落語家の柳家花緑さんが眺めのよい「窓の家」に会いにいきました。
家に会いに | 2023.1.17
プロローグ
暮らしの中の引き算
まるで天下でも取ったかの様な景色!岡山県倉敷市の山間に、今回のお宅はありました。天守閣にお住まいの様だなぁと、外観と景観を眺めました。 「夜景もいいんですよ!」と奥方と殿様…いや奥様と旦那様にお声を掛けて頂き家の中へ。
床の木と白い壁が気持ち良く調和した無印の家に、僕は一発で惚れ込みました。
でも、どんなに素敵な家でも住む人が素敵に暮らさなくては、その輝きはキープ出来ない。
先月から住んでいるのかと思う程綺麗に暮らしている、そして殆ど物が無い。
伺えば2年お住まいで、奥様が出来るだけ物を増やさない「引き算」の達人であることが解りました。普通に暮らしていれば、物はどんどん増えてしまう。頂き物や、買いたい洋服に本もある、インテリアにこんな物を置きたいと「足し算」をしたくなる。そう思って生きてきた私でも、断捨離?は大事な事だと掃除を良くやってる方ですが、いやいや自分なんてまだまだ前座レベル。 暮らしの真打ち!を目の当たりにして心の底から感心しました。
愉しく暮らすご夫婦の心の裏に「挑戦」という言葉も浮かびました。理想な暮らしへの探究心があればこそ、ご夫婦にとってのお城が輝きを増すのでしょう。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
柳家花緑さんが会いにいった家
リビングの窓から倉敷平野を一望できる眺めの良い立地。 高台の家の窓の小さな灯りは、仕事帰りのクルマからも見えて、家路を急ぐ心を和ませてくれます。家を建てる前、Fさんは、会社借り上げの広めの集合住宅を、社宅として暮らしていました。
その賃借期限が残り3年になり、二人は少し早めに新居の購入を考え始めます。でも、将来の暮らしを想像できる「家」は、豪華なモデルハウスが並ぶ住宅展示場にはありませんでした。
情報収集を重ねる中で、岡山市内の「無印良品の家」のモデルハウスを知り、二人で見学に訪れてからは急展開。
身の丈に合う暮らしの器に出合い、理想の土地探しと同時進行で家づくりは進みます。結果、予定より早く新居は完成し、ピアノの連弾のように響き合う、二人の生活がスタートしました。
「ただいまー!!(笑)」
「あははははは。どうぞ~」
- 花緑さん
- いやいや、スッキリ暮らしてますね。キッチンもステンレスをベースに無彩色で統一されてステキです。でも、やっぱり「ここ」からスタートしないとね。
ご主人の秘密基地からスタート
- 花緑さん
- うわ~ありますね~、また。クワガタ育成箱と長渕剛。これはすごいや。こういう収集癖があるのってだいたい男ですよね。
- 夫
- そうですね。キリがないです。まだまだなんですけどね。
(ここでのお話の続きはダイアログ2で……) - 花緑さん
- いやいや、ご主人、なかなか良い秘密基地ですよ、ここは。
- 夫
- ただ、この部屋のモノは、向こう側には持ち出し禁止で……。
- 花緑さん
- 境界線があるのね。 で、その境界線を一歩越えてみると。
……あ~違うもん、世界が。違うお宅に来たみたいだよ。 - 夫
- 確かにそうですね(笑)
- 花緑さん
- 私はマンション暮らしなので間取りは決まってましたが、戸建て住宅は、全体を夫婦で一から考えられるのがうらやましいね。しかもそのベースとして、この吹き抜けも階段も、これだけシンプルで質の高いモノが選べるのは無印良品らしいと思いますよ。
- 夫
- 建てる前は二人で考えましたね~。でも、男は夢に暴走しがちなので、使い勝手なんかは妻がちゃんと考えてくれていて。
- 花緑さん
- 自分のワガママが許されるスペースもちゃんと考えてくれたし。
- 夫
- そうですね。まあ、2階へどうぞ。
- 花緑さん
- では失礼しますね。ほー、ベランダはこんなふうになってるんだ、へぇ~……って奥さん! 隅っこで何をしてるんですか?
- 妻
- も、モモンガ……。(表紙の写真を撮影中)
- 花緑さん
- えええええ、モモンガ? すごいの飼ってるね~。
- 夫
- ここだけの話、コイツとボク、仲悪いんですよ。
- 花緑さん
- あ、わかるんだ。クワガタへの偏愛が(笑)。
スッキリと暮らすための舞台として
- 花緑さん
- ここは奥さんの書斎ですかね。ちょっと男っぽいハードな雰囲気ですよね。ホントにモノが少ないし、色も少ない。
- 妻
- もう一つ机があったんですが、この前、減らしたんです。
- 花緑さん
- やっぱり、モノを減らすのが今の暮らしのポイントですか?
- 妻
- そう思いますね。モノが増えると意識まで散らかるような気がするんです。暮らしの中でいろいろ無駄なことが増えそうで。
- 花緑さん
- モノって精神的なつながりも大きいじゃないですか。それを断ち切るのは大変じゃない?
- 妻
- ええ。でも、それに執着する理由を冷静に考えると、意外に希薄だったりすることに気づいて、私はけっこう大丈夫でしたね。モノが少ないと気持ちも楽になりますよ。
- 花緑さん
- 掴んでいたモノを手放すんですから、確かに気持ちは軽くなります。カミさんもモノを減らしたいタイプなので、よくわかりますし、ぼく自身もそう暮らしたいと思っていますからね。ただ、この心地よさをずっと愛でていたいなら、あとは日々の掃除と引き算ですよね。足し算では無理です。その生活の舞台として「窓の家」を選んだ理由がよくわかりますよ。何より、引き算の生活を楽しんでいるのがいいですね。
- 妻
- 確かに、住む前から足し算されてる家もありますから。ただ色に関しては無彩色系だけでなく、最近は椅子のクッションをパープルにしたり。インテリアで色を楽しむようになりましたね。
- 夫
- 最近は洋服も変わったよね。
- 花緑さん
- 身に着ける色は食事と同じで、着たい洋服の色は自分が欲してる色だから、素直に選ぶのが良いって言いますよね。
- 妻
- うんうん。暮らしにもバランス感覚が働いているのかも。
- 花緑さん
- ここから室内窓と吹き抜け越しにベランダが見えるんですね。ベランダに出てみてもいいですか。
- 夫
- ええ。ここはボクがいちばん気に入ってる場所なんですよ!
- 花緑さん
- うわ、眼下に広がるこの景色、すごいよ!! ここで二人で世界征服の戦略とか練るんですか? そんな雰囲気の眺望ですよ。
- 夫・妻
- あははははは。そ、そんな。
- 花緑さん
- 世界征服には、まず、手前の木の茂みを切っちゃいますか(笑)
- 妻
- 夜になると下に広がる街の灯しか見えなくなりますから、大丈夫です(笑)。左に見える野球場では夏は花火も上がりますよ。
- 夫
- 仕事から帰ってきて、ここに座ってビールを飲むのが最高なんですよ。友人もみんなここが大好きで……。
- 花緑さん
- ここまで拝見しただけでも、暮らしを大事にしている気持ちが伝わってきますよ。工夫を楽しんでいるし、すべてが調和していますよね。家を楽しむって、ひと部屋ひと部屋を、大切な作品のように丁寧に仕上げることなのかなと思いました。
- 妻
- それでもまだゴチャゴチャしてますけどね。
- 花緑さん・夫
- ぜんぜんゴチャゴチャしてないですって!!!
- 花緑さん
- 思わず二人でツッコんじゃいましたね~(笑)
家の中の「境界線」
ふたたび夫のコレクションルームに……
- 花緑さん
- うあああ、ありますね~、また。クワガタ! どうしたんですかこんなにいっぱい!!
クワガタと長渕剛が見事にディスプレイされてますね。これはすごいわ。 - 夫
- ええ、まあ……。
- 花緑さん
- 趣味でここまできちゃうんだね。何年くらいでここまできたの?
- 夫
- クワガタは3年目ですかね。
- 花緑さん
- えええ、それでこんなんなっちゃったんですか。これはまたスゴイね。
- 夫
- はい、なっちゃったんです。
- 花緑さん
- まだ増える可能性あるんでしょ。
- 夫
- ええ、新しい種類のクワガタがいれば……でも、最近はなかなか新しいのが……。
- 花緑さん
- じゃあ、ほぼ世界制服ですね(笑)
- 夫
- まあ、そんなところです(笑)
- 花緑さん
- この中でご主人の「いちばん」ってどれですか?
- 夫
- えーとですね……コイツです。ん、あれ?(がさごそ)
- 花緑さん
- ……?
- 夫
- あれ~。昨日はおったんですけどね~(がさごそ)
- 花緑さん
- あの~、Fさん……、なんで素手で探さないの?
- 夫
- 実はボク、虫はあんまり触れんのです。
- 花緑さん
- え~! おかしいよ、それ! 触れないって。
- 夫
- ええまあ……あ、いたいた。
- 花緑さん
- おおおお、なかなかシャープな感じですね。
- 夫
- ノコギリクワガタ。ギラファですね。
- 花緑さん
- あ、すぐそばに小っちゃいのもいますね。メスですか。
- 夫
- そうです。……あ!
- 花緑さん
- ? あ!
- 花緑さん
- コレ今、2匹で良い感じだったんじゃないですか?
- 夫
- そうかもしれないですね~。ゴメンゴメン。
- 花緑さん
- えーと……なんだかボクたち家と関係ない話してますよね。
- 夫
- ボクはすごく嬉しいですよ。家の話と言えば、無印良品にはぜひクワガタの家をつくってほしいです!
- 花緑さん
- ……。
2階のクローゼットを拝見
- 花緑さん
- 書斎にあったミシンは使っているんですか?
- 妻
- 使ってますよ。いろいろつくってます。
- 花緑さん
- そういえば、さっき洋服の話をしていたじゃないですか。
- 妻
- はい。最近はインテリア同様、洋服に関しても無彩色のこだわりはなくなりましたね。服もハンカチも以前は色のトーンを揃えていたんですけど、そこまでストイックにするのも何なので……。
- 夫
- ボクは派手な洋服も好きだったんですが、逆に最近は落ち着き気味になりました。
- 花緑さん
- 良い意味で趣味がミックスされてきたんですね。いいですね~。この奥がクローゼットなんですか?
- 妻
- そうですね。どうぞ。
- 花緑さん
- おおお、お二人の洋服、キレイに収まりましたね~。こちらが「ボク」ゾーンで、こっちが「妻」ゾーンですかね。
- 妻
- ええ。「ボク」ゾーンのほうが広いと思うんですよね~。
- 花緑さん
- 「妻」ゾーンは洋服厳選されてますね~。
- 妻
- まあ、カラダは一つしかないですから。
- 花緑さん
- また、そういう理屈を~(笑)。ぼくもGショックをコレクションしてたときは「時計はめる腕は一本でしょ」ってよく言われましたけどね。
- 夫
- それ、ボクも言われます。
- 花緑さん
- そうでしょ(笑)。それにしてもスッキリ収まってますね。やっぱり洋服も引き算?
- 妻
- ハンガーの数を超えないようにしていますね。
- 花緑さん
- なるほどね。じゃあ、何か欲しいときは一枚手放すくらいの覚悟ですね。
- 妻
- コレ、もう半年着てないでしょ、とか自分に言い聞かせて……。
- 花緑さん
- でもそうすると、パッと見たときに全部自分が着たい洋服だけになるのは気持ちがいいですよね。ご主人はジーパン好きですか?
- 夫
- 好きですよー。
- 花緑さん
- こだわりのデニムがありそうですよね~。岡山はデニムの産地ですからね。
- 妻
- 同じ色ばかりって思っちゃうんですよね。
- 花緑さん
- あ! それ、違う。違うんですよ。ねー。
- 夫
- そうです。違いますよぉ、ぜんぜん。
- 花緑さん
- コレを穿く日とコレの日は気分はぜんぜん違うんです。違う洋服を着ている気分のはず。
- 夫
- 花緑さん! そうなんですよ。そうそう。
- 妻
- え~、でも、どれも一緒に見える~!!
- 花緑さん
- いやいや違います!! えー、私がご主人側に立っているのはですね、さきほどから奥さんの力が強いのを理解して、パワーバランス考えた発言になってますけどね(笑)。さっきもさりげなく「ボクゾーンのほうが広い」って言ってたの、スルーしましたけど、ちゃんと聞こえてましたよ~。
- 夫
- ありがとうございます。うううう。
- 花緑さん
- でもね、ホントに気をつけないと洋服はどんどん増えちゃいますからね。このセレクトは素晴らしいですよ。
- 夫
- まあ、自分では客観的に見れないですからね。確かに妻がうまく整理してくれて助かってます。
- 花緑さん
- そうでしょうね。
- 夫
- その影響もあってあの部屋の雰囲気もちょっと変わって……。
- 妻
- 以前は「長渕&クワガタ」でび~っしり埋まってましたから。
- 花緑さん
- あはははは。
- 夫
- あの部屋は基本、長渕で制覇されていたんですが、いろいろ思うところがあって一度、全部片付けてあの状態なんですよ。今はどうしようか考え中です。全部表に出すには体育館くらい必要ですからね~。
- 花緑さん
- スゴイね、それは。
ダイアログ3
夫婦をつなぐピアノ
1階のリビングにて
- 花緑さん
- ところで、ご主人は今、何歳ですか?
- 夫
- 35歳です。結婚して約10年ですね。
- 花緑さん
- ということは33歳で家を建てたわけですね。私はご主人より10歳くらい上なんですが、将来の自分の家を考えた時にね、30代で家を持つという選択もあるんだな~と。
- 妻
- 借り上げ社宅に住めるのは10年で、その期限が近づいたことが家づくりのきっかけでした。
- 夫
- その頃は、2、3年くらい探して決めればいいかなと思ってたんですけどね。それがトントン拍子で決まって……。
- 妻
- 早かったね。最初の相談から完成まで正味1年くらいでした。「もう建っちゃった」みたいな……。
- 夫
- 決まると早いですね。勢いもあったかもしれない。「無印良品の家」は工期も短いのかな。
- 妻
- ここは延床面積で90m²くらいで、床面積だけなら社宅の頃と10㎡くらいしか違わないんですが、この家のほうがずっと広く感じます。
- 花緑さん
- そうですか。もっと広いと思ってました。引き算の効用で広々と感じるのかな。リビングはピアノとクッションだけですもん。見事ですよ。
- 妻
- そこにソファを買おうかと悩んでるんですよ。
- 花緑さん
- ああ、ここにソファがあるといいね!
- 妻
- オーセンティックな黒の革のソファがいいなと思ってるんですよ。でも、ソファって難しいですよね。洋服や日用品と違って、自分としては選んだ経験がほとんどないものですから、何が良いという決め手がないんですよ。
- 花緑さん
- 選ぶ時に気をつけたほうがいいのは高さですかね。お店でも座って座り心地を確かめると思うんですが、家では素足だけど、お店では靴を履いてますから。あとね、お店ではけっこう歩きまわるんで、知らない間に疲れていて、硬めの座面でもリラックスできちゃうんですよね。硬めが好きな人はいいんですが、買ってからもっと柔らかいほうが良かったな~と思う人も多いみたいですから。それに座るだけじゃなくて、ソファでうたた寝したい時もありますよね。寝転がった時の感覚も大事にしたほうがいいかもしれないですね。
- 夫・妻
- 参考になりますね~。
- 花緑さん
- ところで、このピアノは誰が弾くんですか。
- 夫
- 妻です。最近弾いてないですけどね。
- 妻
- はい……。
- 花緑さん
- そうでしょうね。譜面の片付け具合でわかっちゃいますね。実は私、ピアノが弾ける落語家なんですよ。
- 夫・妻
- おおおおお。
- 花緑さん
- いや、落語もできるピアニストかな。ぜんぜん違うね。すみません、ウソをつきました。
- 夫・妻
- あはははははは。
- 花緑さん
- 実はぼくも最近は商売にかまけてあまり弾いていないんです。兄貴はバレエダンサーなので、音楽はクラシックが良いだろうと子どもの頃はピアノを習ってまして、ボクは落語をやるので三味線を習っていたんですが、兄貴がピアノを弾く姿を見て、ボクもピアノが弾きたくなって両方稽古していたんです。今もシャレで落語会の合間にピアノを弾いたりするんですよ。でもピアノは練習しないと簡単には弾けないですからね。最近は土下座ピアノと呼んでます。聴く側がハラハラするピアノですね。最後まで行けるかな~って。
- 夫
- 土下座ピアノ~(笑)
- 花緑さん
- このピアノ、今は部屋の置物になってますね。もったいないですよ。で、どうですか? 弾いてみませんか?
- 妻
- え、今??
- 花緑さん
- 久しぶりに鍵盤蓋を開けてみましょうよ。
- 妻
- あ、開けるだけですよ~。先ほどの話の流れだと花緑さんが弾いてくれるんですよね~(パカッ)。
- 花緑さん
- え? ぼく?
- 夫・妻
- ぜひお願いしますっ!!
- 花緑さん
- なんだか奥さんとピアノの位置がどんどん遠くなりますね。
- 妻
- (後ずさり)いやホントに何年も弾いてないんですよ。
- 花緑さん
- 弾かないと手が動かなくなりますもんね~。では……。
※花緑さんはショパンの「ノクターン」を演奏。 - 夫・妻
- 素晴らしいです!!(パチパチパチパチ……)
- 花緑さん
- ボクも1年、弾いてなかったんですけどね、この前、ピアノの仕事をしたんですよ。そのために練習しました(花緑さんは新東名高速道路の浜松サービスエリアにある「ミュージックスポット」内、ヤマハの「NEOPASA浜松」の、ピアノ製造工程を紹介するビデオのナビゲーター役を務めていて、ビデオではピアノ演奏も披露されています)。
- 夫
- ボク、久しぶりにピアノの曲を聴いて感動しましたよ! やっぱりいいですね。
- 花緑さん
- でしょう。奥さんにも弾いてもらわないと、そのうちコレ(ピアノ)が引き算されますからね。
- 夫
- いや、ちょっと思ってたんですよ。日用品や洋服は減らすけど、ピアノだけは手放さないんだな~って。
- 妻
- なぜかコレだけは手放しちゃダメな気がするんですよね。
- 花緑さん
- たまには弾いてあげてください。リビングにあるのはピアノとクッションだけじゃないですか。長渕を弾けばご主人はクワガタの世話をしててもすぐに来ますよね。夫婦をつなぐピアノだね。じゃ、次は奥さんに弾いてもらわないと。
- 妻
- えええ、ホントに~?? さっきの花緑さんの演奏を聴いて一気にハードル上がった~。
- 花緑さん
- そう言わずに、思い出して弾いてみてください。
- 妻
- え~、どうしよ~。
※奥さまはドビュッシーの「アラベスク第1番」を演奏。 - 花緑さん・夫
- おおおおお!!(パチパチパチパチ……)
- 花緑さん
- また難しい曲を選びましたね~(笑)。でも、ちゃんとピアノを弾いていた方の指運びですね。素晴らしいです!
- 妻
- 引っ越してから弾いてなかったですから……。
- 夫
- ピアノいいですね。今日は本当に良かったですよ。こういう機会ができて! ありがとうございます!
- 花緑さん
- 音楽が人の心をつないでる感じがいいですよね。ここならグランドピアノも置けますよね。
- 夫
- あー、それはカッコいいですね~。ソファに座って、妻はグランドピアノで演奏。
- 妻
- アパートの頃と比べると音がぜんぜん違いました。吹き抜けがあるからでしょうか。引っ越したばかりの頃に、主人に鍵盤を叩いてもらって、外で音漏れ具合を確かめたんですが、音はほとんど漏れなかったです。
1階ダイニングテーブルにて
- 花緑さん
- この階段が特長的ですね。上に抜けているのが気持ち良い。
- 妻
- 「窓の家」は本来は階段室の仕様なのですが、建てるならスケルトン階段がいいな~と思いまして。
- 花緑さん
- そうか。そういう間取りや仕様は自分たちで考えられるんですね。
- 夫
- 二人で考えました。
- 妻
- この階段はネットの施工例を参考にして決めましたね。
- 花緑さん
- 間取りでもめたりしませんでした?
- 夫
- まあ、ありましたが、結局は押し切られることが多かったかな。
- 花緑さん
- あははははは。ご主人には違う希望もあったんですか?
- 夫
- ええ、ぼくは階段には水槽を組み込みたかったんですよ。その頃は金魚好きだったので。
- 花緑さん
- えええええええええ。それは押し切られますよ(笑)
- 夫
- 「よく考えろ」って言われました(笑)。まあ、そんなことを話し合ったことも楽しかったですね。
- 花緑さん
- よく、二人でお友だちを呼んだりするんですか?
- 夫
- そうですね。呼ばなくても同僚がよく遊びに来て好き勝手やってますね~。
- 花緑さん
- そうなんだ。居心地が良いんでしょうね。このダイニングのテーブルが実にいい感じですね。
- 妻
- これは伯父さんの古い家の縁側に使われていた材なんですよ。しばらく雨ざらしだったそうです。
- 花緑さん
- それがいい感じになってるのかな。白いインテリアのアクセントになってますよ。ステンレスのキッチンとのコントラストもステキです。普通のテーブルならこんな雰囲気出ないですよね。
- 夫
- そうですね。
- 妻
- このテーブルは父がつくってくれたんですよ。父は粘土の彫刻家で母は陶芸をやっています。菓子鉢代わりに使ってるこの焼き物も母の作品ですね。
- 花緑さん
- そうですか。なるほど、そういう家で奥さんのセンスや意識が磨かれたんでしょうかね。
- 妻
- つくることは昔から大好きです。
- 夫
- その点、ボクは苦手なんですよ。苦手というより横着者ですかね。
- 花緑さん
- 横着者じゃないでしょー! あんなに生き物飼おうっていうんですから~。横着ならクワガタも生きてないですよ。
- 妻
- 確かに。手入れとか大変そう。マメにやってますけど。
- 花緑さん
- むしろ世話好きですよね、むしろ……。
- 夫
- まわりから見ると変な人だと思われてるはず。家の前で飼育箱を掃除して、手入れしている時は、常に話しかけてますからね。「おまえ、おったんかい!?」とか。
- 花緑さん
- あはははははは。
- 妻
- 前の道が犬の散歩コースになってますから、いろんな人に見られてますね。
- 花緑さん
- でも、話しかけると、クワガタも聞いているかもしれない。
- 夫
- ええ。返事もしますよ。
- 花緑さん
- えーー!! ほとんどファーブル先生じゃない、それ。
- 妻
- だって、コイツは今日は顔色が悪いとか言ってるんですよ。
- 花緑さん
- 顔色って、みんな同じ色に見えますよね~(笑)
帰り際、玄関の前で
- 花緑さん
- うわ、やっぱりこの景色すごいよ、コレ。
- 夫
- 初日の出もここから見れますよ。
- 花緑さん
- そうですか。海はどちら?
- 妻
- あの山の向こうが水島港ですね。
- 花緑さん
- 本当にいい環境ですね。ところで取材の前に話してた、掘ったとか埋めたとかの話は何?
- 妻
- エントランスまでの路地を掘り返して踏み石代わりに枕木を埋めたんですよ。
- 花緑さん
- この枕木? これをご主人が埋めたの?
- 妻
- そうそう、それでこことこのラインが揃っていなかったので……。
- 夫
- それでやり直し……炎天下……。
- 花緑さん
- あ~そりゃー大変だ。
- 夫
- そうなんですよぉ……。
- 花緑さん
- で、この枕木が裏の庭までつづく予定なのね。あー、確かにこれはぐるっといきたくなりますよね。あとは鉄道を敷くだけだね(笑)
- 夫
- ひえ~。無理無理(笑)。今の自分の作戦は庭に池をつくることなんですけどね。
- 花緑さん
- お、枕木の先に池が来ますか?!
- 夫
- ええ、そのうちやったろーかな~と思ってます。でも、朝、池を掘って、仕事に行って、帰ってきたらたぶん埋められてますね。
- 花緑さん
- ええええ、池になる前に埋立地ですか。
- 妻
- 管理が大変じゃないですか~。池は良いと思うんですが、よく手入れされずに空になってる池があるじゃないですか。あんなふうになりそうで……。
- 花緑さん
- 池、いいじゃないですか。いろいろできる余白があるっていいですね。これも戸建ての良さですよ。今日は楽しかったです。おじゃましました。どうもありがとうございました。
- 夫・妻
- ありがとうございました。お気をつけて。
エピローグ(編集後記)
足し算は得意、引き算は苦手
倉敷の市街地から車で15分ほど走ると、小高い山を造成して区画されたと思われる住宅地が見えてきます。その一番南側の眺めの良い場所にFさんの「窓の家」はあります。
Fさんの家に向かう途中の幹線道路からは、白い三角屋根の家が一団となった住宅の中にスッと建っているのがわかります。
Fさんは仕事帰りの車の中から、遠くに見える我が家に灯りが点いているのを確認してお互いが帰宅しているかどうかを確かめるのだとか。
そんな素晴らしいロケーションに建つ「窓の家」でのシンプルな暮らしを皆様はどうご覧になっていただいたでしょうか。
柳家花緑さんは建築やデザインの分野とのコラボレーションも多く、お客様との軽妙なトークから色々と話題を引き出していただきました。
今回のタイトルは「引き算の家」。
対話の中で花緑さんはスッキリとした暮らしを愛でていくためには「引き算」が必要なんですねとお話しされていました。
家の中にあるモノとの関係を考えるときに、これまでおうかがいしたお宅で暮らす方々に共通していることは、ご自身の中でこれ以上モノを増やしてしまうと心地良くなくなるという基準値のようなものを持っていらっしゃるということです。
だから暮らしの中でその値を超えたときの「引き算」の仕方がとても重要になるのでしょう。
モノは生活している以上自然に増えていくことが普通だと思います。だからこそ積極的に「引き算」していくことが心地よい空間を創り出すためのコツなのかもしれません。
ただFさんの場合は「引き算」と言ってもストイックさのようなものはなく、むしろ自分が心地良いと思う空間を仕上げるための過程を楽しんでいるという感じでしょうか。
取材のたびにこんなにスッキリとした暮らしが実現できたら素敵なんだけどと強く思うのですが、かく言う私もモノ減らしが大の苦手。足し算は得意でも引き算はどうも上手くできない(笑)。
取材のたびに身軽に暮らすためのヒントをたくさんもらっているはずなのですが……。
Fさんのようにそのモノとの繋がりが自分にとってどの程度濃いものなのか、一度しっかりと見直すということができれば、意外とモノは減らせるのかもしれませんね。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 落語家 柳家花緑さん
夫婦の挑戦とエネルギー
まるで天下でも取ったかの様な景色! 岡山県倉敷市の山間に、今回のお宅はありました。天守閣にお住まいの様だなぁと、外観と景観を眺めました。「夜景もいいんですよ!」と奥方と殿様…いや奥様と旦那様にお声を掛けて頂き家の中へ。
床の木と白い壁が気持ち良く調和した無印良品の家に、僕は一発で惚れ込みました。
でも、どんなに素敵な家でも住む人が素敵に暮らさなくては、その輝きはキープ出来ない。
先月から住んでいるのかと思う程 綺麗に暮らしている、そして殆ど物が無い。
伺えば2年お住まいで、奥様が出来るだけ物を増やさない「引き算」の達人であることが解りました。普通に暮らしていれば、物はどんどん増えてしまう。頂き物や、買いたい洋服に本もある、インテリアにこんな物を置きたいと「足し算」をしたくなる。そう思って生きてきた私でも、この頃は断捨離は大事な事だと掃除を良くやっている方ですが、いやいや自分なんてまだまだ前座レベル。暮らしの真打ち!を目の当たりにして心の底から感心しました。
「引き算」が出来るとは、家の中にある“ 物たち ”に対して ちゃんと想いを寄せていることが解る。「これはちゃんといる物だ、とっておこう、ここに置いておこう。」と決めて、そこに置く。なんとなくそこにいる物たちが一つもない状態。家の中で“ 物たちの家 ”が決まっていて、全てにご自分達の気が届いている感じ。これはやはり物が多くては中々コントロール出来ないと思います。いやそれが、一部屋なら兎も角 家一軒丸ごとですから!
インテリアは全て奥様が担当していると言っても過言じゃない。勿論、旦那様も口を出す。でも話し合った結果 却下されることも多いとか。例えば、壁に水槽を埋め込んで金魚を眺めたいと。サッパリとしたイケメン顔のご主人からは想像もつかない独創的な提案だ。出来れば家の壁360度全てに水槽を入れて欲しい。と言ったそうです。しかも真顔で。
今、水槽が一つも無いところを見ると、奥様が勝者であることが解ります。僕もなぜか安堵しました。
ご結婚10年近くになるお二人、とても仲良く暮らしているご様子は、一つのベットに二つの枕があることで解りますが、互いの趣味を尊重しているところにも現れます。旦那様のご趣味の部屋には長渕剛グッズ&クワガタ&カブトムシがびっしり壁一面に飾られております。これは旦那様の生きる力。まさにその一部屋はエネルギーに満ち溢れておりました。奥様の方のエネルギーは家のインテリア全般です。久し振りに弾くピアノも聞かせて頂きました!
そんなふうに愉しく暮らすご夫婦の心の裏に僕は「挑戦」という言葉も浮かびました。理想な暮らしへの探究心があればこそ、ご夫婦にとってのお城が輝きを増すのでしょう。[2014.11]