歌人の穂村弘さんが青田波に浮かぶ「木の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2023.1.17
プロローグ
理想の家
人間にとって家は重要なんだろうな、と思ってきた。大工である犯人が憎む相手の家を微妙に歪ませることで復讐を果たす、というミステリーを読んだことがある。その家に住む限り、狙われた本人だけでなく家族や子孫まで不幸になってしまうのだ。おそろしい。でも、その逆はどうなんだろう。住むだけで幸福になれる家って、どういうものなのか。歪んだ家=不幸はわかるけど、真っ直ぐな家=幸福とはいかないだろう。不幸に比べて幸福には決まったパターンというものがない。寺山修司はたまたま見に行った家に作りつけの大きな書棚があったという理由でそこに住んだという。その迷いのなさ、一途さに憧れる。サーフィンが好きだから海の近くとか、陶芸が好きだから土の良い場所とか、うどんが好きだから香川県とか。そんな風に住処を決めた人の話を聞くと羨ましく思う。でも、真似できそうもない。自分が一番好きなものがわからないから、私は人生の全てに迷い続けてしまう。住むだけで自分にとって本当に大切なものを教えてくれる家、なんてないかなあ。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
穂村弘さんが会いにいった家
転勤が多い父上の仕事の関係で、故郷を離れて育ったHさんは、高校生の時に祖父母が暮らす地元・北九州に戻り、 ボート部の後輩だった現在の奥様と出会いました。
結婚してからしばらくは、祖父母の家に同居していましたが、20代の終わりに、祖父が所有する畑の一部を農地転用して二人が意気投合した「木の家」の新築をスタートさせます。
春のレンゲを鋤きこんだ夏の青田と、田色づく黄金の光景。
冬の雪景色。土手の向こうに流れる筑豊の一級水系遠賀川。
見晴かす豊穣の耕地に浮かぶ二人の黒い「木の家」は、視界を遮るものはなく、季節の陽光が室内に満ちていました。
二人の暮らしと「木の家」は、ダンスと音楽の関係のように互いに響き合いながら、自然に一つになっているようです。
「こんにちは。おじゃまします」
「いらっしゃいませ」
- 穂村さん
- 最初に外観の写真を拝見した時、いったいどんなロケーションなんだろうって思いましたけど、やっぱりスゴイね。
眺望の良い2階から
- 穂村さん
- うわー、2階からの見晴らしがいいですね。
- 妻
- この窓の先には公園があって、夏には花火が上がるんですよ。その花火を眺めるための窓ですね。
- 穂村さん
- ああ、ここから見えるってもう分かってたんですね。窓がたくさんあるけれど、サイズや配置ってどうやって決めたの?
- 妻
- 例えばこの窓は高窓なら外からの視線が気にならないと思ったけど、夫は開放感重視なので、じゃあ大きな窓にしちゃえ、と。
- 夫
- 視線、気にならないですよね。たまに望遠鏡を持ち出して外を眺めますが、この風景がどこまでも広がるだけですから。
- 穂村さん
- 家に近寄ってくる人がいるとしたら、ここに用事がある人だけですもんね。あとは歩き疲れて死にそうな旅人くらいだね。
- 夫
- そうですね(笑)。地元なんで近所もみんな顔見知りですし。
- 穂村さん
- 最初に家を建てようと考えた時に、ほかに二人でどんなことを話し合ったんですか?
- 妻
- 二人で決めたのは「床と家具には妥協しないぞ!」です。
- 穂村さん
- 床? 材質とかですか。
- 妻
- 合板のピカピカのフローリング材は自分たちが目指す雰囲気に合わないし、質感が固すぎて足触りもイマイチだなと思っていたので、無垢材のような心地良い床が良いなと……。
- 夫
- この床材はオーク材を使っていて、厚突きなので無垢の感触に近いんですよね。ちょっとラフな仕上げも気に入っています。
- 穂村さん
- いいですよね。床の材質なんて意識したことなかったけど、改めて気づくとちょっと羨ましくなっちゃうね、この床。
- 夫
- 床の素材感で室内の印象は大きく変わると思うんですよ。
- 妻
- 家具は蚤の市で古いものを探したり、大川にお気に入りのお店があるので新しいものはそこで揃えました。ショールームを訪問してみたら居心地がとても良くて、気がつくと二人で5時間も。
- 穂村さん
- 二人の趣味も行動パターンも合うんですね。「ここ見に行こうよ」「あ、オレは行かなくていいよ」みたいなのはないんだ。
- 夫・妻
- はい。ないです(キッパリ)
- 穂村さん
- ……。
- 夫
- 妻は高校のボート部の後輩なんですよ。だから、もう15年。
- 穂村さん
- スゴいですね~。よほど気が合ったんだね。っていうか、そういうカップルって実在するんだね。
二人でダンスを踊るように
- 穂村さん
- ところで、家具は家を建ててから探したんですか?
- 妻
- 間取りを決めるのと同時進行でしたね。家具のスペースも考えながら間取りを決め、完成と同時に家具を納めてもらいました。
- 穂村さん
- そもそも「無印良品の家」はどこで知ったんですか?
- 夫
- 博多に二人で観劇に行った時、開幕前に無印良品のお店を覗いて、そこで「無印良品の家」を初めて知りましたね。お店の方に福岡のモデルハウスの情報を教えてもらって……。
- 穂村さん
- そこにももちろん二人で出かけて……。
- 夫
- ええ、行ってみたら二人の感覚にピッタリでした。間仕切りがない大空間の開放的な雰囲気も良かったし、外観がユニークで。
- 穂村さん
- もう一目惚れだったんですね。
- 妻
- はい。こんな雰囲気でこういうモノになる、と計画段階からイメージも明快で、その時点で二人の趣味とも組み合わせやすいと確信してました。出来上がりもほぼ想像通り。
- 穂村さん
- 家はそこが難しいからね。完成してから「どひゃ~」「うっそ~」みたいな。しかも「まあいっか」と思えないのがキツい。
- 妻
- ほかのメーカーはドアノブ一つでも選択肢がとても広くて、それは建て主のためにだと思うんですが、家を建てる時は気分もハイになってるので、冷静なつもりでもついついスゴいのを選ぶんじゃないかって思うんですよ。そんな選択を重ねた結果、ありえないようなハイブリッドな家になったりして……。
- 夫
- その点「無印良品の家」はテイストにブレがないですからね。
ダイアログ2
田畑の中の一軒家に暮らしてみて
白色・緑色・黄金色
- 穂村さん
- ホントに外国映画のシーンみたいですよね。風景の中に家が一軒だけなんて、日本では考えられないですよ。
- 夫
- まあ、見ての通り周囲は畑と田んぼですから。外壁の黒も、一面、緑の中に建てられることを考えて選んだ色でした。
- 穂村さん
- ご近所を気にせずに窓を全開にして暮らせますね。
- 夫
- そうなんですよ。景色も良いですよ。雪景色は真っ白で、田植えの頃は一面緑、稲穂の頃は黄金色になります。最初は外から中を見られないかちょっと心配だったんですけどね。
- 妻
- ただ、近所の方はみんな顔見知りですから、逆に中に私たちがいることがわかるので、畑仕事の途中にトマト抱えて訪ねてきてくれたり。夫の両親や親戚もすぐ近所にいて、ほとんど知り合い同士です。
- 穂村さん
- いいですね。でも、最初は何ができたんだろうって思ったんじゃないですか。突然雰囲気の違う建物が出現したわけですから。
- 妻
- 近所の人はもちろんですが、川沿いの道路からも目にとまるようで、道を通る人も何だろうって思うみたいですよ。
- 夫
- とにかく目立つみたいで「あの家です」「あ、あの家ね」で話が通じちゃいます。
- 妻
- そういえば夏の炎天下、迷子になったご高齢の女性が道を尋ねてきたんですよ。今時の住宅街の家は中に人がいるのかわからないから、呼び鈴押すのもためらうと思うけれど、ここは昔の家のように人の気配が感じられたんでしょうね。とにかく暑い日だったので歩くのも辛そうで、結局、目的地までクルマで送りました。
- 穂村さん
- それはいいことしましたね。天国へのポイントがたくさん貯まりましたね。
- 妻
- きゃ~、やった~!!
- 夫
- やった~!
実は、もともとはここも祖父母の畑で、家を建てるときは道路に面して建てるか、全面道路から長いアプローチをつくって奥に配置しようか迷ったんですよね。 - 穂村さん
- 大きさの制限もそんなになくて、建てる場所も自由に選べたんだ。
- 夫
- はい。でも、配置もサイズもこのプランで良かったと思います。
- 妻
- 裏の畑は家で使わせてもらっていて、キッチンで野菜が足りなくなったら畑から持ってくる感じですね。
- 穂村さん
- いいですね。このウッドデッキも縁側みたいで気持ち良いね。
- 妻
- 友だちが来るとここに腰掛けて外でバーベキューしたりしてますよ。
- 穂村さん
- 楽しそうだな~。夜はどんな感じなの。
- 夫
- 夏はスゴいですよ。カエルと野鳥の大合唱です。もうジャングルにいるみたい。
- 妻
- 朝はスズメのさえずりで目が覚めますね。畑に来たスズメが寝室の脇のベランダに集まって、チュンチュン、チュンチュン、大騒ぎで……。
家の中にいても外にいる感じ
- 穂村さん
- そういえば、家の中に間仕切りがないですね。
- 夫
- ええ。2階の吹き抜けまわりも視線が通るように手すりの仕様を選んで、2階の寝室だけは腰壁を設けました。
- 妻
- 春になると家中ぽかぽかですよー。
- 夫
- 窓が多いから夏も風が通って涼しいんですよ。リビングのソファがお昼寝コーナーです。
- 穂村さん
- たしかに窓だらけですもんね。風通し、良さそうだな。ところで家を新築する前はどこで暮らしていたんですか?
- 夫
- 祖父母の家に同居していました。ここから屋根が見えますよ。
- 穂村さん
- ああ、すぐ近くなんだ。ここで暮らすようになって、以前の暮らしとは生活パターンは変わりましたか。
- 妻
- その頃は祖母と家事を分担していましたが、生活パターンはあまり変わっていないかもしれません。
- 夫
- 以前に比べると、家にいる時間は圧倒的に長くなりました。祖父母の家は昔ながらの家で、部屋と時間によっては日当りが悪くて暗かったので、そんなときはついつい外出しちゃうことが多かったですからね。
- 穂村さん
- こことは対照的な家だったんだね。確かにこの家は開放感があって、中にいても外にいるみたいですもんね。
- 夫
- そうですね。祖父母の家は古かったので、どこから忍び込むのかいろんな動物が……。外壁と壁の間をイタチが走り回っていたり。
- 穂村さん
- え? ネズミじゃないの?
- 夫・妻
- イタチですね。
- 穂村さん
- それはスゴい。
- 夫
- そんな感じだったので、新しい家が良いんじゃないかと、私が新築するときに二世帯同居も提案したのですが、祖父母は今の家でいいと……。
- 穂村さん
- イタチハウスがいいと……。
- 夫
- はい(笑)。やっぱり長年暮らすと家に愛着が生まれるんですよね。その気持ちはよくわかります。
- 穂村さん
- なるほどね。
ダイアログ3
アンティークと児童書と社交ダンス
本棚を眺めながら
- 穂村さん
- 蔵書の趣味もオシャレだね。児童書と絵本が多いのかな。江戸川乱歩に松本大洋にタンタンの冒険。本はどちらの趣味なんですか?
- 妻
- これは夫の趣味ですね。私は絵本と荒俣宏とナショナルジオグラフィック派です。
- 穂村さん
- そっか、絵本持ってくればよかった。ぼくも絵本の仕事してるんで。
- 妻
- 私、穂村さんの本持ってます。読みましたよ~。
- 穂村さん
- あ、ありがとうございます。棚にディスプレイされているアンティークはどちらの趣味なの?
- 夫
- これは二人の趣味です。二人ともアンティークのお店や蚤の市が好きなんですよ。
- 穂村さん
- やっぱり夫婦で趣味が同じなんだ。厳選されてる感じが伝わってきます。しかし、家の中がキレイだなー。いつもこんな感じなの?
- 妻
- まわりから見られても平気なように片付けてます。というか、ちゃんと片付けてから出かけるようになりました。
- 穂村さん
- 普通の家にごちゃごちゃあるはずのモノはどこにあるんですか。
- 妻
- 納戸にしまってます。(ガラガラ~)ここには洋服と季節ものを収納していまして……。
- 夫
- ここにあるのは私の筋トレ用具ですね。
- 穂村さん
- 筋トレ! ぼくも学生の頃やってたんですよ。ベンチプレスばっかりでしたが。
- 夫
- おお、いいですよね~ベンチプレス。私もベンチプレスばかりです。何キロ上げました?
- 穂村さん
- 108キロかな。
- 夫
- ええええ、それスゴい。私は70キロくらいですよ。静かな雰囲気な方なのでベンチプレスやってるところ想像できないですよ。
- 穂村さん
- そういう人がわりとハマるんですね。自分を変えたい人。例えば、これを上げれば「もっと外交的な人間に変われる妄想」みたいなものがあったりして。修行僧みたいに黙々とね。でも、この床でベンチプレスは無理でしょ。
- 夫
- いやいや、ぜんぜん大丈夫ですよ。
- 穂村さん
- この部屋の雰囲気にベンチプレスのベンチがあると、そこだけマッチョな感じになるじゃないですか。かわいいアンティークが並ぶ部屋で、児童書やタンタンを読みながらひたすらウエイト上げてるなんて、面白いけど、ちょっと危険なイメージですよ~(笑)
- 夫
- ハードボイルドですね(笑)
- 穂村さん
- ところでご主人はいま、何歳なんですか?
- 夫
- 私は31歳です。
- 穂村さん
- まだ若いですよね。わりとそれくらいの年齢で家建てる人って多いですか?
- 夫
- うーん、確かに早いねとは言われましたが、同僚の中では20代で建てる人は増えてますよ。
夜の家で社交ダンスを踊る
- 穂村さん
- 新築から1年半でしたっけ。
- 夫
- そうです。最初に比べると柱の色が少し濃くなってきたかな。
- 穂村さん
- この床も年月を経て味わいが増すんでしょうね。インテリアはいまの状態でほぼ完成形に見えますけど、これから何かプランはあるんですか?
- 夫
- 庭ですね。もう少し面白くしたいです。
- 妻
- 人生長いので庭は時間をかけてつくっていこうかなって思ってます。
- 夫
- あとは壁面緑化してみたいんですよね~。壁一面に植物が植えられてるのありますよね。
- 穂村さん
- あれって意図してやったわけじゃなくて、自然にそうなったんじゃないの。ツタの呪いみたいな……。
- 夫・妻
- あははははは。
- 夫
- 外壁じゃなくて室内でもできるみたいなので、ここでも不可能じゃないはず。インテリアの雑誌で特集もやってました。えーと、どの本だっけな~。
- 穂村さん
- うーん、平成のカップルは違うなー。情報にたどり着くまで速いよね。
- 夫
- あ、これこれ。これがパリのパトリック・ブランさんという作家の家ですね。
- 穂村さん
- うわー、この写真だけ見ると家だかなんだかわからないですねー。たしかにカッコいいなと思うけど、これは日本でやるのは危険じゃない? 湿気もスゴいし虫だらけになるよ。今度は家の中でいろんな鳴き声が聞こえるようになっちゃうよ~。
- 夫
- でもできたら面白そうですよー
- 穂村さん
- そっか、壮大な夢ですね。えーと、ご主人の夢がまあとりあえず壁面緑化ということで、奥様はどんなプランがあるんですか。
- 妻
- そこにアンティークの作業台がありますが、これはミシンを置くことを考えて買ったんですよ。いつかはアトリエっぽくしたいなと思っています。以前は縫い物や編み物で自分の洋服なんかもつくってましたから。ただ最近は新しい趣味が忙しくて時間がないんですよね。
- 穂村さん
- え、どんな趣味なんですか?
- 妻・夫
- 社交ダンスです!
- 穂村さん
- 一緒にやってるの?
- 妻・夫
- はいっ。
- 穂村さん
- 家の中でも踊るんですか? もう完全に映画の世界じゃないですか。夜の家で社交ダンスを踊る二人が、外から……。
- 夫
- まあ、練習はしますけれど、スペースが足りないんで、温かくなったら公園の芝生とか。
- 穂村さん
- 公園で社交ダンスってちょっと勇気が必要ですね。太極拳ならともかく。
- 夫
- いやいや、ほんのちょっとの勇気ですよ。
- 妻
- 社交ダンスを習ってみたら、スゴく楽しくて、今ではいちばんの趣味になってしまって、縫い物の暇もなくなってしまいました。
- 穂村さん
- そんなに楽しいんですか。
- 夫・妻
- 楽しいですよ!
- 夫
- 始める以前に比べると初対面の方と話をすることもスムーズになりました。
- 穂村さん
- え、関係あるの?
- 夫
- ありますね。レッスンは男性と女性が並んでローテーションで踊るのですが、初対面の人とも踊るので、恥ずかしがっていられないんですよね。
- 穂村さん
- そうなんだ……。で、どちらが始めたんですか?
- 夫
- ええ、私が。まえからやってみたかったんですよ。
- 妻
- アメリカのダンスオーディション番組を観てて、彼が「ダンスを始めようかな」って言うので、それなら私もやる! と。でも今さらヒップホップでもないし、それで初心者でもできそうなのが社交ダンスで。
- 穂村さん
- うーん、やっぱり仲が良いね。一緒に過ごして15年だもんな。波長が合うんだね。お互い「これだけは無理」ってのはないんだね。ぜんぜん違う世界で生きる夫婦もいますけどね。
- 妻
- そうなんですか?
- 穂村さん
- ええ。おなじ家に住んでて、連絡はメールとか。
何かお互いの不満とかないんですか? いや別に無理に答えなくてもいいんですけど。 - 妻
- 不満というわけじゃないんですが、夫の祖母と私はとても仲が良いので、H家の男はこういうところがダメよね~とか、よく家事をしながら話してましたけどね。
- 穂村さん
- ああ、もう遺伝子のせいになっちゃうのね。
- 妻
- うふふ。でも似てるんですよ~。祖父、父、夫……。
- 穂村さん
- じゃあ、もう未来がだいたい予測できちゃうじゃない。
- 妻
- そうなんですー(笑)。
- 夫
- ……。
- 穂村さん
- えーと、話題を変えて……、家の中の二人の定位置ってどこなんですか?
- 夫
- 私はソファやダイニングテーブルです。
- 妻
- 私はダイニングの椅子に座ってることが多いです。
- 穂村さん
- やっぱり一緒なんだな~。
エピローグ(編集後記)
そして、レンゲの花が満開に。
訪問したH様のお宅は、担当させていただいたキャナルシティ博多家センターから車で40分ほどの郊外にあります。
道中、どんな家なんだろうと想像を膨らませているうちに、営業担当者が「あの家ですよ!」と指差したその先には、周囲に田圃の広がる風景の中に家が一軒だけ建っています。
まるで空からポンと落ちて来たような黒い「木の家」が。
これまでもロケーションの素晴らしい家をご紹介してきましたが、今までとはまた少し異なる佇まいがとても印象的でしたので、メインの写真をこの風景に決定しました。
取材当日が雨模様だったこともあり、この少し霞んだ感じはまるでイギリスの田園風景のような雰囲気。
こうして見ると「木の家」はどのような風景にも馴染んでしまうという、デザインとしての懐の深さを改めて感じます。
また、一歩室内に入ると360°どこを見ても田圃や畑・土手の緑が目に飛び込んできますし、大きなボリュームのある観葉植物が部屋の中で生き生きとしています。
建物の内外が自然と一つになって、なぜか周辺環境から想像される寂しさを感じさせない心地よさがあります。これにご主人が夢見ている壁面緑化まで実現したら「木の家」ならぬ「緑の家」になりそうですね。
歌人の穂村さんもこの突出した生活環境に圧倒されながらも、H様ご夫婦の暮らしぶりにとても興味をもってお話をされていました。まさかベンチプレスで話題が広がるとは思ってもみませんでしたが(笑)。
取材後、奥様からメールが届きました。
「あれからさらにレンゲが咲いて、今が一番きれいだと思います。一面ピンクです。 このきれいさを何とかして伝えたくて、写真を送ってしまいました。葉っぱにも光が当たってキラキラしていて、ここに住んでいて良かったなと本当に思います。」
そこで、最後にこのいただいた写真をご紹介したいと思います。
四季を通じて訪れてみたい、本当に素敵な「木の家」でした。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 歌人 穂村 弘さん
仲良しの家
最初に写真を拝見した時は、びっくりした。一面の緑の中に、モダンな黒い家がぽつんと一軒だけ建っている。周囲に家がぜんぜんないように見える。とても日本の風景とは思えなかった。
でも、実際に訪問してみたら、ちゃんと近隣とのつきあいもあることがわかった。とはいっても、隣近所というものの距離感覚が都会の家とは全く異なっている。どんなに大きな音で音楽をきいても大丈夫。人目を遮るためのカーテンもいらない。覗くものは鳥しかいない。そんな暮らしである。
一方で、自然との一体感がすごい。キッチンで料理をしていて野菜が足りなくなったら、ちょっと裏の畑から持ってくるとか、羨ましいなあ。
ご夫妻のお話をうかがって、いちばん印象に残ったのは、お二人の仲の良さだ。高校時代の先輩後輩が恋に落ちて、そのまま結婚した、という夢のパターンである。そういうカップルも日本のどこかにはいるだろうと思っていたけど、実際に出会ったのは初めてだ。私の周囲はバツイチバツニだらけなのだ。
お二人は今も、一緒にアンティークのお店や蚤の市を回ったり(家の中には選び抜かれた家具や小物が置かれていた)、社交ダンスを習ったりしているらしい。こちらの質問に対して、同時におんなじ答えが返ってくることもたびたびである。
暮らしや趣味に関して、新しい関心やアイデアが次々に生まれて(壁面緑化なんて始めて知りました)、それに対して二人でどんどん調べたり、試したり、習ったりしてゆく。いかにも楽しそうだ。
仲が良いから、こういう暮らしができるのか、それとも、こういう暮らしだから仲良くいられるのだろうか。たぶん相乗効果なんだろう。もともと仲の良いご夫婦が、二人で話し合って建てた家のおかげで、いっそう楽しくなっている感じである。
「明るい」とか、「風通しがいい」とか、「仕切がない」とか、そういう言葉がこの家には当てはまる。と同時に、それがお二人のキャラクターや関係性にも、ぴったり当てはまっているのだ。
「まだ先は長いから、時間をかけてゆっくり作り上げていきたい」という言葉も印象的だった。直接的には家のことなんだけど、それはすなわち暮らしのことでもあり、つまりは二人の関係性のことでもあるだろう。家は単なるモノじゃないから、買ったらそれで終わりじゃない、ってことを教えられた。[2014.7]