の暮らしの原点ですよ。
控えめに格好いいですよね。

04_img04

アレックスさん
華道家の川瀬敏郎さんに、こんな話を聞いたことがあります。中国の工芸品は素晴らしくて、人の感受性が1から10まであれば、10の美しさで迫ってくる。でも日本の品は8か9。だから、もう少し「何か」が欲しいと思う。日本の工芸は、迫りくるようなすごさではないけれど、その「もう少し欲しい」気持ちがあるから人は惹かれていく。足りないからこそ、すっと気持ちが入る。無理なもの、無駄な力んだもの、重く野暮なものから脱けだして、自然で控えめなところが日本の暮らしの良さなのだと思います。
なるほど。実は「余白」が家づくりのテーマだったんですよ。
アレックスさん
余白はあるけど無駄はないですよね。こういう設計は本来は日本が得意とするものです。片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんの著書『The Life-Changing Magic of Tidying Up』は、アメリカでベストセラーですが、この家のように整理整頓ができていて、自分が愛情を持てない無駄なものは所有しないライフスタイルは、アメリカでも注目されているんですよ。
そうなんですか。そういえば仕事も突き詰めると情報の整理整頓ですしね。
アレックスさん
こんな家に暮らすと、仕事にも良い影響があるんじゃないですか。
そうですね。それは実感しています。福岡に転勤になって、仕事のことだけ考えると都心の生活という選択肢もあったけれど、子供たちとどんな暮らしをするかを考えて、この暮らしを選んだんですよ。子供が大人になるころは、いまよりテクノロジーも進化してると思いますが、コミュニケーションや人とのつながりって絶対なくならないですよね。そこに求められる「人間性って何か」を五感で学んでほしい。そう考えたんです。
アレックスさん
でも、昔に戻った生活をするわけじゃなく、高性能な家で先端的な生活を送っている。素敵じゃないですか。

やっぱりバランスでしょうか。例えば、都心で暮らせば通勤時間は短いけれど、いまはその通勤の時間が、ひとりになれる時間として貴重なんですよ。本を読んだり、音楽を聴いたり。
アレックスさん
僕はチェンマイの郊外に家を建てる予定があって、その敷地はここと似た環境なんですよ。これまでは古い家を直してきたけれど、ゼロからつくるのは初めてで、そこは現代的な空間にしたいなと考えています。今日はいろいろ勉強になりましたよ。どうもありがとう。
夫・妻
こちらこそ、ありがとうございました。

04_img05

エピローグ(編集後記)

土地選びと建物選び

今回会いに行ったYさんのお宅は、海にも近くそれでいて里山の風景も残すとても豊かな自然環境と、多少通勤時間は長くなるけれど博多にも十分通えるほどの利便性を両立していて、「木の家」での生活を楽しむのに「ちょうどいい」素敵な場所に建っていました。
春には隣の神社の境内に咲く桜を眺め、夏には前を流れる小川にはホタルが舞い、秋には里山の紅葉も楽しめるという環境は、周りに自然が少ないところに住む私にとってはなんともうらやましい限り。取材がひと段落してリビングに座り、目に飛び込んでくる緑の鮮やかさを楽しみつついただくおやつは格別のものでした。

今回のYさんは、どこに住むかということに十分に時間をかけて検討してきたそうです。Yさんの土地探しのプロセスはまず「木の家」を気に入っていただいたことからスタートしています。気に入った建物が見つかったから、その建物の特性を生かせるような場所を選びたい。15~30分通勤時間が長くなるけど、周辺環境が良く「木の家」の大きな開口部から四季の移ろいを感じながら家族とのつながりを大事にして暮らしたいという明確な価値観が、結果的に現在の豊かな暮らしを実現していると思います。

一般的にはお金をかければ別ですが、限られた予算との兼ね合いもあってすべての要望を満たせるような土地はなかなか見つかりにくいものです。そんなときは一度、土地に対する要望を整理してみてください。一番大事などんな家でどう暮らしたいのかということを考えてみると、意外と土地の選択肢は広がるかもしれません。土地選びと建物選びは一体で考えることがとても大事なのです。

話は変わりますが、今回の訪問の中で「蕎麦猪口」のことが話題に上がっていました。実は私が事前の打合せでアレックスさんのご自宅におうかがいしたときに、産地は違えどさまざまな表情を見せる蕎麦猪口の数々を見せていただきました。蕎麦猪口はちょうど良いサイズ感で使い手の発想によってさまざまな使い方ができる。お茶やコーヒーを飲む、花を生ける、デザートの器にと、実に懐が深い使い勝手の良さがあるところがお気に入りだそうです。
「無印良品の家」もまた、どんなライフスタイルでも受け止められる懐の深さがありますが、
お二人の会話の中で、全く違うプロダクトではあるものの「いろいろ使える」ということは実は完成されたデザインであるということを、ふと発見することができました。(E.K)

05_img01

05_img02

「無印良品の家」に寄せて | 東洋文化研究者 アレックス・カーさん

暮らしへのこだわり

訪問先のご夫婦は、明確な「リンビング・センス」を持っている。二人は元々東京で暮らしていて、まだ若いにも関わらず、意外と日本のものを愛するテーストが備わっている。

彼らは仕事の都合で福岡へ引っ越して、家を建てることになり、まず土地探しを始めた。「家」というと、建物とインテリアだけで考えられがちだが、やはり周辺の景色や、利便性も重要。とはいえ普通なら、そこまで追求することはない。子どもたちが生活に楽しさを感じながら成長のできる場所を求め、最終的に彼らは小さな川の側に土地を見つけた。対岸は田んぼ、丘の上には池があり、ジブリの作品に出てきそうな田園風景だ。

家は自分たちの趣味にMUJIが合うことから、無印良品の家に決めていたようだ。家族が明るく暮らせそうという理由で、3つのパターンから「一室空間」を特徴とした「木の家」を選んだ。

夏の暑い日、この家を訪れた僕をまず迎えたのは、川沿いの真っ黒な住宅だった。黒はしっとりとした味わいで、昔の黒瓦や焼杉の雰囲気を醸し出し、周囲にも馴染んでいた。

「木の家」と言うだけあり、屋内は床や柱を中心に木が多用されている。ひとえに「木」と言っても、様々な樹種があり、昔の家には松や栂、宮殿・神社では檜が用いられた。湿気に弱く柔らかい杉が使われることはなかったのだが、近年の木造建築は杉ばかり。今回も同様に予想していたが、嬉しいことに松材が用いられていた。そのため、柱や梁の表面は松特有のツヤが出て、焦茶色と黄金色の中間のソフトな色合いになっている。

日本の古い大工の技術は世界有数で、部材を繋ぐ精巧な技術がある。新しい木造建築はどうかと、継ぎ目を見ると、独自に開発されたという匠なジョイントで組まれていた。地震にも耐える強度を持ちながら、デッサンとしても洒落た仕上がりになっている。

このような家を使いこなすのにも「技術」が必要だと思う。今回のご家族は、日常の暮らしを大事にしている。「一室空間」のコンセプトを応用し、二階の小さな寝室も開放的なつくりにして、風通しの良いオープンスペースを確保している。

何より感心したのは、厳選された「物」(茶碗、お皿、カゴ、家具など)の数々だ。一つ一つに思いが込められ無駄がない。二階の寝室では、日の差し込む窓の下、2歳の男の子がすやすやと眠っている。その光景に、21世紀の家族の美しい姿を感じた。これがMUJIの家の正しい住み方に違いない。[2018.10]

06_img01

06_img02