vol.13 春秋の家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて奈良?平群谷へ。
映画監督の河瀨直美さんが、大きな桜の樹に寄り添う「窓の家」に会いに行きました。

施工例 | 2013.7.19

ダイアログ2

土地が持っている「雰囲気」

2階に上がってもいいですか?

河瀨さん
ここがKちゃんのお部屋になるのかな。
ええ、将来は……。
河瀨さん
ここにはレールだけありますが、引き戸も取り付けられるんですね。
将来は子ども部屋として扉で仕切ることもできるし、パーティションで仕切ることもできると思います。将来、長女が自分の部屋をどうしたいか、考えてもらえばいいかなと思ってます。

河瀨さん
あ、2階の窓からも桜を眺めることができますね。
そうなんです。ここからの景色がまた良いんですよ。
家ができるまでは地面から見える景色しか知らなかったけど、家ができて2階に上がってびっくりしました。
想像を超えた景色が広がっていました。信貴山も見えるんですよ。
河瀨さん
なんだか絵が飾られているみたいですね。
「窓の家」は景色を四角く切り取って、絵画を楽しむように「外部」を暮らしに採り入れるのがコンセプトなんですよ。
河瀨さん
なんだかぼーっとしちゃいますね、この景色。
窓から緑を楽しむ暮らしを求めて建てた家ですから。
最初の頃は家を建てようとは思っていなくて、いろんな選択肢があると思っていました。当時はまだ20代でしたから、中古マンションをリノベーションしようと考えたこともあったんです。でも、さっきも話しましたが、やっぱり土地のほうが大事かなと思ったんですよ。
土地によって雰囲気がぜんぜん違いますからね。
ここはリッチな人が多そうで、ちょっと無理かな~とか。雰囲気を重視して探すといろいろあるんだなぁと思いました。
河瀨さん
その場所、土地で生きているというのは、私の映画のテーマでもあるのですが、土地には土地の記憶があって、そこで暮らしてきてきた人の記憶や歴史が「雰囲気」をつくっていると私は思うんです。私の場合はそれが奈良で、裏に流れているのは万葉集でも詠まれている川で、ふらりと歩いていると川面からゴイサギが羽ばたくと、こういう景色を万葉歌人は詠んだのかな~って。土地を介在して時空がつながっていくんですよ。
ぼくにもそんな感覚ありますね。風景の中に歴史の面影が見つかると、ふと心が熱くなる瞬間があります。長い歴史の中にいろんな人の営みがあって「今」がある。そう思うことがあります。

そこに暮らすこと、生きること

河瀨さん
この家の前の坂を上ってきたときに、ここも昔は山やったのかなって思いました。吉野の、道路が整備されていないような過疎地は、人がいなくなり建物も山に還っていくのでしょうけど、土地の記憶としてはもったいないというか……南朝時代からの大きな梁と大黒柱の家が今も残っていますからね。こんな大きな梁を、当時どうやって棟上げして、この家に何代の歴史が刻まれているんだろうと思って。そんな家でも、村に仕事がなければ子どもは都心に出ざるをえなくて、暮らしが失われ、やがて家が朽ちていく。その一方で新しい家がどんどん建てられている。

仕組みも大事かなと思います。インターネットがつながれば仕事のできる人もいますから、インフラが整備されて、その土地や家の所有者がそんな人たちを迎え入れれば、過疎問題も改善されるのではないかと思うことがあります。ただ都会と田舎は人のつながりがあまりないし、それも問題だと思いますが。

河瀨さん
ほかから移住してきた人がその村の一員として認められることは「村入り」って言うんですよ。この村入りがとても難しいんですね。山間の小さな村は日常のほとんどを近所のお付き合いで占められていますから。それを見過ごして、ただ環境が良いからと引っ越しても、いきなり田舎暮らしはできないですよね。
確かに田舎は共同体の一員になって生きていかないと、生活できない厳しさもありますから。
河瀨さん
Iさんが土地の「雰囲気」についてお話しされてましたが、風景や環境だけでなく、そこで生きている人とともに日々の生活を送れるのか。自分がその雰囲気の一部になれるのか、その覚悟も必要よね。
大きな家族の一員になるような感じなのかしら。
河瀨さん
村生活は1カ月の生活費のほとんどがお付き合いのお金ですからね。家はあるし、農村なら食べるものもある。だから冠婚葬祭や日々の付き合いにかかるお金だけです。
ぼくも田舎育ちですから、冠婚葬祭にかけるお金の大きさはわかります。こんなにお金をかけていいのかなと思うくらい。でもそれが普通なんですよ。だからそういう価値観には違和感はないし、人間的だなって思います。
河瀨さん
私は「殯の森」(2007年)という映画を奈良の山間地で撮影したのですが、そこはまだ土葬だったんですよ。参り墓のほかに地域の共同の墓地があって、そこには亡骸を埋めるわけですが、順番があって、家族が一つのお墓に入るのではなくて、前に亡くなった違う家の人の上に埋められていく。
その土地で生きる人々は大きな家族みたいな……。
河瀨さん
村の葬式は3日間仕事を休まなければならず、いろいろな設いを用意して、墓掘りの人は埋葬のための穴を掘るわけですが、何十年か前の亡骸が出てくるんですね。メガネや杖が残っている。それを集めてまた別の場所に埋めてあげる。これはあの家のお爺ちゃん、みたいな感じでした。その方は「わしもこうやって埋めてもらいたい。今掘っているのは子どもの頃にお世話になった隣のお祖母ちゃんだから、こうして準備させてもらえるのはうれしい」って。
夫・妻
はぁ~。
河瀨さん
村で生きた人はみんな同じ場所に帰っていく。何か大きな安心感がありますよね。都市生活では失われた感覚だと思いますよ。