vol.15 練糸の家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて群馬の織都桐生へ。
テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんが、
英国と日本をつなぐ「窓の家」に会いに行きました。

施工例 | 2014.2.4

ダイアログ1

だから、ここに建てました

「窓の家」
K邸|群馬県、2011年11月竣工
延べ床面積: 83.40m²(25.22坪)
家族構成: 夫婦・娘

須藤玲子さんが会いにいった家

力織機発祥の国、英国でテキスタイル・デザインを学びヨーロッパで布と刺繍のデザインに携わっていたKさんは、帰国後、生まれ育った神奈川を離れ、経験を生かすために足尾山地の麓、織物の産業文化都市・桐生市に移り住みます。やがてKさんはこの街で家庭を築き、長女も生まれました。ある日、雑誌で「窓の家」を見たKさんは家づくりを決断。モデルハウスを見て、北側に玄関を設け南側に大きな窓を開き、その外に庭をつくる理想のプランが頭の中に描かれ、パズルを解くように、プランに合う土地を探し求めます。外観とインテリアからすべての窓の位置を導き出して、やがて、英国郊外住宅を原型とする真っ白な「窓の家」が、イギリス織物産業文化と関係が深い、桐生の街に完成しました。

「失礼します」
「どうぞ、こちらへ~」

須藤さん
「木の家」のプロトタイプが提案するベーシックな住まいの考え方には共感を覚えていました。実際にどんな生活が営まれているのか、暮らしぶりを拝見するのが楽しみです。

テレビではなく窓を眺める暮らし

須藤さん
リビングの大きな窓がステキよね。雪見障子みたいな趣もあって落ち着いた雰囲気をつくりあげていますね。
リビングはテレビ中心に考えられがちですが、イギリスでは暖炉を中心に家具が配されていました。その暖炉を窓に置き換え、窓を中心に家具の配置を考えてみようと思ったんです。光や影の高さに季節の移り変わりも感じられますし……。
須藤さん
ほかにも窓がたくさんありますが、位置はどうやって決めたの?
彼が私のためにパースを描いてくれたり。あとは窓の大きさに紙を切って、当時のアパートの壁を使って「このへんかな~」「もう少し上かな~」ってやってましたね。
須藤さん
一緒にシミュレーションしながら共同作業で考えたのね。
実際には、主人が自分の想いを私にプレゼンテーションすることが多かったんですが……。
須藤さん
つまりご主人が建築家で奥様がクライアント(笑)。
家庭内で承認をもらうための努力ですね。ええ。

イギリスと桐生と「窓の家」

須藤さん
でも、窓の配置を考えることで、自分たちの暮らしのデザインに関われるのは魅力よね。
そうですね。「窓の家」はしっかりしたベースがあり、ぼくたちがデザインやプランに関与できる柔軟性もあった。窓の高さや位置は全部、希望通りにできたし、お仕着せではない、この家でしかできない「自分の家」をつくることができたと思います。
須藤さん
ところで「窓の家」を建てたきっかけは何だったのかしら。
雑誌の記事です。建築が好きなので建物には興味がありましたが、自分が暮らす建築を建てるという考えは、それまではなかったですから。
須藤さん
じゃあ最初から「窓の家」って決めていたのね。
そうですね。雑誌で気になって、モデルハウスを見学して「あ、やっぱりいいじゃない」と。その頃は建築家とメーカーの住宅の良いところ取りみたいなイメージを持っていて、ディテールは予算の都合である程度はガマンしないといけないんだろうなと覚悟していたんですが、標準なのにしっかりキレイにつくり込まれていて、それでますます引き込まれた感じでしょうかね。
須藤さん
Kさんにとっては何が決め手だったの?
シルエット。それに、削ぎ落とされたシンプルさ。細部にまで神経が通っていて、幅木の繊細さと白さは衝撃的でした。ここまで気を配れるのはスゴいぞ、と。ホント細かいところですが……。
フツーそこまで見る?(笑)
いや、異素材を収める端の始末ってかなり重要なんですよ。
須藤さん
なるほどね。幅木はステッチ幅や縫い目に近い意識なのかしら。
そうそう。

須藤さん
「窓の家」はイングランドのコッツウォルズ地方の古い家を、家の原型と捉えてデザインされた住宅ですが、Kさんがイギリスで暮らしていた頃の記憶の琴線に触れたのかしら。
その話は後から知ったんですよ。でも無意識に惹かれていたのかもしれませんね。
須藤さん
イギリスでテキスタイルを学んだKさんが桐生に移り住み、この家を建てたわけよね。桐生の絹織業はイギリスの経営形態に倣い形成されたもので、そこでつくられた絹織物はKさんが生まれ育った神奈川の港から世界に送り出されたの。それに「窓の家」はテキスタイルと関係深い英国のアーツ・アンド・クラフトの町の家が原型になっている。私には、時代を超えた様々なつながりや絆が、この三角屋根の下に集約されているように感じられました。かつて桐生と世界をつないだテキスタイルの道が、現代のこの家につながっているような、そんな印象を受けましたよ。