vol.15 練糸の家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて群馬の織都桐生へ。
テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんが、英国と日本をつなぐ「窓の家」に会いに行きました。

家に会いに | 2022.12.21

2014年2月公開されたものを再編集しています

プロローグ

空っ風を包む家

高崎駅から両毛線に乗り換え、「窓の家」に会いに桐生へ向かった。利根川、荒砥川、そして渡良瀬川を超えると桐生駅に到着する。桐生は水に恵まれ、養蚕に適した気候から、古く奈良時代から染織の産地として栄えてきた。一時は多くの染織工場が軒を連ね、「桐生は日本の機どころ」と言われていた時もある。
実は私の会社は、桐生からスタートしている。今も桐生にはオフィスがあり、在京のスタッフも度々桐生には通っている。冬になると毎日のように吹き下ろす「榛名おろし」の北風は、私も含め、在京のスタッフにはいささか身にしみる。そんな馴染みのある街に、私が会いに行く「窓の家」はある。しかも、この家の主は、長い間イギリスで暮らし、テキスタイルデザインを学び、現在は桐生に住むテキスタイルデザイナーである。何か強い縁を感じながら、車窓に広がる赤城山の風景と、何度か訪れた事のあるイギリスの田園風景とをダブらせ、うとうとしていると桐生駅に到着。駅でバッグから、早速スカーフを取り出し、空っ風の中を歩いて数分。目的の「窓の家」を発見。

須藤玲子|すどうれいこ
テキスタイルデザイナー
茨城県生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。
日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。
作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ビクトリア&アルバート美術館、東京国立近代美術館工芸館等に永久保存されている。

ダイアログ1

だから、ここに建てました

「窓の家」
K邸|群馬県、2011年11月竣工
延べ床面積: 83.40m²(25.22坪)
家族構成: 夫婦・娘

須藤玲子さんが会いにいった家

力織機発祥の国、英国でテキスタイル・デザインを学びヨーロッパで布と刺繍のデザインに携わっていたKさんは、帰国後、生まれ育った神奈川を離れ、経験を生かすために足尾山地の麓、織物の産業文化都市・桐生市に移り住みます。やがてKさんはこの街で家庭を築き、長女も生まれました。ある日、雑誌で「窓の家」を見たKさんは家づくりを決断。モデルハウスを見て、北側に玄関を設け南側に大きな窓を開き、その外に庭をつくる理想のプランが頭の中に描かれ、パズルを解くように、プランに合う土地を探し求めます。外観とインテリアからすべての窓の位置を導き出して、やがて、英国郊外住宅を原型とする真っ白な「窓の家」が、イギリス織物産業文化と関係が深い、桐生の街に完成しました。

「失礼します」
「どうぞ、こちらへ~」

須藤さん
「木の家」のプロトタイプが提案するベーシックな住まいの考え方には共感を覚えていました。実際にどんな生活が営まれているのか、暮らしぶりを拝見するのが楽しみです。

テレビではなく窓を眺める暮らし

須藤さん
リビングの大きな窓がステキよね。雪見障子みたいな趣もあって落ち着いた雰囲気をつくりあげていますね。
リビングはテレビ中心に考えられがちですが、イギリスでは暖炉を中心に家具が配されていました。その暖炉を窓に置き換え、窓を中心に家具の配置を考えてみようと思ったんです。光や影の高さに季節の移り変わりも感じられますし……。
須藤さん
ほかにも窓がたくさんありますが、位置はどうやって決めたの?
彼が私のためにパースを描いてくれたり。あとは窓の大きさに紙を切って、当時のアパートの壁を使って「このへんかな~」「もう少し上かな~」ってやってましたね。
須藤さん
一緒にシミュレーションしながら共同作業で考えたのね。
実際には、主人が自分の想いを私にプレゼンテーションすることが多かったんですが……。
須藤さん
つまりご主人が建築家で奥様がクライアント(笑)。
家庭内で承認をもらうための努力ですね。ええ。

イギリスと桐生と「窓の家」

須藤さん
でも、窓の配置を考えることで、自分たちの暮らしのデザインに関われるのは魅力よね。
そうですね。「窓の家」はしっかりしたベースがあり、ぼくたちがデザインやプランに関与できる柔軟性もあった。窓の高さや位置は全部、希望通りにできたし、お仕着せではない、この家でしかできない「自分の家」をつくることができたと思います。
須藤さん
ところで「窓の家」を建てたきっかけは何だったのかしら。
雑誌の記事です。建築が好きなので建物には興味がありましたが、自分が暮らす建築を建てるという考えは、それまではなかったですから。
須藤さん
じゃあ最初から「窓の家」って決めていたのね。
そうですね。雑誌で気になって、モデルハウスを見学して「あ、やっぱりいいじゃない」と。その頃は建築家とメーカーの住宅の良いところ取りみたいなイメージを持っていて、ディテールは予算の都合である程度はガマンしないといけないんだろうなと覚悟していたんですが、標準なのにしっかりキレイにつくり込まれていて、それでますます引き込まれた感じでしょうかね。
須藤さん
Kさんにとっては何が決め手だったの?
シルエット。それに、削ぎ落とされたシンプルさ。細部にまで神経が通っていて、幅木の繊細さと白さは衝撃的でした。ここまで気を配れるのはスゴいぞ、と。ホント細かいところですが……。
フツーそこまで見る?(笑)
いや、異素材を収める端の始末ってかなり重要なんですよ。
須藤さん
なるほどね。幅木はステッチ幅や縫い目に近い意識なのかしら。
そうそう。

須藤さん
「窓の家」はイングランドのコッツウォルズ地方の古い家を、家の原型と捉えてデザインされた住宅ですが、Kさんがイギリスで暮らしていた頃の記憶の琴線に触れたのかしら。
その話は後から知ったんですよ。でも無意識に惹かれていたのかもしれませんね。
須藤さん
イギリスでテキスタイルを学んだKさんが桐生に移り住み、この家を建てたわけよね。桐生の絹織業はイギリスの経営形態に倣い形成されたもので、そこでつくられた絹織物はKさんが生まれ育った神奈川の港から世界に送り出されたの。それに「窓の家」はテキスタイルと関係深い英国のアーツ・アンド・クラフトの町の家が原型になっている。私には、時代を超えた様々なつながりや絆が、この三角屋根の下に集約されているように感じられました。かつて桐生と世界をつないだテキスタイルの道が、現代のこの家につながっているような、そんな印象を受けましたよ。

ダイアログ2

Kさんのお仕事とデザインの話

須藤さん
Kさんがイギリスで刺繍やテキスタイルの勉強をしたきっかけは何だったんですか?
イギリスでは最初はグラフィックデザインを学ぶつもりだったのが、基礎コースを修めてから、テキスタイルが面白いと思うようになってその専門コースに進んだんです。ファッションにデザインがあることはもちろん知っていましたが、テキスタイルのデザインは未知の世界で、でも、子どもの頃に母が手編みでつくっていたのを見た記憶が蘇ったり、その世界にもデザインがあったことに改めて気づいて、それから急にその奥深さが見えてきて、引き込まれた感じですね。

須藤さん
あのオットマンの上に掛かっているピンタックのテキスタイルもステキよね。
あれはハンドで一つ一つつまんでいるんです。パリのアトリエにいた頃にクチュール用に自分でハンドメイドでつくったもので、素材違いをコレクションで使ってもらいました。
須藤さん
パリにもいたのね。
クチュールの仕事が夢で、ロンドンで学生生活を終えてすぐにパリに。自分がつくる立体的で、手の要素も加えたモダンな雰囲気の布がどこまで受け入れられるかを確かめたかったんです。学生時代にスイスのヤコブ・シュレイファーで仕事をしたことがあって、3ヶ月くらいデザインの仕事をしていたのですが……。
須藤さん
ヤコブの刺繍は浮いているような立体的な加工も特長的ですからね。
ええ。自分の中ではヤコブと同じことをやっても、あの世界は越えられない。一方でパリにはルサージュという刺繍の名門アトリエがありますが、あのアーティスティックな手作業の刺繍も越えられない。この二つの限界が自分の可能性の幅になり、その間に自分のやりたい世界があるんじゃないかと考えて、それであのハンドメイドの布を自分の手でつくってみたり……。
須藤さん
すごい、世界中のオートクチュール・メゾンの刺繍を手がけるルサージュでも仕事をしたの?
ルサージュでは仕事はしていないですね。パリで働いていたアトリエがルサージュに刺繍を依頼していたので、作品に触れる機会はあって、それを目の当たりにして、この世界に到達するには想像できないくらいの時間がかかるんじゃないかと、打ちのめされた気分になりました。
須藤さん
ルサージュはすべて手作業ですからね。
触れるだけでルサージュの職人の素晴らしさを実感できて、それを感じることができただけでも良かったと思っています。この二つのハイエンドの世界を通して自分の立ち位置がようやく見えてきて、日本に帰って少しもやもやしている時期に、桐生の今の会社に出会ったんですよ。当時は生産工場だったんですが、ここで企画の仕事に関わると面白いことができると直感して、それを社長に話をしたら今のポジションを設けてくれて、桐生に移り住んでもう8年ですね。

暮らしをもっと自由に考えてみる

夫・妻
須藤さんのお住まいはどんな感じなんですか?
須藤さん
私の家は今から20年くらい前に建てたのですが、土地探しも家をデザインしたのも主人(建築家です)だったのね。私は自分もデザインの世界で仕事しているので、主人の仕事の領域に踏み込むと大げんかになるのは目に見えていたので、プランも見なかったし棟上げにも行かなかったの。一つだけ希望したのはキッチンとお風呂場だけは白いタイルを。それだけね。
ぼくも建築家に設計依頼したい気持ちもありましたが、デザインに関して「ああしたい、こうしたい」は、プロ相手には言いづらいですよね。それよりこの「窓の家」の良さをうまく引き出しながら、自分なりの家にしたいと思ったんですよ。
須藤さん
建築のプロセスも楽しんだのね。
私は桐生が地元で、都心の暮らしに比べると集合住宅を探すよりは家を建てるほうが身近でしたから、「私たちも家を建てる年齢になったのかな~」と思ったくらいですね。彼は好みがハッキリしてるので、相談するときにはもう決めているんだろうなと思ってましたし。良い意味でこだわりが強いので。
たまにはちょっと強過ぎるかな~と……。
須藤さん
ロンドンに住むことも桐生に住むことも、ご主人のこだわりがあったのかな~って思いますよ。
自分の手を動かして、モノづくりの現場の近くで何かをつくっていきたいという想いがあったんですよ。東京のデザイン会社で企画の仕事をするより、机のすぐ隣で作業ができる環境がある職場を求めていたんですね。それで、じゃあ産地で仕事を探そうと思って桐生に辿り着いた感じですね。
須藤さん
奥様もテキスタイルのお仕事なの?
私の実家は宿泊業を営んでいたので、テキスタイルはまったく門外漢で、桐生で生まれ育ったのにテキスタイル・デザインという世界があることを知らなかったんですよ。彼に会って初めてそんな仕事があることを知りましたから。ただ、母の実家は機屋でしたね。
須藤さん
奥様のご両親はこの家を見てどんな感想を。
彼らしい家ができたと思っているはずです。彼の両親も何度も訪れましたが……。
変った家だと思ってるでしょうね。あははは。
須藤さん
お風呂場を2階に設けるのも珍しいわよね。普通の家だと水まわりは1階に集約することが多いと思うのですが。
ぼくには寝室と浴室は同じフロアにつくるイメージがあったので自然に2階になりましたね。
私もアメリカで暮らしたとき、ホームステイしていたお宅は2階に寝室とシャワーがワンセットでつくられていたので、ここでも違和感はなかったです。
須藤さん
なるほど。トイレも1、2階両方にあるのね。
就寝までは家族で1階で過ごして、2階は眠るために上がる生活です。1階には床暖房を入れていて、2階は寝るだけなのでその暖気で自然に温まっている感じですね。桐生は冬の寒さが厳しいのですが、家の中は快適ですよ。
須藤さん
居心地が良いから友人も集まりやすいんじゃないかしら。
そうですね。桐生にはロンドンで一緒に勉強していた友人が何人かいますし、年に何回かは家に集まって食事会を開いたりしてます。女性の友人は最近は妻のほうが仲良しで。
同世代なんですよ。一緒にお出かけしたり。
須藤さん
そうそう、イギリス各地の美術大学でテキスタイルデザインを学んだ若者たちが東京ではなく産地の桐生で働くというので、業界では話題になったの。新聞のニュースにもなりましたよね。
少し前まで、日本では美大出身者は、デザインオフィスやメーカーなどでデザインプランニングの仕事に携わることが多く、産地も学生も何となくものづくりの現場に入りづらい雰囲気があったと思います。でも、欧米などでテキスタイルを学んでいる若者と話をすると、産地の機屋でものづくりに関わることが当たり前で、むしろそれを目指していた。私はそんな様子を見て素晴らしいなって思っていたの。そのイギリスの空気をKさんたちが日本に持ち帰ってくれたのね。今では産地に入る美大の卒業生も増えて、産地発の企画も始まろうとしています。
確かに増えてきましたね。僭越ながら、産地は昔の栄光の時代を、若い世代で乗り越えないとダメだと思うんですよ。ものづくりでは国際競争の厳しい時代を迎えていますが、ぼくたちは新しいアクションを起こして、ここ桐生でしかできないものづくりを探していかないといけないのだと思っています。
須藤さん
そうね。八王子もそうだし、富士吉田なんかもそういう雰囲気があります。Kさんはそんなムーブメントのパイオニアなのよね。
ぼくの場合は新井淳一さんが桐生在住だったことが大きくて、新井先生を通してこの街に受け入れられたこともあり、親しみを持って町に入ることができたんです。そうするとロンドン時代の友人も桐生に集まってきて、また、暮らす環境が良くなっていく。ぼくの場合は刺繍ですから、テキスタイルとは少しスタンスも違うので、彼らから生地を提案してもらったり、生地を織ってもらったり。友人同士の関係で会社を越えたプロジェクトも企画しやすいです。
須藤さん
素敵なつながりですね。私は1982年に、新井さんとは彼の最初の作品展を見に行ったことがきっかけで、デザイナーとして仕事をする決心をしたのよ。偶然ね?ところでイギリス留学でご自身にどんな変化がありました?
ぼくがロンドンに初めて行ったのは1999年で、その時が初めての一人暮らしでした。それまでは実家で何不自由なく暮らしていたのが、生活のすべてを自分で決めなければならず、最初は大変だなと思いました。でも、料理したり自分の好きなインテリアを考えたり、それができるようになると、ようやく暮らしが「楽しい」と思うようになった。ロンドンには世界中のいろんな文化背景を持つ友人たちに出会って、その友人の家に遊びに行くと「こういう暮らし方もあるのか」と新鮮な驚きもありました。その頃から自分はどう暮らしたいのかを考えるようになり、そこから建築にも興味を持つようになったんです。
須藤さん
イギリスでは自分の住まい観がずいぶんと変ったんですね。
かなり変りましたね。日本では両親が建てた家に当たり前のように暮らしていましたが、イギリスでは借家でも自分たちでリフォームして、壁を塗り替え、自分で自分のためのスペースをつくり出していた。気分が変わればまた壁の色を替える。そこに実家生活の頃には考えられなかった暮らしの自由を感じましたね。

ダイアログ3

3歳の長女がお家をご案内

須藤さん
Lちゃん、はい、プレゼント。ハッピークリスマス!!(取材は12月でした)。
長女(3歳)
ありがとうございます。
須藤さん
どういたしまして。

須藤さんに、Lのお家をご紹介してくれる?
須藤さん
じゃあまずお二階から行こうか。
長女
階段を上がって……。
この階段の途中に座ると窓の外が眺められるんだよね。
須藤さん
うわーステキね、ここは誰の部屋?
長女
わたしの部屋~。わたしのお洋服も見て~。
須藤さん
あ、それは開けなくても平気よ~。どうもありがとう。
あらバルコニーがあるのね。
ここに洗濯物を干しています。
長女
ここはパパとママの部屋。窓から保育園が見えるの。
須藤さん
あら、Lちゃんが通っている保育園なのね。お向かいのお家の屋根の色が現代美術の平面構成の絵画みたいに見えるわね。
そんなステキすぎる言葉、初めてですよ。
確かに窓をフレームにしていろんなパターンが見えてきますね。
長女
次は下に行きま~す(ぱたぱた)
須藤さん
はい、じゃあ降りましょうね。
長女
こっち~!!!
須藤さん
あら、ピアノの上にあるこれな~んだ(ハワイのマリッジライセンスです)。
長女
ん~わからない。
須藤さん
ハワイって書いてあるわよ。これはパパとママの結婚証明書よ。今度、何かの記念に連れて行ってもらわないとね。
長女
でも、お金かかるでしょ……。
夫・妻
うわ~現実的。
須藤さん
毎日少しずつお手伝いしてお小遣いを貯金するっていうのはどう?
長女
う~ん

須藤さん
はい(笑)。じゃあLちゃんが家の中でいちばん好きな場所はどこ? いっちばん好きなところよ。
長女
わたしはキッチンが好きなの。ここで卵割ったりするの。
須藤さん
あら、お手伝いするんだ。ステキなキッチンよね。私もね、このパパがデザインしたカーテンの、布と光が響き合っているところが好きよ。窓の光もキレイだけれどカウンターにも新しい光が映って、二回も楽しめるでしょ。どう思う?
長女
いいですね~。
須藤さん
あら、共感してもらったわ(笑)。
じゃあ次はパパとママが好きな場所を聞いてみようか。
長女
じゃあママから。ママどこが好き?
全部好きよ。
長女
だめ~、一つだけです。
うーん、明るいベッドルームかな。
長女
じゃあ次はパパ。
休日に庭を眺めるピアノの前の椅子と、あとはダイニングテーブル。
須藤さん
どう、Lちゃんも納得? 家族3人それぞれで好きな場所があるのね。お家っていいわね。
長女
うん。うふふ。
須藤さん
明るいベッドルームがいいって言ってましたけど、遮光の設えがなかったですよね。
それがですね~ないんですよね~
須藤さん
太陽とともに目覚める感じなのね。
原始的な目覚め方ですね。
須藤さん
それがいいと思うの。閉ざされた感じがしなくて。
本当は長女の部屋が私たちの寝室で、今のベッドルームが子ども部屋として計画したんですよ。将来、二部屋に仕切ることができるように、入り口は両方から引戸で閉められるようになっていて、そのための柱もあらかじめつくってもらいました。
須藤さん
寝室には天井から洋服を掛けるレールが吊られていましたね。
あれは最初から取り付ける位置を決めて天井裏に補強が入っています。将来を考えて長女が寝ている部屋にも取り付けられるように、あそこ以外にも何ヶ所か補強が入っています。

家と家のまわりの景観も大切なデザインです

須藤さん
Lちゃんもお気に入りのこのキッチン、デザインは特注ですか?
いえ、「窓の家」の標準仕様のキッチンですよ。
須藤さん
食器はどこにしまってるの。
シンク下の引出し収納の中です(がらがら~)。
あ~、白い食器が多いですね。
須藤さん
鍋はステンレスで統一しているのね。こういうキッチン用品も二人で選ぶのかしら。
勝手に買うということはほとんどないですね。私が買い求める場合も、彼の好みは分かっているので……。
須藤さん
好みも似ているのよね、きっと。
自然に似たのだと思います。私は彼ほどこだわりはないほうなので、それでバランスがうまくとれているのかも。
須藤さん
う~ん。どうすればここまでシンプルにキレイに暮らせるのかしら。やっぱり毎日の積み重ねが大事で、身の回りのことに気を配って暮らさないと、こんな生活は実現できないと思うの。
ぼくの職場はいろいろなテキスタイルの質感や色が溢れていているので、家は何もない空間にしたいと思ったんですね。スイッチのオン・オフが欲しかったのかな。
須藤さん
でも、お家で使っているクッションカバーやカーテンはディテールが凝っていて、静かだけどとても表情豊かな雰囲気をつくりあげていると思いますよ。
このクッションは会社の技術で新しい製品開発を企画した時に、まず正直に自分が欲しいモノをつくりたいと思い、試作したプロトタイプを実際に家で使って確かめる目的もありました。
須藤さん
テクスチュアが引き立つセレクションで、一つ一つが装飾的なのにそれを感じさせないところがこの家のインテリアの魅力だと思います。こういう、素材を選ぶKさんの視点は一般の方々の暮らしの参考になるんじゃないかしら。
使ってストレスにならい触り心地や使いやすさは第一のポイントだと思うんですが、クッションは気持ち良く座ることだけを考えるのではなくて、ソファに置いた時に空間が引き締まるような緊張感も求めます。そのバランスには気をつけていますね。
須藤さん
なるほど……。
インテリアは月日が経つ中で少しずつ変えていければいいかなと思っています。そのための箱として家があって、この家がインテリアと暮らしを引き立ててくれると思うんですよ。
白い壁には「汚れが目立たないかな~」って不安になる人はいると思うんですが、そのへんは意外に無頓着でも平気でしたね。それに、汚れるのではなくて、全体的に経年で少しずつくすんでいくのは良いと思うんですよ。いつまでも新品の真っ白なままよりも、そのほうが良いかなと思います。
須藤さん
エントランスの外構では地面のコンクリート板もレイアウトされて、フチとキメが完璧に構成されていましたね。ちゃんとパターンデザインされていた。
窓の配置を含め外観はいろいろ考えました。
須藤さん
窓から見える針葉樹の植栽もステキね。庭と道路の仕切りに植えられているのね。
もともとは通りからリビングの窓への目隠しを考えて植えたんですが、昼間は外のほうが明るいので、窓ガラスに反射して家の中はあまり見えないんですよね。
須藤さん
家を囲む環境までデザインしているのが伝わってきますね。家の周囲にも塀や金網のフェンスはなくて、隣地の境界につくられた支柱とロープの仕切りもいいわね。そのうちこれを真似する人がでてくるんじゃないかしら。
セキュリティ的には良くないのかもしれませんが、無骨な金網のフェンスなどは極力立てたくなかったんですよ。ぼくはロンドンで暮らしていた頃に改めて知ったのは、自分の敷地内だから何をやっても許されるわけではないということ。例えば家に取り付けるアンテナの位置が規制されていたり、通りから見えるところに洗濯物を干してはいけないとか、暮らすためのいろいろなルールがありました。庭の芝もキレイに整えられていて、個々が街への作法を守るよう務めることで街並全体が美しくなる。それが今も習慣化しているのだと思います。
この家も屋根にはテレビのアンテナが付いていますが、あの野暮ったいデザインが、この家のデザインや景観をスポイルしてるんじゃないかと気になりますよ。無印良品にはテレビのアンテナもつくってほしいです(笑)
須藤さん
そういうところをちゃんと気遣っていくと、日本の街並ももっとキレイになるのにね。
夫・妻
そうですね~。
須藤さん
ところで、あのロープの仕切りのアイデアはどこから?
ステンレスの支柱にチェーンが架かっているバリアは、街中では駐車場や店舗でよく見かけると思うんですが、素材を変えると住宅にも合うかも、と思ったのが最初でしたね。
須藤さん
そういう工夫がいいですね。庭の芝も自分で刈っているの?
夏はあっという間に伸びるので、朝早く起きて芝刈りをやってます。人の家の芝を刈るのは作業になるけど、自分の家の芝なら楽しみながらできますよ。
好きなのよね。
住宅のケアは自分のできる範囲でいろいろ楽しんでますよ。愛情込めて……。
須藤さん
ああ、家に帰ったら掃除しなきゃって気持ちになってきました(笑)。

エピローグ(編集後記)

桐生・イギリス・窓の家

今回訪問した群馬県桐生市の「窓の家」のオーナーは、テキスタイルデザイナーのKさん。
写真で多くはご紹介できなかったのですが、リビングのソファにセンス良く置かれたクッションには、驚くほど細かい手作業が施されています。実物をお見せしたいぐらい本当に素晴らしいものでした。

ロケハンを終え、編集スタッフでこのKさんの暮らしの価値を引き出していただけそうな方ということで、同じテキスタイルデザインの分野における第一人者としてご活躍されている、須藤玲子さんに訪問していただこうということになりました。
桐生には須藤さんの事務所もあり、度々訪れているとのことで、これは何か縁があるなと思いながら取材を進めると、そこには何か不思議なほどのさまざまなつながりがあったのでした。

ここ桐生は日本を代表する機業都市。イギリスとは織物産業において非常に関係が深い町です。
ご存知かもしれませんが「窓の家」のデザインのモチーフは、イギリスのコッツウォルズ地方の三角屋根の家。

どんな家に住みたいか。Kさんにとってイギリスでの暮らしがその背景になっていたとすれば、「窓の家」は無意識のうちにフィットしていたのかもしれません。

テキスタイルの話でも多いに盛り上がったお二人ですが、お仕事の話を通じて、「イギリス」と「桐生」、「コッツウォルズの家」と「窓の家」、その関係性を発見させてくれたのです。

人と人がつながり、土地と土地、そしてデザインとデザインがつながる。
取材を終えて、何かバラバラに見えていたことが最後にスーッと一つの線でつながったような気がします。
偶然とは思えないような何か強いつながりが、この桐生の町に「窓の家」を導いてきた。と言うのは大げさかもしれませんが、とても印象に残る今回の訪問でした。(E.K)

「無印良品の家」に寄せて | テキスタイルデザイナー 須藤玲子さん

窓の家、光の家

テキスタイルデザイナーとして活躍するKさんが家族と暮らす家は、桐生駅から徒歩数分に建つ「窓の家」。静かな住宅地の角に、芝生に包まれ、凛々しく建っている。家の周りに塀が無いので、家のフォルムが際立って見える。

家に入ると、一二階の各スペースは伸びやかに繋がっている。二階には、大小の二つのベッドルームと、それらが囲う様にバスルームとトイレがある。お嬢さんが遊び場としているバルコニーを左手に見て、一階へ続く階段は、窓からの採光がバランス良く、快適なスペースである。階段を降りると広いリビングルームがひろがり、大きな吹き抜けのあるダイニングルームへと続く。敷地面積は約60坪。延床面積は約25坪。都心では羨ましい一戸建て。

「ロンドンに住んでいたのです。友人達は手間暇かけて、自分の住まいをつくりあげ、楽しんでいました。私もそんな楽しみながら暮らしのできる家をつくりたかったのです」。現在、この地に越して来て2年、土地を探すときの基準は、やはりイギリスだったと言う。「玄関は北側に」設ける条件で土地を探したそうだ。彼と話をしながら、林望さんのエッセイを思い出した。林さんはイギリスについての書物を沢山出版している私の大好きな作家だ。彼の著作のひとつに『思想する住宅』という本がある。その中で、イギリスのアーツ&クラフト運動の建築家、ベイリー・スコットの設計したブラックウエル・ハウスをとりあげ、「暗い玄関が快適で面白い」と、北向き玄関の家を高く評価している。

なるほど、北側に玄関をつくると、光の違いを家の中に作り上げることができる。北側の安定した光をとりいれる工夫は、桐生の織物工場のノコギリ屋根も同じである。一日中安定した採光がとれるようにと北向きだ。そしてこのノコギリ屋根のルーツは、産業革命時代のイギリスといわれている。この家には、どこかイギリスと繋がる因子が満ちている。

「窓の家」は光の家でもある。「梅雨時の週末は窓ふき、夏は毎朝芝刈りをして、汗を流してから仕事へいきます。秋は気に入りの椅子に座り、音楽を聴いたり、デザインのアイデアを考えたりと、一年を通じて楽しんでいます」。様々な大きさで、家のあちこちに開いた窓からは、四季折々の景色、気配を感ずる事が出来る。それはあたかも、窓の景色がパッチワークのように、住空間を彩り、満たしている。

とてもシンプルに、キレイに片付いた空間には、大小の窓からこぼれる、外の気配が素直に入り込み、心地よい。胸にご主人がデザインした刺繍のアクセサリーを飾る穏やかな奥様は、「主人のこだわりが今は自分に乗り移って、余分なものは片付けるようになってきています」。ここの窓の家には、住まい方の作法があるように思える。

丁寧に、シンプルに暮らすことは、毎日毎日の積み重ねなくしてはできない。とても知的で、豊かで、贅沢な桐生ライフだ。[2014.4]