フラワーアーティストで造園家の塚田有一さんが、「無印良品」と暮らす「木の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2022.12.8
プロローグ
澄んだ場所
素敵な住まいだと感じるとき、いつも「入江」とか「渚」のイメージが頭に浮かぶ。凪いだ波がひたひたと打ち寄せる岸辺の光景だ。
ある土地に、自然と住む人が引き寄せられ、暮らしを営む。家を建て、住むことは根を降ろす事でもあるから覚悟もいる。「くらす」の「くら」は「さくら」や「まくら」と同じ「座」という意味だし、「すむ」は「住む」
「棲む」。訛って「占む」。また「澄む」に通じる。「す」から連想すると「巣」や「素」も仲間。「好き」や「数寄」にも繋がっていくだろう。
様々な偶然の必然に導かれてその場所に落ち着き、日々過ごし馴染んでいく。できるだけ自分達の「数寄」を通し、「素」を大事に暮らし、生き生きとして、瑞々しいこと。それはまるで植物の種が何処かからか運ばれて根を生やし、芽生え、花が咲くように。
よい住まいは風土と切り離せないものとなり、子ども達の歓声や渡る風の音、花の香り…そういうものと溶け合って存在している。住まう人の振る舞いの向こう側に、そんな風景が一瞬見えると、それは静かな入江のイメージと重なり、ほっとして嬉しくなるのだ。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
塚田有一さんが会いにいった家
吹き抜けからは、晴れた日には瀬戸大橋を望むことができます。
敷地は奥様のご実家の隣。かつては畑だった土地です。
当時から残る庭の柿の木が、オレンジ色の実をつけていました。
ご主人は三重県熊野市の出身。転勤先の倉敷で奥様と知り合い、 結婚後そのまま倉敷に家庭を築き、間もなく、20代の終わりに この場所に「木の家」を建てました。
最初は一室空間での暮らしに不安もあったというYさん。
奥様と訪ねたモデルハウスで、柱梁の木の質感や雰囲気が 気に入り、半年後には家づくりがスタートしました。
完成後、無印良品の収納家具や小物が、同規格の「木の家」に キレイに収まることや、家に合う質感の生活用品を求めた結果、以後「無印良品」の大ファンに。昨年、ご長男も誕生しました。
「こんにちは~」
「お待ちしてました」
- 塚田さん
- Yさん家族は「無印良品の家」で、生活用品や家具のほとんどを「無印良品」を使っているとうかがいました。どんなご家族でどんな暮らしぶりなのか、お会いできるのが楽しみでした。
禅寺の凛とした空気感
- 塚田さん
- 吹き抜けに面した2階の部屋が長男のお昼寝場所になっているんですね。気持ちが良い空間で、ここだとよく寝てくれそう。
- 夫
- 今の季節は風が心地良いので、朝は窓を開けてすやすやと。以前は私たちのマンガコーナーでしたが(笑)。
- 妻
- 長男が産まれてからは、今は家にいる時間が長いですから、家の中でも季節や時間の移り変わりが感じられていいですよ。
- 塚田さん
- 空間的にはこの柱や梁の「木」の質感が利いてますよね。
- 夫
- この木の感じが気に入って建てたんですよ。モデルハウスに入った瞬間に「この雰囲気がいい」って思いました。
- 塚田さん
- ぼくは少しの間、禅寺に居たことがあるのですが、
その雰囲気に似てるんですよ。匂いも似てます。当時を思い出しますね。
1階の釣り道具の部屋が、玄関と広い土間でつながっているところも
お寺に似てます。僕がいた禅寺はかまども外でした。 - 夫
- お寺にはどれくらいいたんですか。
- 塚田さん
- 1年だけです。朝のお勤めと土日の法事のお手伝いだけで、あとは外で仕事しながら小僧部屋で暮らしていました。この家はその時のスッキリ感に通じるところがあるんですよね。
- 夫・妻
- なるほど、スッキリ感ですか。
- 塚田さん
- 僕は「無印良品の家」のグリーンの仕事をする時は、既存の雰囲気を生かしつつも、何か違う味を出そうとついつい考えてしまう。それはほかの「無印良品の家」で暮らす家族も同じだと思うんですよね。でも、この家はそういう外連味や奇をてらったところがまったくない。「無印良品の家」そのものを生かし切って、自然体で暮らしているように見えます。
- 夫・妻
- そう言っていただけるとうれしいですね。
収納上手でキレイ好き
- 塚田さん
- 生活用品はほとんど「無印良品」のものばかりと聞いていましたが、「無印良品」テイスト全開ではなくて実際に来てみるとYさんらしさがちゃんと感じられるし、「無印良品」の世界観がうまく暮らしに溶け込んでますよね。
- 妻
- 引っ越してから自然と生活用品や家具は「無印良品」が多くなりましたが、特に意識したわけじゃないんですよね。
- 夫
- ただ「無印良品」の収納小物は「無印良品」の収納家具にキレイに収まるので、ちょっとクセになりますよね。
- 塚田さん
- 収納にもいろんなモノがコンパクトに収まっていて持ち物を厳選している感じですね。きっと二人とも整理整頓好きなんですね。
- 夫
- いや僕はダメなんですよ。どんどん出していくタイプ。彼女は横からどんどん片付けていくタイプ。
- 塚田さん
- 奥さんはきちんとしてないと気が済まないんですよね。きっと。
- 妻
- はい、そうです(笑)。
- 夫
- だって、しょっちゅう掃除しているもんね。僕の趣味は釣りだけど奥さんの趣味は掃除機です。
- 塚田さん
- 趣味が掃除機(笑)。あ、子供が目が覚めましたね。お名前は?
- 妻
- 男の子でなぎさです。
- 塚田さん
- いい名前だね。僕はお節句のワークショップをやっているので「言葉」の背景や成り立ちを調べるのが大好きなんですよ。例えば、なぜ家に「住む」って言うんだろう、とか。「住む」は同音で水が澄むの「すむ」もありますよね。
- 夫・妻
- ああ、ありますね。住むと澄む。
- 塚田さん
- 実はそれらは意味的につながっているらしくて、「住む」にも水が澄むように心が落ち着く場所という意味が残っているんですよ。実は「なぎさ」もそれに近い場所の意味がある。「和ぎ=凪」から来ている言葉ですから。いずれも落ち着いた穏やかさを意味する言葉です。この家はそんな言葉通りの場所になってる感じがしますよ。
- 夫・妻
- 凪は風のない穏やかな海のことですよね。長男の名前の「なぎさ」にもこの漢字を使っています。
ダイアログ2
モノが少ないシンプルな暮らしが理想でした
「木の家」なら将来どうにでもなる
- 塚田さん
- 僕は本に興味があるので、本棚があると気になるんですよね。どれどれ……マンガがたくさん並んでますね。おお「ワンピース」の0巻もあるじゃないですか。これはなかなか……。
- 夫
- 塚田さんもマンガよく読まれるんですか?
- 塚田さん
- ええ、読みますよ。息子も好きで、マンガ作家になりたいって言っています。奥さんも読みます?
- 妻
- 読みます。この棚は以前は長男のお昼寝部屋にあったんですよ。
- 塚田さん
- 息子さんが大きくなったら、お昼寝部屋はそのまま子供部屋になるんですか?
- 夫
- 将来どうするかは、まだちゃんと考えていなんですよね。「木の家」なら、どのようにでもなると思っているので。
- 塚田さん
- なるほどね。このお隣が奥様のご実家なんですね。
- 妻
- はい。ここは以前は実家の畑だった土地なんです。その角の部屋の正面が姉の部屋なので窓越しに会話もできますよ。
- 塚田さん
- なんだかテレビドラマみたいですね。
- 妻
- うふふ。そうですね。両親も孫の顔を見に毎日訪れますよ。いろいろ助かってます。油煙が気になる揚げ物料理は、実家のキッチンを使わせてもらうこともあります(笑)。
- 塚田さん
- なるほどね(笑)。
整理整頓は苦手だけど……
- 塚田さん
- この収納、半透明の引き戸越しに外の光が透けてますよね。開けてみてもいいですか?
- 夫・妻
- どうぞどうぞ。
- 塚田さん
- ああ、収納スペースの中に窓があるのがいいね。それにキレイに整理整頓されています。掃除が行き届いているだけじゃなく、余計なモノがない感じ。
- 妻
- 前はもっと少なかったですよ。ここに引っ越す時は、業者に頼んだのは冷蔵庫だけで、私たちの荷物はクルマで三往復で終わりましたから。季節物は季節ごとに上の棚にまとめてあって、私たちの衣類などもここに全部収まっています。
- 塚田さん
- 奥様のご実家もそういうシンプルな暮らしぶりなんですか?
- 妻
- 実家はここまで少なくはないです。いろんなモノで溢れてますね(笑)。姉は洋服が大好きなので、衣類の量も多いほうだと思います。でも、私は実家で暮らしていた頃から、こんな生活をしたいと思っていました。
- 夫
- 収納方法では意見は求められるけど、このスペースは僕は手が出せないです。さっきも言いましたが、僕は片付けがホントにダメなんです。
- 塚田さん
- あ~ウチと一緒だ。収納に関しては手を出させてくれないからね。
でも趣味の釣具は「無印良品」のポリプロピレンの収納ケースにキレイに整頓されていましたよね。 - 夫
- ああ、あれは妻がキレイにしまってくれるんですよ。釣りから帰宅して玄関にドサドサ置いておくと知らない間に整理整頓されて片付いている(笑)。
- 塚田さん
- そうだったんだ(笑)。
- 夫
- ええ、実はそうだったんです(笑)。
- 塚田さん
- ご主人の釣り道具の部屋、玄関から土間でつながっているのはいいですよね。羨ましいです。僕も庭仕事道具をしまう部屋はそうしたいんですよ。土間をうまく活用しているところもお寺に似てますよ。お寺や昔の日本の家屋がそうだったように、かまども外でしたから。
ダイアログ3
いろいろな運命的な出会い
同じ臨海の町で
- 塚田さん
- 2階にいる時に大きな開口部から見えたのは水島港でしょうか。
- 夫
- ええ、天気が良いとずっと遠くのほうに瀬戸大橋も見えますよ。今日はちょっと無理かな。
- 塚田さん
- キッチンまわりも暮らし始めて3年が経つとは思えないくらいキレイですね。窓の形もいろいろなバリエーションがあるんだ。窓越しに覗く緑も良い雰囲気です。庭の柿の木は以前からあったものですよね。
- 妻
- はい。毎年実ができるのを楽しみにしています。
- 塚田さん
- 玄関までの小径ではコスモスの香りが心地よかった。山が近く、緑が多くて気持ちのいい環境ですね。ところでお二人ともこちらの出身なんですか?
- 夫
- 僕は三重、熊野の生まれです。仕事の転勤でこちらに赴いて、彼女に出会い、結婚して、そのまま家庭まで構えてしまった。
- 塚田さん
- そうでしたか。僕は中上健次が好きなので学生の頃から熊野は何度か訪れてましたよ。でも、前が海で後ろが山ですから地形的にここは熊野に近いんじゃないですか。
- 夫
- ああ、確かに海もあるし山も近い……でも熊野は、こちらよりもう少し自然が豊かかもしれませんね。
- 塚田さん
- 確かに熊野のほうが山は険しいですよね。僕は庭の仕事をしているので、地形や風土がそこに生まれてくるものに与える影響が気になるんですよ。それでついついご出身はどちらか尋ねてしまうんです。
- 夫
- なるほど。僕はあまり意識したことなかったかもしれない。ただ、同じ臨海の町でも熊野は太平洋なので海がキレイなんですよ。違いを意識するとしたらそれくらいかな。
- 塚田さん
- そういえばご主人は釣りが趣味ですから、海は気になりますよね。
- 夫
- ええ、釣りは子供のころからの趣味で……。ただ、この近くの海はあまり釣りに向いてないので、クルマで和歌山や高知まで一人で行くことが多いですね。釣った魚は自分で捌いて料理は彼女にお任せです。近くの海は一緒に釣りに行くこともあります。
最初はこの家での暮らしは無理だと思いました
- 塚田さん
- 「無印良品の家」を知ったきっかけは、クルマを運転中に聴いたラジオ番組の情報だったとうかがいましたが。
- 夫
- そうです。それで彼女に、近所に「無印良品の家」のモデルハウスがあるよって教えたら、もう既に知っていて、「無印良品の家」の資料も持っていたんですよね。それを見せられて……。
- 塚田さん
- 感想は?
- 夫
- う~ん、この家での暮らしは無理だと思いました。最初はどんな人が建てるんだろうって思ってましたから。こんなにオープンな家では暮らしづらいだろうと……。
- 妻
- それでヒマに任せて、ひやかし半分でモデルハウスに行ってみると。
- 夫
- もうすべてが気に入ってしまった。このままここで住みたいと思ったくらい。当時は私は20代後半で彼女はまだ半ば、家を建てるなんてずっと先のことだと思っていたのに……。
- 塚田さん
- 建ててしまった、と(笑)
- 夫
- はい。もう衝動買いみたいな感じ。建てる前には、彼女の両親から、家を建てるなら他の住宅メーカーの情報も知っておいたほうが良いと言われ、一緒に総合住宅展示場にも行きましたが……。
- 塚田さん
- 住宅展示場では往々にして、過剰か、逆に豪華なのに何かもの足りない、そういうモデルハウスが多い印象がありますね。
- 夫
- そうですね。二人が「これは良い」と思うものは少なかったです。空間を仕切り個室数を確保するプランも共感できなかった。確かに豪華なモデルハウスは多かったけど、違和感は否めなかったです。それで「無印良品の家」のモデルハウスを見学してから半年で契約。建ててからは「無印良品」で暮らす日々です。
- 塚田さん
- でも、家やモノをちゃんと使いこなしている。自分たちのライフスタイルが確立されていますから。相性が良かったのでしょうね。
- 夫・妻
- そう思います。
エピローグ(編集後記)
「木の家」の基本形
木の家の基本形を紹介してください、と聞かれたら、まず私は今回訪問したYさんのお宅を挙げるのではないでしょうか。モデルハウスの中にもYさんのお宅のような設計にしているところがあるぐらいなのですが、実際の暮らしがそこに反映されると更にこの「基本形」の良さというのが分かりますね。
もちろん木の家はそこに住む人の暮らし方に合わせてデザインされますので、実際には少しづつ表情は異なるわけですが、これまでご紹介してきたさまざまな木の家もまた均整のとれたものになっているのは、基本的な「形」が整理されているからに他なりません。
その「形」の源流がどこにあるかということを改めて思い起こさせられたのが、塚田さんとの会話の中にありました。少しの間いらっしゃったという禅寺の雰囲気に木の家が似ているという感想です。確かに簡素で華美でない禅寺のイメージとシンプルな木の家の空間はどこかで重なる部分があります。
私も漠然と木の家は日本的だと感じてはいましたが、深い軒や大きな開口、装飾を抑えた造作や大きな部屋を障子で仕切る考え方など、日本の伝統に裏付けられたこれらの「形」には現代の木の家のデザインと共通するものがあります。このことが自然とそう思わせるのかも知れませんね。
ぜひ、そんな視点でYさんのお宅をご覧になって見てください。新たな木の家の魅力が発見できるかもしれません。
話は変わりますが、今回の表紙やトップページを飾っている写真、これは一体なんだろうと思った方も多いかもしれませんのでここで種明かしを。
これは釣りを趣味にされているご主人がイカを釣るときに使う「餌木(エギ)」という疑似餌の一種なんです。
無印良品のポリプロピレンケースにきれいに納められているたくさんの餌木のコレクションを見せていただいたのですが、どれも鮮やかできれいなものばかり。
表紙を飾る写真は、その家に住む方のライフスタイルを表すものにしたいとカメラマン、編集者と話をしています。そこで今回は「これにしよう!」という話になったというわけです。
過去にご紹介したお宅の表紙の写真も同様の基準で選んでいますので、もう一度見返していただくと楽しいかもしれませんよ。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | フラワーアーティスト/造園家 塚田有一さん
庭には一叢の秋桜が咲いていた。
カメラマンさんが撮影後ぽそっと言った。
「髪の毛一本おちていません」もしくは「ほこりがない」。
…たいてい何処かにほこりはあるものだ。
「新築時の3年前と変わっていない」とは、もちろん無印良品の家の担当者。
…ステンレスキッチンを水拭きなどするとたいてい水染みができたり、無垢の桜のフローリングにだって、なにかしら残るはず。
僕の感想は「禅寺の様ですね」。
…たいていは色やモノが溢れかえるものだ。
僕が少しのあいだ居たことのある禅寺と、通う空気が似ていた。
そもそも無印良品の家のコンセプトも、シンプルで余白が多く取ってあり、窓も自由に空けられるし、木の梁と白壁のめりはりもある。素材を吟味し、暮らしやすさを追求して行くと、そのお寺のように日本の風土に合った建築空間に近寄っていくのだろう。
一階では、ステンレスのキッチンがアクセントになっている。吹き抜けという大きなひだまりがあり、その光が拡散している。庇の深いデッキから、反射した光がキッチンや収納の引き戸に景色を映す。
二階はゆったりとしていて、こちらは更に明るい。磨かれた床を七ヶ月のお子さんはご機嫌に、すいすいと這い這いしている。
南の大きな開口窓からは対岸の水島コンビナートも見える。近くは入江に向かう緩やかな斜面でその先に船が並んでいるのが見える。壁の無い吹き抜けをめぐるコの字型の間取りに窓が上手に切られ、風とともに畑や山の景色がさりげなく入ってくる。民家も程よい距離にあり、目線など気にすることも無い。
収納の建具には半透明の面材が使われていて、中のものが透けて抽象化されデザインとなって見えるのが意外な発見。奥さんにいわせると「適度な緊張感」なのだそうだ。収納の壁にもそれぞれ窓があるので、隠らないのがいいし、建具を通して室内に入る光が好い塩梅だ。
この辺りは内海で台風の襲来や地震がほぼなく、通年過ごしやすいと聞いた。中でもこの季節は特にいいという。「好い季節になりましたねぇ」そういうご主人の言葉には、この家と土地への愛着を感じる。お二人とも背後は山で守られ、海に開かれた土地で育っているせいなのか、少し不安になるくらいの開放感とおおらかさがあって、家も風通し良く、スッとしている。
そうか、お掃除というか「磨き」に近い。良い職人は道具をきちんとお手入れする。それは気持ちのいいものだ。大事な家をきれいにするのは、お二人にとって、当たり前のことなのだろう。 「四角い部屋は四角く、丸い部屋は丸く」が掃除の基本とはいえ、重箱の角をつついても埃がないくらいに。それが折目の正しいお二人の、家との付き合い方であり、愛情表現なのかもしれない。家の気持ちになってみると、まわりの家はみんなこの家をきっと羨んでいることだろう。
多くを語らないご夫婦である。まだ喃語にも関わらず、七ヶ月のお子さんと、一番喋ったような気がするくらいに。
しかし、家を建てるにあたって、相当に納得いくまで調べていらっしゃるし、他のモデルハウスへも足を運んでいる様子が分かった。MUJIの家が気に入って決めてからは、これは要らないとか要るとか考えがしっかりしていた分、とても早かったのだろう。この空間を持ってから、選んだ家具や食器や収納具などは、最もこの空間に合って、無駄のない機能的なMUJIの製品たちでもあった。
だからといって没個性なのではない。お二人の「らしさ」は、よく考えられているモノを、よく考えて使っているところ。ちょっとイメージしただけだと、その選択は無難で味気ないような気がしてしまうし、アクセントが欲しくなることもある。糊しろの多いMUJIの家の空間には、色物やデザイン性のつよいものを置きがちで、味付けして個性を出したくなるものだ。しかし、Y邸では、二人のチョイスと、特に整理整頓担当の奥様の身ぶりや手つき、想いや思考、彼女なりの秩序などが滲み出ていて、むしろそれが個性を静かに主張している。
そういえば、庭先に咲くコスモスは、ギリシア語で「飾り」や「美しい」そして「秩序」と言う意味を持っていた。
ご主人の趣味は「烏賊釣り」。
お休みの日は、高知や和歌山まで遠出する。奥さまは以前「蟹釣り」にはちょっとはまっていたらしい。釣って来たアオリイカはご主人がさばき、「どうぞ」と食卓に並ぶそうだ。
玄関続きの土間に、釣り道具部屋があり、釣り竿や長靴、スタックしたラックに机が並んでいる。ラックの引き出しには分類された釣りグッズ。たくさんの鮮やかな烏賊釣り用の「餌木」が並んでいた。きちんと専用ケースに収納されたそれら疑似餌。彼らだけはド派手だった。収納されて出番を待っている様子は愛嬌がある。ご主人のこだわりポイントが随所で聞け、海の景色が目に浮かぶ。一度釣りに行ってみたいなあとか思う。
帰り道、コスモスの隣りに咲くジニアは、青みがかったピンクで光っていた。
車から振り返ると3人は、静かに家へ向かって歩いていた。ジニアの花言葉は「別れた友への想い」とか、「別れた友を想う」。[2013.1]