スタイリストで文筆家の伊藤まさこさんが、4人の子供たちが走り回る、「木の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2022.11.9
プロローグ
子どもと住まい
小春日和の日曜日。訪れた私を待っていたのは、お父さんとお母さん、それから4人の子どもたちでした。
1階にはキッチンとお母さんのための小さな部屋。それらをぐるり囲むリビングで手づくりのおやつをいただいていると「ねぇ、上も楽しいんだよ。」お姉ちゃんが恥ずかしそうに声をかけてくれました。
トントンと階段を上がって2階の子ども部屋に行くと、やんちゃな男の子たちがケンカの最中。下からお父さんの叱り声とお母さんの心配そうな声が同時に聞こえてきたかと思ったら、あれ、もう仲直りしてる。
この家はとても広いけれど、家のどこにいてもひとりぼっちという気には、けしてならない。
子供たちはお父さんやお母さんの気配を感じながら、お父さんとお母さんは子どもたちの気配を感じながら、みんなが伸びやかに暮らしていました。
「何を一番大切なこととして、家作りを考えた?」と質問すると、お父さんはまっすぐなまなざしでこう答えてくれました。「子どもたちです。」この家は、つまり一言で言うとそんな家なのです。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
伊藤まさこさんが会いにいった家
大阪まで電車で約1時間。1970年代の半ば、山を二つ切り崩して造成された奈良県西部の住宅地は、大阪市内の企業に通勤する人々のベッドタウンとして発展しました。近年は、そこに最初に家を建てた世代がリタイアして転居するようになり、少しずつ世代交代が進んでいます。
ここに新居のための土地を求めたAさん家族。幼稚園と小学校は家から見える距離にあり、何より奥様が育った実家がすぐ近所という心強さも。
長男8歳、長女5歳、次男3歳、三男1歳の4人の子供がスクスク育つための家は、子供のアレルギー対策のため自然素材を多用し、自然な温かさが得られる蓄熱暖房器具を採用した健康重視の住まい。結露が少ない外張り断熱工法も「木の家」を選んだ決め手の一つでした。
「こんにちは」
「ようこそいらっしゃいました」
- 伊藤さん
- 子供たち4人が一つの家の中にいると、それだけで活気に満ちた感じがあります。みんなおとなしくて良い子ですよね。4人はこの家でどんなふうに育っていくんだろう。
小さな子供でも自分で洋服をしまえるように
- 伊藤さん
- う~ん、外は寒かったけど、中はとても暖かいですね。
- 妻
- そうですね。冬は太陽が低いので日差しが奥まで入ってきて、それだけで暖かいですよ。逆に夏は軒が日光を遮るのでとても涼しいです。夏場もお昼過ぎまではエアコンはいらなかったですね。
- 伊藤さん
- 私、エアコンの冷風が苦手で、すぐ咳こむんですよ。そういえばエアコンないですよね。
- 夫
- エアコンは2階だけ。この吹き抜けを通して涼しい空気が下りてくるのでそれで十分涼しいです。
- 伊藤さん
- 家を新築する計画は以前からあったんですか?
- 妻
- 計画はずいぶん前からあったけれど、いざ建てるとなると、また一から考え直しというか……。
- 伊藤さん
- そういうものですよね。うんうん。
- 夫
- いちばんのきっかけは長男が小学校に進学したことですね。
- 伊藤さん
- この家はご夫婦どちらの意見が強く反映されているんですか?
- 夫
- ぼくの希望は、柱が見えてて、白い壁があって、窓は大きくて、子供が走り回れる四角い木造の家。そこから先は、とにかく彼女が動きやすいことが最優先でした。
- 妻
- 子供が4人いると、それだけ手がかかりますから、使い勝手の良さは重要でしたね。あとはいろいろ隠せること。ちょっとでも油断すると大変なことになりますから。
例えば子供の洋服も、子供たちが自分で出しやすくてしまいやすい収納で、身長に合わせて10センチ刻みで引き出しやバーの高さを考えないと……。 - 伊藤さん
- お店の設計みたいですね。でも、とにかく子供の片付けが楽しくなるようにしないとね。
- 妻
- あ、空が四角く切り取られている感じ。窓枠も桟もない、スッキリくり抜かれた四角い開口部は「窓」って感じがしないですよ。
- 妻
- そうなんですよ。子供が何でも自分でできるような状況をつくらないと、私も大変だし、逆に私が子離れできなくなっちゃう気がして。
- 伊藤さん
- 事前に食器や本や洋服の量を見積もってから収納を設計してもらったんですか?
- 妻
- 量はあまり意識しなかったです。持ち物は、出しておいて良いモノ、すぐ出せるモノ、隠しておくモノに分けて考えて、あとはその隠し場所。とにかくスペースをつくってもらい、後で収納家具でアレンジできるようにしてもらいました。重視したのは家事動線と家事のスペースですね。
- 夫
- 家事室については、ずっとそういう部屋が欲しいと言われてましたからね。
- 妻
- 子供のために手直しする物が多いんですよ。針に糸を通しておいておける場所が欲しかったんですね。すぐ作業ができる状態が理想ですが、リビングに出しっ放しは嫌で。あとは洗濯物を取り込んだ時に、とりあえず置く場所に使ったり。
- 伊藤さん
- なるほど。そういうスペースがあると良いですよね。
子供たちがぐるぐる走り回る家です
- 伊藤さん
- やっぱり、お家にいる時間は多くなりました?
- 夫
- 子供がのびのび遊んでいるので、休日は二人でキッチンにいることが増えたかな。ゴハンつくりながら、二人でのんびり、ちょっとずつお酒を飲むのが落ち着きますね。
- 伊藤さん
- それにしても子供たち、静かで良い子ですよね。仲良しでケンカもなさそう。
- 夫
- いえいえ、5分おきにどこかで紛争がおきますね。お客さんが来てるのでおとなしいだけです。
- 伊藤さん
- それ聞いてホッとした。なんでこんなに静かなんだろうって思っていたんですよ。
- 妻
- 子供たちは毎日、家で飽きずに遊んでます。友だちが来ると部屋とベランダと吹き抜けを中心に走り回っています。ベランダがステージみたいになって、おどけて見せたりとか。
- 伊藤さん
- 家に遊び相手がいるから毎日が楽しそう。
- 妻
- 子供の中にも社会みたいなものがあって、ケンカすれば仲裁役が出てきて、自然にまるく収まっていたり。
- 伊藤さん
- 大きくなるとそれぞれ個性が出てくるんでしょうね。あっと驚くようなモノ、部屋に置くようになったりしますよ~。
- 妻
- かといって、それぞれ個室を用意すると家の使い勝手が悪くなるような気もするし。
- 伊藤さん
- それに子供っていつまでも親元にいるわけじゃないですからね。
- 妻
- そうですね。子供たちはこのままで良いって思うかもしれないし、プライバシーも目隠し程度で仕切るだけで十分かもしれない。いろんな可能性が考えられますから。私たちが高齢になってから、個室だけがいくつもあっても仕方ないと思うし。
- 伊藤さん
- 家づくりって面白いですよね。いろいろ考えるきっかけになる。
- (子供たち)
- (ダメだよ~!! ふぎゃ~!!! ぎゃ~)
- 伊藤さん
- あ、2階からちょっと子供らしい雰囲気が……。いい感じ。
- 夫
- これが日常です。そろそろ化けの皮がはがれてきたかな。
ダイアログ2
心地よさのわけ
天然素材はお手入れも楽しみながら
- 伊藤さん
- 壁は塗壁なんですね。
- 妻
- 漆喰調の左官仕上げにしてもらったんです。しっとりした感じがしますよね。子供は夏は壁に素足を付けてお昼寝してます。触感が気持ち良いみたい。
- 夫
- 子供がアレルギーで喘息が心配なので、負担がないように素材はできるだけ自然素材にしました。壁は少しの汚れなら消しゴムでキレイになりますよ。
- 伊藤さん
- 塗壁は掃除機をぶつけて傷になるのが心配ですよね。
- 妻
- 最初の頃は掃除機が当たって角が欠けるんじゃないかと、恐る恐る使ってましたけど、今は気にしなくなりました。壁を施工した方に補修用の粉漆喰も用意していただいたので。
- 伊藤さん
- へ~、自分で修繕できるんですか。
- 妻
- 水で溶いて塗るだけですけどね。
本物を手入れしながら長く使う
- 夫
- 床は無垢のナラ材です。
- 伊藤さん
- お手入れはどうしているの?
- 夫
- 汚れたらぼくが水拭きしてます。僕は一人暮らしが長かったんで、家事が苦にならないんですよ。使えば汚れるし、日常的に子供の食べこぼしもあるし、神経質になりすぎない程度にやってます。
- 妻
- 自然素材は凹んでも割れが出てもそれが味になって、暮らしていて違和感はあまりないと思っています。本当に傷んだ時は修繕もできますから。本物を手入れしながら長く使いたかったから、天然素材を選んで良かったと思います。
- 伊藤さん
- あ、蓄熱暖房機を使っているんですね。
- 妻
- 以前暮らしていた集合住宅は結露がひどくて、カビが気になり、悩みの種でしたけど、蓄熱暖房機のおかげもあって、この家はほとんど結露がないんですよ。
ダイアログ3
4人の子供たちと育つ家
伊藤さんの家
- 妻
- 伊藤さんのお住まいはどんな感じなんですか?
- 伊藤さん
- えーと、住まいは山の家と街の家がありまして、基本的には街の家=集合住宅で暮らしています。そこは床暖房と石油ストーブ。もう一つのお家は薪ストーブ。山の家はあまり広くないので、モノが入り切らなくて、それで集合住宅にも住むようになったんです。そこは出来合いの空間なので、思い通りにならず、嫌だなって思うところもあるけど、とりあえず楽ですね。
- 妻
- どういうモノが多いんですか?
- 伊藤さん
- とにかく食器が多いんですよ。これまでは仕事部屋と山の家と街の家のどこかには置けるので増えていったのだけど、いったいどれくらい食器持ってるのか自分でも分からなくなって、少し不安になって一カ所にまとめてみたんですね。そこで造ってもらったのが集合住宅の通路の両脇を収納にしたウオークイン食器棚。これでちょっとホッとしました。
- 妻
- スゴい!! 私も食器増やしたいけどガマンしてるんです。
- 伊藤さん
- でもキッチンの収納を見ると、まだまだ入りますよね~。うふふ。それにしてもちゃんと片付いていますよね。
- 妻
- いやいや、ちょっとでも油断すると大変なことになりますから。
楽しい暮らしはこれからも続きます
- 伊藤さん
- お姉ちゃんが二番目なのね。
- 妻
- そうなんです。今年、幼稚園の年長組です。
- 伊藤さん
- 子供4人がみんな小学生になる年もあるのかしら。
- 妻
- お兄ちゃんが6年生になったら3人は小学生で、その時、四男は幼稚園……かな。
- 夫
- 自分もがんばらないとね。家も変えていかなければならいかもしれないし。
- 伊藤さん
- 学校は近いんですか?
- 夫
- 幼稚園は5分。小学校はこの窓から見えます。
- 伊藤さん
- いい立地ですね。学校近いのがいちばんですよね。
- 夫
- 公園もすぐそこにあるので……。
- 伊藤さん
- あ、本当だ。学校も公園も窓から見える。
- (子供たち)
- (だだだだだだだだ……。ごちん! う、う、うぇ~~ん!!)
- 伊藤さん
- あ、今のは痛そう。ちょっと心配かも。
- 夫
- いや、いつもこんな感じですから。はいはい、走らない走らない。走らなければコケません、って!
- 子供たち
- は~い。
エピローグ(編集後記)
家族のきずな
今回お邪魔させていただいたAさんのお宅、何とも賑やかで楽しそうな家だなと思った方も多いのではないかと思います。Aさんが目指したのは子供がのびのび安心して暮らせる家。私も本当にその考えを体現した家になっているなあと感じました。
無印良品の家にお住まいの方々の中でもお子さんが4人いるご家族はあまり多くありません。
男の子3人、女の子が1人。2階の一角では、お兄ちゃんたちが、一冊の本を仲良く読みながらわいわい楽しそうにおしゃべり。傍らではお姉ちゃんが、ドールハウスで遊んでいる。1階では一番下の男の子がお昼寝中。
子供達はそれぞれが自由に楽しんでいながら、どこかでお互いの存在を感じあっていて、家のどこにいてもさみしくない。このことはお父さんお母さんにとってもこれは安心感につながっているのではないでしょうか。家が家族のきずなを深めている。そんな印象を持ちました。
一緒に伺った伊藤さんにはお子さんを持つ親としての視点を織り交ぜながら対談していただきました。そんな対話の中からも、子供のための家はどうあるべきか、Aさんの家づくりのポイントがおわかりになるのではないでしょうか。
四人のお子さんが無印良品の家と共に、これから5年後10年後どのように成長していくのか本当に楽しみです。
(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | スタイリスト 伊藤まさこさん
家族をつつむ家
知人の建築家は依頼のあったお施主さんに、まず初めに「今、家を建てる時なのですか?」と質問してみるといいます。住まいかたは、その家に住む人とともに変化していくのが当然で、だからこそ莫大なお金と時間、労力をかける家作りが、本当に今、この時でいいのかを聞いてみるのだというのです。
建築家にそんな質問をされて、堂々と「はい、今です。」と言える人がどれくらいいるのでしょう?
家の建て時。終のすみかの決め時。考えれば考えるほど、なんだか遠いずっとずっと先のことのような、そんな気がしてしまい、私は途方に暮れてしまいます。
森の中に住んでみたい。岬のさきっぽに小さな小屋を建てるのも楽しそう。持ち物はスーツケースひとつだけにして気ままに外国を旅するのもいいなぁ・・・なんて、私の暮らしのイメージは、まるで子どもがお菓子の家に住んでみたいと思うのと同じような感覚。その日その日で、いろんな暮らしが頭に浮かんでは消えて。どれもとても魅力的で、どれも今の私にとっては現実的ではないのです。
だからこそ、今回うかがったAさんが「子どもたちのことを第一に家作りを考えました」と、きっぱりと、そしてやさしげにそうおっしゃったのがとても印象的でした。
その言葉のとおり、子どもたちは、1階のリビングや2階の子供部屋を行ったり来たりしながら、遊んだり、時おりケンカしたり。ダダーッと走り回る音や、笑い声や泣き声がないまぜになって、本当にのびのびと楽しそうに家の中の時間を過ごしていたのです。
この家でともに時間をすごさせてもらって分かったこと。それは、Aさん家族にとって、今が「家を建てる時」だったのだ、ということ。お父さんという大きな柱。柱をささえて守るお母さん。その家の中で、安心して、すこやかに育っていく子どもたち。やがて子どもたちが巣立つ時がくるまで、ずっとずっとやさしく見守ってくれる。そんな安心感がただよう、Aさん家族の家はそんな家だったのでした。
私も、もう少し地に足をつけて、家のこと、暮らしのことを考えてみなくてはいけないな。
家を建てる時のことを考えると、また途方に暮れそうになるけれど、そんな時、Aさんのように「何が自分の暮らしにとって一番大事なのか」ということをしっかり頭に置いて、家作りを考えるといいのかもしれません。
それは当たり前のことのようで、なかなかできることではないのだけれど。[2011.5]