建築家の大西麻貴さんと百田有希さんが情趣ある家具と暮らす「窓の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2023.1.18
プロローグ
地形のような家
家にはいろいろな場所がある方が好きです。
あたたかい場所やひんやりした場所、暗い場所や明るい場所。 風が通り抜ける廊下や、大きな吹き抜け。 あるいは小さく狭い秘密の場所。家は一つの環境だと思います。 だから、ここはリビング、ここは寝室、ここはキッチン、というように部屋がはっきりと名付けられた空間はなんだか息苦しく感じます。なんとなくここは「ご飯を食べたくなる場所だな」とか「寝そべってみたいな」と空間がやわらかく私たちを導いて、結果的にそこがダイニングと呼ばれる場所になったり、寝室という部屋になったりする方が楽しいし、豊かなのではないでしょうか。窓の大きさ、廊下の幅、床の素材、天井の高さ、玄関の位置、そうした一つ一つの選択が、この家にしかない環境の骨組みをつくっていくのでしょう。キャンプに出かけて、森の中に自分たちの居場所を見つける様に、家の中の様々な場所を自分で選び取ることの出来る、地形のような家を私たちもいつか設計してみたいと思います。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
大西麻貴さんと百田有希さんが会いにいった家
名古屋に隣接する田園都市あま市。奥様の実家に程近いこの街で、Sさん夫婦は築40年以上の古い平屋住宅を借り、手入れしながら暮らしていました。家づくりのきっかけは長男の誕生です。
寒くて傷みも酷かった借家から、戸建て新築への住替え計画をスタートさせたのは奥様。東南に開けた川沿いの土地を見つけ、ご主人を家づくり講座に誘い、そこで出合った「窓の家」に二人は未来の住まいを見出します。Sさん夫婦が大好きな、古く趣のある愛すべき家具や雑貨。その個性と家族が暮らす住まいは白くてシンプルな箱が理想でした。庭に面した南向きの大きな窓と、東に広がる掘割と稲穂の瑞々しさ。やがて次男も生まれ、穏やかな光に包まれた白い空間では、家族4人と味わい深い家具が紡ぐ、奥行きある時が刻まれていました。
「こんにちは」
「どうぞおあがりください」
- 大西さん
- 外から見るところんとしているところがかわいいですね。
- 百田さん
- 「窓の家」を選ばれたということで、家づくりで窓をどんなふうに考えたのかは興味がありますね。
玄関から室内へ
- 大西さん
- 外は曇り空でしたが、家に入るとふわっと明るいですね。
- 妻
- 主人は帰ってくると、いつも「はぁ~、気持ちいいぃ」みたいなこと、思わず口にしてますよ(笑)。
- 大西さん
- 家に入ると視界が広って、家の中に入ったというよりも、中だけど外みたいな空気感がありますよね。
- 夫
- 帰ってくるといつも「空気がキレイだな」って思うんですよ。空気が家中回る感じですね。扉も間仕切りもできるだけなくして、可変性のある空間が希望でした。入り口の左は、今は夫婦のアトリエですが、いつかはここを妻のお店にしたいと考えているんです。
- 大西さん
- おもしろ~い!! 確かにリビングでもダイニングでもない、何でもない場所になってますよね。
- 百田さん
- だからあそこにドアがあるんだ! いろんな使われ方がイメージできます。空間に名前が付く前の「場所」のようなものが浮かび上がってくる感じかな。家の中に外とのつながりが深い場所があるのは面白いですね。
- 大西さん
- この家具はどうやって選ばれたんですか?
- 妻
- 特に決め事はなくて、二人が気に入ったものを買ってますね。二人ともアンティークやヴィンテージ家具が好きなんですよ。
- 夫
- 新築して新しく買った家具はほとんどないかな。
- 百田さん
- ひょっとして「自分たちの家具に合う家を選ぼう」みたいなことが「窓の家」を建てるきっかけだったのですか?
- 妻
- もともと家はシンプルな白い箱でいいと思っていて、それにもぴったりだったんですよね。二人とも家具や雑貨が好きだから、気に入った家具と心地良く暮らすためには、家はシンプルなのがいちばんと考えていました。
- 夫
- スイッチプレートやドアノブ……など、細かいディテールや納まりが気になるほうなんですが、「窓の家」ではそのストレスがなかったですからね。
では、2階へどうぞ
- 百田さん
- 外と内をつなぐ窓と室内の窓、いろんな窓が吹き抜けを中心に重なって見えるのがいいですね。いろんな窓がつながっている。
- 夫
- 家の中心を吹き抜けにして、どこにいても家族の雰囲気が伝わるようにしたかったんですよ。
- 大西さん
- 部屋と部屋とつなぐスペースが普通よりちょっと大きめなんですね。廊下よりは場所っぽいかも。
- 妻
- もともと収納スペースを少なめにして、見せるタイプの収納家具を活用しようと思っていたので、収納家具を置くスペースをちゃんと確保することは最初から考えましたね。
- 大西さん
- 私は18歳まで実家で育って、その家の影響をすごく受けているんですよね。質感や匂いや大きさ、季節ごとの光、それが私の空間の原点ですから。実は先日、実家を設計した建築家に初めてお会いしたんです。その時、長年の疑問の答え合わせをするように、空間を確認することができて、その方が想いをかけてつくってくれた空間が、私の感覚を育んでくれたことを知り、家って本当に大事なんだなぁと、改めて思ったんですよ。
- 妻
- 子どもへの影響はいっぱいありますよね。私の育った家には南向きの窓があって、自分の家もそうしたいと思ってましたから。
- 大西さん
- この家は外から見ると小振りに見えて、ちょっと小さめなところがかわいいなと思いました。でも、中に入ると、壁の厚みや空間と空間をつなぐスペース、いろんなところが少しずつ大きい。窓も普通の家よりちょっと大きいから、外とのつながりが感じられるし、ちょっと背が高いから空気も気持ち良い。それが豊かさにつながってる感じがします。これからは、この空間で二人のお子さんが育つわけですね。
- 妻
- やっぱりそうですか! 普段はそういうふうに感じていても、私たちは建築のプロではないので、それをなかなか言葉にできなかったんですよね。ありがとうございます。
ダイアログ2
1階のアトリエにて
雑貨、そして旅行について
- 百田さん
- 2階に水まわりを集約したので、1階のオープンにできるスペースの自由度も上がってる感じかな。家の中心の吹き抜けが本当に効いてますよね。それと、やっぱり1階のアトリエのスペースが魅力的ですよね。
- 大西さん
- 私たちが設計した住宅でも、クライアントから将来、カフェやショップをやりたいというお話があって、後から住居とお店スペースとの切り分けができるように考えているんですよ。このアトリエはリビングやダイニングと空間はつながってるけど、アトリエのほうがなんとなく外に近い感じがありますよね。
- 妻
- 私はネットで雑貨屋さんを運営しているので、いつかはここをそのお店にしたいなと思って計画したスペースなんです。
- 夫
- 天井にも陳列照明用の配線ダクトを付けてもらったり。お店はまだ先の話ですけどね。将来何にでもできるかな~と。
- 百田さん
- このスペースは、これから住んでいく中で面白い使われ方がされそうな予感がします。
- 大西さん
- ガラスドアに掛けられたカーテンもかわいいですね。
- 妻
- カーテンは自分でつくりました! 丈が足りなかったので大好きなターコイズブルーの生地を継ぎ足して……。
- 大西さん
- え、じゃあ、ひょっとしてこのクマのバッグも……?
- 妻
- 手作りですよ。幼稚園バッグなんですけどね。
- 大西さん
- うわ~! か、かわいいいい。もともとお裁縫が得意だったんですか?
- 妻
- つくることがすごく好きなんです。
- 夫
- リビングのモビールも妻の手製ですよ。以前は長男のベビーベッドの上に吊るしていました。
- 大西さん
- 奥様は何がきっかけで雑貨が好きになったのですか?
- 妻
- もともと古いものが好きだったのと、旅行が好きで、旅先の蚤の市で出合ったものをネットで紹介できればなぁと思っていたんですよ。ネットの雑貨屋さんは東欧や中欧の雑貨を中心に、7年くらい前にスタートしたんですが、いまは子育て優先でサイトのほうをなかなか更新できなくて……。
- 大西さん
- 東欧や中欧に雑貨を見に行くならどこがお勧めですか?
- 妻
- うーん、ハンガリーならフォークロアな雰囲気で、ドイツはちょっとカチっとした感じでしょうかね、20世紀半ばのモダンなものも多いです。チェコに行くと温かみのある憎めない雰囲気かな。どこも面白いですよ。
大西さんと百田さんと建築
- 夫
- 大西さんと百田さんは、一緒に設計事務所を主宰されているんですよね。
- 大西さん
- そうです! もともと大学の建築学科の同級生です。
- 妻
- お二人の趣味というか方向性が合ったんですね。
- 大西さん
- 食べ物で言うと、彼は魚好きで私は肉好きみたいな違いはありますね~(笑)。もちろん二人とも建築は大好きですが、大学卒業後に選んだ道の違いで価値観は少し違うかもしれません。彼はアトリエ系の設計事務所に勤め、私は卒業してすぐにひとりで仕事をスタートさせたので・・・。
- 夫
- 学生時代はどんな建築の影響を受けたんですか?
- 大西さん
- 私は大学2年の前の春休みにフランスに行って、その帰りにスウェーデンに立ち寄り、グンナール・アスプルンドの建築を見て影響を受けたなあ。二人の旅行はたいてい建築見学旅行になっちゃうね。
- 百田さん
- そうだね。
- 夫
- 百田さんは……?
- 百田さん
- ぼくの場合は、どうしても建築学科に行きたいと思ったわけじゃないんですよね。もともとものづくりが好きで、それが仕事になればいいかなという漠然とした思いで、建築学科に入ったんですが、勉強するとどんどんのめり込んでいきました。大学が京都だったので、京都のお寺を巡っているときに建築に魅せられた感じです。
普通、お寺を見学するときは縁側を回って外からお部屋を見ることが多いと思うのですが、大徳寺の高桐院は茶室の水屋のほうから庭の見える広間に出ていく経路があって、暗い空間の外に明るい庭が見えていて、庭に向かって少しずつ歩んでいくと、畳に反射した光がどんどん近づいてきて、緑色に輝く空気が充満している感じがするんです。最後にお庭に抜けると一気に明るくなって、その体験がすごく印象的でしたね。京都で大学生活を送れたのは良かったなと思います。 - 妻
- 海外に出かけることも多いんですか?
- 大西さん
- 旅行というより仕事で行くことが多くなりましたね。南米でプロジェクトが進行中なので、最近だとチリに行きました。
- 妻
- 南米の雑貨も面白そうですね~。
- 大西さん
- 南米楽しいですよ。チリは自然もダイナミックです。アンデス山脈に砂漠、南はパタゴニア、北のボリビアには塩湖があって……。
- 妻
- 地球を感じますよね~。いいな~。
- 夫
- そういえば事務所をウェブで拝見したんですが、えーと、何と言ったらいいのか……。
- 妻
- すっごくオープンですよね(笑)
- 大西さん
- そ、そうなんです(笑)。もう夏は暑くて大変で。それまでは目黒の古いマンションに自分たちで手を入れて使っていたんですが、最近、小豆島で仕事することがあって、地域の方々と関わり合いながらいろいろ考えるケースも増えてきたので、東京でももっと街と関われる場所で仕事がしたいと思ったんですよ。それで、東京の下町エリアに移転して、とにかく開けっ放しで……。
- 百田さん
- 近所のおじさんがフラっと立ち寄ったりね。ご近所さんに差し入れいただいたり、通りからじっと眺めてる人がいたり。
- 大西さん
- 冬は寒いのでビニールカーテン付けたら、ラーメン屋みたいになっちゃって。
- 夫
- え、本当に戸や壁がないんですか?
- 大西さん・百田さん
- ないない。ないですよ。
- 夫・妻
- スゴいですね~!
ダイアログ3
ダイニングテーブルに座って
家づくりのきっかけは?
- 大西さん
- 家づくりはご主人が中心になって進められる場合と、奥様主導があると思うんですが……。
- 百田さん
- えーと、S邸の場合はどちらが……。
- 夫
- 家を建てたいって言い出したのが妻ですからね。基本、主導は妻ですね。妻はこちらの出身ですが私は東京の生まれで、家を建てるとそこに根を下ろすことになりますから、ちょっと考えましたね。
- 妻
- その決心がね……。私は若い頃から戸建て住宅で暮らしたいと思っていて、この家を建てる前は築40年以上の古い平屋に住んでいました。古い家は好きなんですが、経年の傷みもあって、子どもが生まれてからは、住環境をもっと良くしようと思い、自分たちで漆喰を塗ったり床を張り替えたりしたんですけどね。寒さと雨漏りはどうしようもなくて、けっこう限界で。
- 夫
- 寒さが堪えたよね。それがいちばんのきっかけかもね(笑)。
- 妻
- そうですね。子どもが生まれて家をちゃんとしたいなと思って、それで主人を説得して、無印良品の家の「初めての家づくり講座」に誘ったり。
- 夫
- 確かに、最初ぼくはあまりやる気なかったかもしれないですね~(笑)。でも、初めての家づくり講座で見た「窓の家」のモデルハウスは衝撃的でした。
- 大西さん
- 家づくりがスタートすると、男性はもともと持ってるロマンチストの血が騒ぐのか、夢が広がって、最終的には奥様よりのめり込むケースが……。
- 夫
- まあ、そうだったかもしれない(笑)。
- 百田さん
- そんなご主人の家づくりの決心を後押ししてくれたのは何だったのでしょうか。
- 夫
- う~ん、移住・住みかえ支援機構のマイホーム借上げ制度でしょうかね。子どもたちが成人するまではここで暮らすと思いますが、子どもが巣立った後は東京に戻る可能性もあるかもしれない。そんなときも、制度を利用すれば安心だなと思いました。
- 大西さん
- 建築家という選択肢もありました?
- 夫
- ありましたよ。でも最初はあまりやる気がなかったので(笑)、建築家と打ち合わせを重ねて、いろいろ決めるためのパワー不足は否めなかったですね。「窓の家」は、とにかく納得できるデザインだったので、パーツや建具を選ぶプロセスにもストレスがなくて、迷いもなかったです。無印良品のテイストでちゃんと統一されていて、こちらは選ぶだけで空間づくりに失敗がないというのも魅力的でした。
- 百田さん
- 家の中に普通にあるべきものが、ほんの少し気をつけるだけでキレイな納まりになっていたり、何気ない暮らしのベースが丁寧に考えられているところが無印良品らしいなと思いますよ。そこにお気に入りの家具がアクセントとして浮かび上がる。確かに居心地が良いですよね。
- 大西さん
- 打ち合わせはどれくらい時間をかけたんですか?
- 夫
- 4ヶ月くらいかな。
- 大西さん・百田さん
- は、早い!!
- 妻・夫
- サクッと決まりました(笑)。
「窓の家」の室内環境について
- 百田さん
- この窓と吹き抜け上部の窓が効いてますよね。家の窓の位置はどんなふうに決めたんですか?
- 夫
- 最初は設計者にプレゼンテーションしていただいて、その案をベースに二人で決めましたね。
- 妻
- モデルハウスで実物を見ながら考えました。リビングの大開口は、主人がモデルハウスで気に入って決めたものです。
- 夫
- アトリエの窓は開くタイプでは最大サイズだと聞きました。
- 大西さん
- スゴい、この大きさで開くって衝撃的。
- 百田さん
- ここから見える土手の緑もいいね。
- 夫
- そうですね。開放感がありますね。この辺りは平野なので、山里のような木立はないけれど、ここから眺めていると自然を感じられるんですよ。川辺をカモが並んで歩いていたり、それに空が広いんですよね。
私が育ったところは、多摩丘陵の緑地が残る自然が豊かなところで、家の前も山だったんですよ。だから木立がないのは物足りなくて、庭にもっと木を増やしたいなと思ってるんですよ。 - 妻
- いま庭にある木は、自分たちが植えたんですよ。
- 夫
- 敷地に余裕があっても外構を舗装しちゃう家って多いようですが、あれが理解できない。雑草が生えるのが嫌という理由なのかな。
- 百田さん
- やっぱり土があるのはいいですよね。
- 妻
- 子どもも外で遊べるし、庭で自然を感じられたらいいなと思ってました。実家でも母がお花が好きで庭をキレイにしていたんですよ。
- 百田さん
- ところで、建ててみて想像していたのと違うところってありますか?
- 妻
- 最初は思っていたより広いな~って不安になりました(笑)。
- 夫
- 吹き抜け、こんな高いんだ! とか、図面じゃわからなかったよね。
- 妻
- これに慣れちゃうと、子どもは狭い部屋で一人暮らしできなくなるかもしれない(笑)。
- 夫
- それと、照明がどれくらい必要なのかも想像がつかなかった。壁が白いので少ない灯りでも光がまわるんですよ。家の中の空気の流れなんかも、住んでみないとわからないことですよね。この家は壁が少ないので空気が家中まわりますから、どこにいても同じ気温なのは心地よいですよ。
- 百田さん
- 夏は空気が上に抜けていくから快適じゃないですか?
- 夫
- そうですね。吹き抜け上部の窓も開くタイプにしたら、ハイサイドから熱気が抜けたのかなと思いますが、現状でも十分快適ですよ。
- 妻
- 暖房してもモワッとした暑さがないし、エアコン使っても乾燥が気にならないんですよ。夏の湿気も気にならないし。
- 大西さん
- これからは、この家の大きさや心地よさが、二人の子どもの身体感覚を育んでくれるんですよね。
- 妻
- そうですね。家は感性の原点みたいな場所だと思いますから。
- 大西さん・百田さん
- 今日は楽しいお話をありがとうございました。
エピローグ(編集後記)
なんでもない場所
少しずつ春の気配を感じられるようになってきた2月末、早朝の名古屋駅は前日から続いていた小雨も止み、清々しい空気に包まれていました。
駅からは車に乗り換えて西へ向かいます。都市部を抜け庄内川を越えると周辺の雰囲気は少しずつ変化して、濃尾平野の田園風景が広がるあま市に入っていきます。
あま市は平成22年に周辺の3つの町が合併することで誕生した新しい街。名古屋市内へのアクセスもしやすく近年はベッドタウンとしても発展してきているそうで、今回訪問したSさんの「窓の家」も住宅地でありながら、側を流れる川越しに見える風景から自然の移ろいを間近に感じることができます。
今回一緒に訪問していただきました建築家の大西麻貴さんと百田祐希さんですが、とくに大西さんは名古屋のご出身ということもあり、地元の話題も間に挟みつつ和やかな雰囲気の中、対談していただきました。
訪問してまず最初に話題に上がった「将来お店として使用する予定の場所」ですが、このゆるっとした空間に大西さん、百田さんはとても興味を持っておられたようです。
リビングでもないダイニングでもない・・・・名前のない「場所」。
今回の訪問で改めて感じたのは、家の中にこのような「のりしろ」のような空間があることが暮らし方に大きなゆとりと楽しさを与えてくれているということ。
無印良品の家はあまり細かく部屋を仕切らない、つくり込まないことを空間構成の基本としていますが、この考えは住まい手がいつでも自由な発想で空間を使いこなすことができるようにするためです。
一般的に間取りを決めるときには将来起こるであろういろいろな不確定要素も踏まえつつ、ある程度これなら大丈夫と思えるものを最後はエイヤッで決めなればいけない。すなわち、これからの暮らしのかたちを設計段階で決めなければならないということであり、大きな覚悟が要ると思います。
これに対して無印良品の家は、最初から間取りをつくり込んでいない分、空間にこのような「のりしろ」が生まれます。つまり自分たちに必要な空間を住みながらにして探していけるという「気楽さと楽しさ」があるわけです。たとえば週替わりでいろんな使い方をしながら自分のライフスタイルに合ったかたちを見つけるなんていうのも面白いかもしれません。家の中で思いもよらない場所が意外と居心地の良い空間になったりするかもしれません。
この家に住む楽しさはこのような「のりしろ」や「ゆるさ」から生まれているのではないでしょうか。
ソファに首を持たれかけて気持ちよさそうにしている犬の横の床で、まだ小さな赤ちゃんがすやすやと寝ている。何とも暖かい気持ちになれたSさんのリビングでの光景です。ワンちゃんも赤ちゃんもきっとここが一番居心地の良い場所だということがわかっているのでしょうね。
Sさんご家族の「窓の家」がどのようにこの後成長していくのか楽しみです。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 建築家 大西麻貴さん+百田有希さん
子どもと家
子どもが生まれたことをきっかけに、家について考える様になった、と言う話を聞くと、いつもいいなあと思います。新しいいのちを迎えるにあたって、これからの家族のこと、人生のこと、暮らしのことをもう一度考えて、そのための会話や、悩みや、行動や、決定が生まれる。そこには大きな愛情と夢があって、そんな前向きな一歩のために、家をつくるってすごいことだと感じます。
私たちは家を設計するのが好きです。おそらく、設計を通して家について話し合うのが好きなのだと思います。例えばお店を設計する、図書館を設計する、といっても家ほどに切実で、純粋な議論にはならないのではないでしょうか。家についての会話は、最終的に暮らしそのもの、さらには人の生き方につながる問いを私たちに投げかけます。出来上がった家の窓の位置や廊下の幅、部屋の並び方、庭との関係…そういったもの全てに、そのときの住まい手とつくり手のやり取りの痕跡や、悩んで描いた暮らしの在り方が、かたちとなって現れるのです。「若い頃に建てた家と、一緒に育ってきた」。40年暮らした家について、私の母は言いました。最初から完璧な家をつくることなんて出来ないけれど、初めに思いがあるからこそ、家と人とが一緒に時間を重ねて育つことが出来るのだと思います。
先日、自分が育った家を設計した方に会う機会に恵まれました。両親から話は聞いていたけれど、実際にお会いするのは初めてで、私にとって印象深い体験でした。家が建った当時、建築家はまだ27歳で、会社に勤める傍ら個人で初めて設計した住宅なのだと聞きました。当たり前なのかもしれませんが、家の構成からディテールまで様々な場所について知っていて、初めて会った人であるにもかかわらず、なんだかとても昔から知っているような不思議な感動を覚えました。家を通じて、こんな風に人と関係を結ぶことが出来るのだと嬉しくなると同時に、生まれ育った空間一つ一つに、愛情が込められていたことに感謝しました。
特に意識はしていなくても、家からは知らないうちにたくさんの影響を受けていると思います。私たちもいつか、設計した家で育った子どもたちと、家について話すときが来るでしょうか。あるいはそこで暮らす両親と子どもたちが、家について語り合うときが来るでしょうか。家の持つ懐の深さ、そこで育まれる時間の豊かさを思うと、やはり家っていいなあと思うのでした。[2015.6]