若手建築家の長谷川豪さんが、0さん家族が建てた「窓の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2022.11.25
プロローグ
家って誰のものだろう。
家って誰のものだろう?住人のものだと答えるかもしれない。でも家には、住人だけじゃなくて、多くのモノたちも住んでいる。家具、家電、食器、服、おもちゃ……数えているうちに、こうしたモノたちの家にも見えてくるではないか。いや、そうしたモノたちもまた住人の所有物だから、家もモノも住人のものだと答えるかもしれない。その通りかもしれないけど、「所有」ってそれほど確かなものなのだろうか。
家と住人とモノが対等な関係になっている家は、他の人から見ても、とても心地良い。住人の支配欲によって家やモノが凌駕されずに、家やモノに対する住人の美意識や謙虚さに支えられている家。そういう家を見ると、僕はハッとする。情報やモノに満たされた現代、もっともシンプルで、もっとも難しいのは、自分にとって本当に必要な家、本当に必要なモノと、等身大で暮らすということだと思う。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
長谷川豪さんが会いにいった家
賃貸住宅で暮らしていたOさん家族が、 近所で売り出された宅地を見にいって、購入したのは7年前。 南面に開けた角地で、敷地の隅にはピラカンサの小さな木が 赤い実をつけていました。 ここで、建築家に家を設計してもらうことが夢だったという奥様。 家づくりを焦ることなく、6年が過ぎた頃、 「無印良品」に買い物に行った時、「窓の家」のポスターを見て、 余計なものがなく、スッキリとした外観にピンとくるものが。 それは奥様が理想とするライフスタイルと共鳴した瞬間でした。 必要以上のモノを持たず、身軽に暮らす家の実現へ。 長く快適に暮らせる、長期優良住宅の認定も受けています。
「こんにちは~」
「遠くまで、ありがとうございます」
- 長谷川さん
- 住宅の設計で、収納スペースの見きわめは難問のひとつです。
今の暮らしから想定できるモノの量に、さらにどれくらいプラスするか、施主とは打ち合せを重ねるのですが、どうしても多めになりがちです。Oさんのライフスタイルは、モノも収納もとても少ないと聞いていたので、その辺に興味がありますね。
最初は2階のクロゼットを拝見
- 長谷川さん
- え、このスペース、普通なら女性一人分ですよ。そこに家族全員とはスゴい。で、こちらが……、えー、ここ、子供部屋ですか。あはははは。もう、笑っちゃうくらい片付いていますね。
- 奥様
- 私がこうだから、子供も整頓好きに育ったのかしら。
- 長谷川さん
- うーん、ぼくが子供の頃なんて家のなかはぐちゃぐちゃでしたけどね。暮らしているとモノは増えるじゃないですか。ぼくが設計する住宅の施主は、だいたい同世代で子育て中の家族が多いんですが、子供が成長するにしたがって、どれくらいモノが増えるか、施主はなかなか想像できないんですよ。それにしても、このモノの量と収納量の少なさは驚きですよね。
- 奥様
- 子供がある程度大きくなってから建てたから、収納量を見きわめしやすかった面もありますけどね。
- 長谷川さん
- なるほど。確かにリビングに子供のモノがあふれるような年齢じゃないですもんね。1年半暮らしてこのままなら、将来もずっとこのままなんでしょう。モノに溢れた生活は考えられないですよ。あの~、キッチンの収納も拝見していいですか?
では、1階のキッチンへどうぞ。
- 長谷川さん
- え(絶句)、え……え、え、これだけ? スゴいですね。単身者の食器の量です。調理器具も少ないですね。キッチンのショールームみたいじゃないですか。素見しにきたカップルが「でもさ、実際はこうはいかないよね。暮らすとモノ増えちゃうし~」みたいな会話する、そんな雰囲気ですよ。
- 奥様
- いやいや、わが家ではこれで十分。設計途中で「収納をもう少し広くしたほうがいいんじゃないですか」と提案されましたが、これで十分です、必要ありません、と。
- 長谷川さん
- 収納はとりあえず多めになるものですが、「必要ない」とキッパリ言えるのは、自分の暮らしのサイズが分かっているからですね。
- 奥様
- 収納を増やすとモノも自然に増えちゃうと思うんですよ。必要十分の収納で暮らすと、余計なモノは増えないです。
- 長谷川さん
- 説得力がありますね。ぼくは仕事柄、建築家が設計した新築の家を見る機会が多いのですが、二つのタイプがあるんですよ。一つは、建築家が考えた設計コンセプトが分からないくらいモノに凌駕された家。もう一つは建築家が考えたコンセプトに合わせてがんばって暮らしているようなタイプ。でも、この家は、生活が建築を抑え込むのではなく、その逆でもない。住む人と住宅が近い。共鳴しているというか、身の丈という言葉が思い出されますね。
- 奥様
- 私の場合、普通に暮らして自然にこうなったという感じです。例えば、住宅メーカーの標準プランを見ると、誰もが必要以上の収納を求めているように見えました。もともと、住宅メーカーの建てる家はあまり興味はなかったのですが。
- 長谷川さん
- それはどうして?
- 奥様
- ありきたりのプランが多いからつまらないですよ。
- 長谷川さん
- なるほど。人とは違う家を求めていたんですね。
- 奥様
- 考え方が違うと求めるものも違ってきますよね。
- 長谷川さん
- そうですね、家を建てるときこそ「自分らしさは何か」を、時間をかけて考えられるタイミングなのに、それをありきたりのプランに閉じ込めるのはもったいない。
- 奥様
- 家は建ててから何十年も暮らすわけですから、私は、その時の感覚や流行で決めるのではなく、自分が本当に求めているものを考えて、覚悟を決めて建てたいと思ったんです。
- 長谷川さん
- この家にはそういう感じがありますね。私たちはこう暮らしていく、こう生きていくというカタチを決めなければならない時がある。家のプランを決めることはその覚悟を決めることでもあるんですよね。
ダイアログ2
理想は、身軽な暮らしです
リビングにて
- 長谷川さん
- この大きな窓の方向が真南なんですね。
- 奥様
- ええ。冬は温かいですよ。
- 長谷川さん
- 最初に次男の部屋を見せていただいたじゃないですか。あれは、今日のために特別に掃除をしてキレイにしていたわけでは……。
- 奥様
- 少しは片付けたと思いますが、だいたいいつもあんな感じです。
- 長谷川さん
- 片付け上手はOさんの英才教育の賜物だな。ぼくの部屋とは大違いだ。子供部屋は一つの部屋を収納家具で仕切って、兄弟で使っているんですね。
- 奥様
- 次男が今年中学校で、長男は高校3年です。間仕切りは無印良品で買った収納家具なので「無印良品の家」のサイズにぴったりキレイに収まるんです。
- 長谷川さん
- 大きな空間を家具で仕切る使い方は、融通が利きそうですね。子供部屋を将来どうするかは、現代の住宅の問題の一つなんですよ。ところで子供たちが巣立った後は、あの部屋はどうするんですか?
- 奥様
- たぶん私が使うと思いますね。何も置かず、椅子を一脚だけ持ち込んで、音楽聴いたり、本を読んだり。
- 長谷川さん
- この吹き抜け上部の開口を通して、1階のリビングと子供部屋、寝室の空気はつながっているんですね。
- 奥様
- 意外とリビングからの声も通るので、主人が夜勤明けで寝ているときは気を使います。でも、この吹き抜けは気に入っていますよ。上の窓を開けると月が見えたり。空しか見えない窓ってなんだか贅沢。
- 長谷川さん
- 吹き抜けは最初からの希望だったんですか?
- 奥様
- 希望というわけではなく、もともとそういう仕様だったので、そのまま受け入れた感じですね。
収納は「自然にこうなった」感じ
- 長谷川さん
- 家の設計には時間かけました?
- 奥様
- どうでしょう、最初の相談から着工までは、早かったほうだと思います。長期優良住宅の認定をもらうために余計に時間がかかったくらいです。その認定のために床面積を広げなければならなかったけど、結果的には良かったと思いますね。最初の希望はもう少し小さな家でした。
- 長谷川さん
- 先ほども話しましたが、新築の時は、収納スペースはとりあえず多め多めになりがちなんですよ。でも、多めにする根拠はたいていは曖昧で、自分たちの暮らし方や生活スタイルをちゃんと考えている人は意外に少ないです。ぼくは施主のそうした部分をできるだけ引き出そうと、対話を増やすのですが、それでも暮らしていると想定外のことって起こると思うんですね。
- 奥様
- そういう心配もあって、収納が少ないと不安を感じる人が多いと思うんですよ。
- 長谷川さん
- うんうん。でも、Oさんは「必要十分以外の収納は不要」とご自身で判断し、しかも、まだ収納スペースに余裕がありますからね。何か強い意志があってモノを少なく暮らしているわけではないんですよね。
- 奥様
- わが家の場合、普通に暮らして「自然にこうなった」という感じです。明日すぐに、どこにでも引っ越しできるくらいのつもりで暮らしを考えていますから。
- 長谷川さん
- え~、どういう覚悟ですか、それ(笑)。家を建てたばかりで。しかも持ち家だし。
- 奥様
- うふふ、まあ、ちょっと極端でしたが、それくらい身軽なのが理想なんですよ。
- 長谷川さん
- それって育った環境とかご両親の影響とかあるんでしょうか。
- 奥様
- たしかに実家もモノが出しっ放しということはなかったですね。
- 長谷川さん
- 収納スペースが少ないと普通なら室内に収納家具が増えるけど、それもないですもんね。
- 奥様
- ウチはテレビ台もないですから。リビングで収納と言えば、子どもがゲームソフトをしまうトランクくらいです。
- 長谷川さん
- あ~、冗談じゃなくて、ホントにすぐ引っ越しできちゃうね(笑)。
ダイアログ3
ごちゃごちゃは嫌い
ダイニングテーブルでお茶を飲みながら
- 奥様
- お茶をどうぞ。
- 長谷川さん
- あ、どうも。いただきます。ところで、Oさん家族はテレビは観ます?
- 奥様
- よく観ますよ。
- 長谷川さん
- え~、よく観るのにこんな感じなんですか~(笑)。
- 奥様
- ええ、みんな床座で観てます。
- 長谷川さん
- 実はぼく、テレビの置き方は、この家みたいに床に直置きがいちばんカッコいいと思ってるんですよ。画面サイズのバランスもいいですよね。日本のリビングルームの広さは昔からあまり変わっていないのに、テレビの画面だけ大きくなっているでしょ。不思議と「新築したら大きなテレビを買う」という雰囲気があって、そうなるとテレビがいちばんエラい家みたいになっちゃいますよね。
- 奥様
- 確かにそうですね。それはちょっとね……。
- 長谷川さん
- これほど、床と壁の輪郭がはっきり見える家ってなかなかない。これくらいモノが少ない暮らしだと、フローリング材の質感も左官仕上げのテクスチュアも生きてきますね。
- 奥様
- モノがたくさんあるほうがストレスがたまるんですよ。少なければ少ないほどリラックスできる性格で……。
- 長谷川さん
- 昔からそうでした?
- 奥様
- そうですね。ごちゃごちゃが嫌い。
- 長谷川さん
- でも、ご主人が無駄なモノ買ってきたりしません?
- 奥様
- 無駄なモノは買わないですね。お酒買うくらい。コレクションの趣味もないですし。
- 長谷川さん
- そうですか……。
「窓の家に出会うまでは・・・」
- 長谷川さん
- ところで、家づくりでご主人の要望はどんなことでした?
- 奥様
- 基本的には私に任されてましたから、特になかったかな。トイレは温水洗浄便座にしてくれと言われたくらい。
- 長谷川さん
- う~ん、男としては少々切ないな。……えーと、ここの土地はもともと入手済みだったんですよね。
- 奥様
- ここに引っ越す前は近所の賃貸住宅で暮らしていたんですよ。それで、この宅地が売り出されたというので見にきて、すぐに購入しました。6年くらい前でしょうか。
- 長谷川さん
- 6年って、ずいぶんと寝かしていたんですね。ひょっとして家建てること忘れてたんじゃないですか(笑)。
- 奥様
- 確かに「窓の家」を見るまで具体的な計画はなかったですね。住宅展示場も行かなかったし。展示場に行くとあちらのペースに強引に引っ張られそうな感じがして、それも嫌だったんです。
- 長谷川さん
- ホントに「窓の家」が気に入ったんですね。
- 奥様
- 本当は建築家に設計してもらうのが夢だったんですよ。でも予算が心配だったし、何もないところから、すべて自分で決めなければならなかったり、ハードルが高そうで……。それで、「無印良品」のお店に買い物に行った時に「窓の家」のポスターを見てもう一目惚れ。
- 長谷川さん
- 最初にウチに来てくれれば良かったのに(笑)。ま、それはともかく、「窓の家」は、どんなところが気に入ったんですか?
- 奥様
- やっぱり外観ですね。飾りがない。無駄なモノがない。スッキリ。そんなところでしょうか。
- 長谷川さん
- う~ん、やっぱり生活スタイルからデザインの好みまで一貫してますね。
エピローグ(編集後記)
改めてモノと向き合ってみる
「本当にこれだけで生活されているんですか?」
私は何度も同じことを聞いていたように思います。
清々しさや潔さのような、整理整頓されているということを大きく飛び越したOさんの暮らし風に、長谷川さんと同様、強い衝撃を受けました。
暮らしに必要なモノの量、増してやそれらを納めるスペースの量など、自分で最適な状態がどのぐらいであるかなんていうことは理解しようとしてもなかなかできないのに、それがまるできっちりと計算されているかのようです。(Oさんは「自然とこうなった」とコメントされていましたが…)
私は実際にモデルハウスへ家づくりのご相談に来られるお客様のお話を伺うことがあります。
その時に収納スペースについては「できるだけ広く取りたいです。」とリクエストされるお客様が多いと感じます。
誰でもこれからの暮らしの変化を予測することは難しいから、どうしても収納量はその変化に耐えられるように多めに作っておきたいからなのでしょう。
長谷川さんは対談の中で、「家を建てるときこそ『自分らしさは何か』を、時間をかけて考えられるタイミング」と仰っていました。
そう考えると、設計における収納の話は単純に広さの問題ではなくて、住む人の個性や暮らし方そのものについてもっともっと考えることなんだとこの取材を通じて改めて感じるのです。
それは、Oさんは自分のライフスタイルとモノの量との関係が「自分らしさ」として表現されていたからに他ありません。
しかし本当にOさんのお宅はモノが少なかった…
でも、そこに十分に豊かな暮らしのかたちを感じたのは私だけではないはずです。
取材後、自宅の収納を見て呆然とした私。
基本的にはモノは少ない方が気持ち良いと思っているはずなのに…
それでもまだまだモノ、多いなぁ。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 建築家 長谷川豪さん
すぐそこにある当たり前の世界との関わり
無印良品の家を見せてもらった。余計なことをしない、とてもシンプルな2階建てであることに僕は好感をもった。
2階建ては凄い。ここではそのことについて書こうと思う。
僕は東京郊外、埼玉県浦和市(現在はさいたま市)のとある住宅地に生まれ育った。40年前くらいに造成してつくられた、緑がとても多い住宅地だ。
僕の実家は、地元の大工が建てた、ごく普通の木造2階建ての家である。まわりの家も、だいたい同じような家だった。1階は居間と台所と風呂、2階には3つの寝室。1階の居間は庭と繋がっていて広く感じた。2階の寝室は小さかったけどいつも明るくて風通しが良かった。友だちに自慢できるようなところも特にない、安普請でどうってことのない家だったが、この2階建ての家の経験が、いま自分が建築を設計するときに拠り所の一つになっている気がする。
当たり前だが、2階建ては家を1階と2階の二つに分ける。この分け方というのはよく考えると、かなり決定的だ。壁を立てて部屋を二つに分けるよりも、床を入れて階を二つに分けるほうが、遥かに大きな差異を家のなかにつくりだす。なぜか?
それは、家が地面の上に建つからだろう。地面は遥か彼方まで繋がっている。その地続きの延長上に1階は位置づけられることになる。そしてまた、家が空の下に建つからだろう。空はどこまでも高く開かれている。空中に、2階は放たれる。このように2階建ての各階は、「地続き」や「空中」と形容されるほどに、外側の世界との関わりから強く性格づけられ、家のなかに豊かな対比が生まれるわけだ。いま「豊かな対比」といったのは、ただの対比ではなく、人間がどうやって過ごすかをそれぞれ想像したくなる空間の対比であるということだ。(たとえば無重力で地面も空もない宇宙ステーションを2階建てにしたところで、このような対比は生まれ得ないだろう) いや、そんなふうに理屈っぽく言わなくても、庭と繋がっていて広く感じるとか、いつも明るくて風通しが良いとか、そういうどうってことない経験を、すぐそこにある当たり前の世界との関わりを、2階建ては実現する。鮮やかに、愚直に。
2階建てに限ったことではないが、このように建築を通して世界との関わりを改めて噛み締めてみることを、僕は大事にしたいと思っている。なにを今さら大袈裟に、と言うかもしれない。でもここで書いたようなすぐそこにある当たり前の世界との関わりを失ってしまった空間が、いま、どんなに多いことか。
いま2階建ての凄さに驚いてみるのは、悪くないと思う。[2012.6]