建築家の谷尻誠さんが 二人の趣味に彩られた空間を包みこむ、
「木の家」に会いに行きました。
家に会いに | 2022.10.24
プロローグ
絵を描く前のキャンバスのような家。
暮らす人が家をつくっていく、そんな住宅が無印の家なのかもしれません。
それは余白を設計するともいえるのではないでしょうか。そんな余白があるからこそ、線を描いたり、色を塗ったり、紙を貼ったりと、住む人が自分色にしていくことが出来るんだと思うのです。奥様のコレクトした小物たちが空間を彩り、旦那さんの趣味が空間に個性を与えたり、子供たちのつくった作品が展示されていたりと、この家では、お施主さまたちが家を完成していくようにさえ感じました。これから先も沢山のものたちが、この家に参加していくことで、もっと個性のある、本当の意味で自分たちの家になっていくんだろうなと想像すると、また数年後に訪れてみたいと思いました。
真っ白いキャンバスだった家が素敵な色で描かれていく、そんな素敵な時間の一部に、おじゃまさせて頂くことができて、ぼくもなんだか幸せな気持ちになれたのでした。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
谷尻 誠さんが会いにいった家
茨城県日立市の、太平洋を遠くに望む高台に黒い外装の「木の家」、H邸はあります。もともとは実家所有の古い木造住宅が建っていて、Hさん家族が暮らすためにリフォームして住んでいたのですが、夫婦ともに生活空間に対して明解な「理想」があり、それを実現するために新築したのが「無印良品の家」でした。
クルマはワーゲンのミニバスとフランス車のフルゴネット、趣味の自転車とバイクを運ぶ軽トラックの3台を所有。ビルトインのガレージがあるけれど、ここにクルマは入れません。中はご主人の自転車とバイクのワークショップ。奥様は手工芸品好きで、美しい日用品がキッチンを飾ります。お互いの趣味を尊重し合って生まれたプランと言えます。
「こんにちは~」
「お待ちしてました。どうぞ」
- 谷尻さん
- ぼくは、自分が設計した施主の住まいを訪ねて、暮らしの話を聞くことはよくありますが、自分以外の方が設計した家で、住まい手の暮らしぶりを拝見するのは初めてなんですよ。わくわくしますね。
キッチンに吊るされた工芸品を見ながら
- 谷尻さん
- 今ちょっとガレージを見てきたんですが、こちらとは印象がぜんぜん違いますね。でも、どちらも趣味が全面に溢れ出ている。
- 妻
- お気に入りの手工芸品を飾れる場所にしたかったんですよ。少し高価でも職人技の上質な品を買い、永く使うのが良いと考えるようになって、家族旅行でいろんな産地を巡り、集めたものです。
- 谷尻さん
- 自然素材とステンレスのキッチンとのコントラストもいいですね。
- 妻
- 以前はしまい込んでいたんですが、今はすぐに手にとれるように吊り下げにしたんです。毎日、使うことで味わいも深まりますから。
- 谷尻さん
- 家を建ててから生活ってどんなふうに変わりました?
- 夫
- あまり変わらないね。
- 妻
- いきなり馴染んで違和感なかったです。普通は変わるものですか?
- 谷尻さん
- いや、「引っ越して生活変わりました」って言う方、多いですよ。
- 妻
- あまり考えたことなかったかも。
- 谷尻さん
- 面白いな~。すぐに馴染んじゃうなんて、そんなところも無印良品らしいね。ぼくは仕事柄、いろいろな方の暮らし見てきましたけど、このお家はちゃんと整頓されてますよね。
- 妻
- モノはついつい増えてしまうんですが。
- 谷尻さん
- でもきれいに片付いていますよ。「収納を増やしてください」という方は多いけど、収納について自分なりの考え方を持てない人は、収納場所がいくらあっても片付けられないんですよ。逆に何でも詰め込んでしまって、二度と日の目を見ないモノがあったり。
- 妻
- 私たちもずっと使わないモノは、引っ越しの時に整理して、見えてもいいモノを残しました。キッチン収納は扉を閉めずに暮らしているんです。良いモノは触りたいし見ていたい。ここを扉で隠してしまうと逆に中を片付けられなくなって、余計なモノも増えてしまうような気がします。
- 谷尻さん
- しまうことだけが収納じゃないですから。中には全部しまいたいって人もいて、旦那さんまでしまっちゃうんじゃないかと思うくらい。
- 夫・妻
- あはははは。
- 谷尻さん
- 階段を上った吹き抜けまわりの、廊下でも部屋でもないスペースがいいですね。
- 妻
- 子どもたちはいつか独立するし、子ども部屋はあえて設えずに、吹き抜けに面して勉強机を置いて……。
- 谷尻さん
- お、家の模型だ。スゴいっすね。既成概念がなくて自由でいいな。
- 妻
- 長男が図工の授業でつくったんですよ。
この家を建てて建物に興味を持ったのかも。ほら、褒められてるよ~。 - 長男
- へへ(照れる)。
- 谷尻さん
- ところで、この引き戸の先は何ですか?
- 妻
- あ、そこも収納です。
- 谷尻さん
- 普通の収納扉だとその向こう側を想像しないけど、引き戸に半透明素材を使っているので、向こう側に部屋があるように予感させます。それだけで空間に広がりが感じられますね。
- 妻
- ここも収納の中が少し見えるだけで、ちゃんと整理しようって思いますから。
そろそろガレージ、行ってみますか。
- 谷尻さん
- おおお、リジッド(サスペンションが付いていないマウンテンバイクのフレームのことです)ですね。ぼくも以前、ダウンヒルやってたんですよ。もっと自転車に乗りたくて独立したようなものです。
- 夫
- そうなんですか! 私はレースもリジッド・ダウンヒル専門ですからね。マニアックなもんで(この後、お二人のマウンテンバイクについての専門的な話が続きました)……。
- 谷尻さん
- ……いや~、ダウンヒルやってた頃を思い出しましたよ。懐かしいな~。ガレージの2 階に上がってもいいですか。
- 夫
- どうぞ。散らかってますけど。
- 谷尻さん
- お、楽しそうな場所だな。まさに趣味部屋ですね。奥様の趣味とはぜんぜん違うけど、自分たちで気に入ったことが、暮らしの趣味としてちゃんと継続されている感じがします。その意味では夫婦ともに通じるものがありますね。
- 夫
- ここはキャンプ道具を収納していて、テントだけで5個あります。
- 谷尻さん
- アクティブですね。何歳頃からハマり始めた趣味なんですか?
- 夫
- 自転車は高校卒業してから18 年。キャンプは結婚前、嫁さんと付き合っていた頃に北海道に旅行したことがあって、その時にテントを買って以来ですかね。え~と、その時のテントがこれだな。
- 谷尻さん
- お、初めてのテントにしては本格的なアウトドアブランドじゃないですか。それにしても、大好きな趣味が接点になり、二人の思い出がいろいろとつながって、なんだか豊かで良い話ですね。
ダイアログ2
収納するということ
モノ選びへのエネルギー
- 谷尻さん
- ホントに手工芸の日用品が好きなんですね。この家の中、見れば見るだけいろんなモノがありますもんね。
- 妻
- 雑誌やネットで紹介されている品でも、気になると実物を見に行きたくなるんですよ。わざわざ京都まで茶筒を買いに行ったり、「東京に何しに行くの?」って聞かれて、ちょっと箒を買いに……とか。
- 谷尻さん
- そのエネルギーがスゴいね。
- 妻
- 永く使えるモノに憧れるんですよ。昔は意外に無頓着だったんですけどね。
- 谷尻さん
- ここ(2階の収納扉)開けてみていいですか? って、ダメと言われても、ぼくがここにいる時点でしょうがないですよね。ふふふ。
- 妻
- たぶん大丈夫だと思います。(笑)
- 谷尻さん
- う~ん、それにしても収納上手ですねえ。
- 妻
- そうですか。表に出てるモノが多いんですけど。
- 谷尻さん
- いや、モノが置かれるべき場所にちゃんと置かれていることも収納だと思いますよ。
- 夫
- 無印良品の収納ラックを買うと、サイズがぴったりなのが気持ちいいよね。何度もお店に足を運んでるんで、店員さんとも顔見知りになりました。
- 谷尻さん
- なるほど。
空間のサイズとは
- 谷尻さん
- あ、おじゃましてます。新しいお家はどう?
- 長女
- キレイでいいです。友だちも白くてきれいで面白いって。
- 夫
- 下にいても上で遊んでる子供の友だちの声が聞こえるじゃないですか。子供たちにそう言われるとうれしいですよ。
- 谷尻さん
- 子供の声は率直ですからね。
- 妻
- 面白いって……、吹き抜けは確かに子供には面白いかもしれませんね。たまに寒いなって思うことはありますけど。
- 夫
- 1階の床暖房だけなので、何もしていないと上から冷気が降りてくるのが感じられるんですよ。そういう時はシーリングファンを回せば一気に解決ですけどね。
- 妻
- シーリングファンは、天井にあったらかわいいかな、という程度でしか考えていなかったけど、こんなに効果があるとは思いませんでした。
- 谷尻さん
- ぼくは住宅は階高を抑えて設計するので、この家は高く感じますね(天井高2.3mです)。天井高を1.9mくらいに抑えることもありますからね。数字だけ聞くと「低い」って思われるかもしれませんが、景色との距離感を整えるために寺社建築が軒を低く出すように、座った時にいかに気持ち良いかを考える。あとは空間のコントラストでしょうか。天井高が高いと空間が豊かというのは、確かに一つの正解ではあるけれど、それだけが唯一の正解とは言えないと思うんですよ。
- 夫
- 確かに吹き抜けがあると、1階は天井高がそんなになくても気にならないかもしれませんね。
- 妻
- あ、長男が家具屋さんでもらった紙のメジャーを持ち出してきました。サイズ測るのが好きなんですよ。
- 夫
- この前もテレビの画面をインチ表示のメジャーで測ってましたから(笑)。テレビのインチ表示は対角線だって教えたら……。
- 谷尻さん
- 図工の時間に住宅の模型つくって、その上、サイズ測るのが好きだなんて、長男は将来はデザイナーだね。
ダイアログ3
家の「個性」
暮らす人の個性が家の個性になる
- 谷尻さん
- さっき家族写真を撮影したじゃないですか。もう、見てるこっちのほうが楽しくなりましたよ。ホントに仲が良いですよね。
- 夫・妻
- いえいえ。
- 谷尻さん
- ご主人はダウンヒルのレースに出場する時も、やっぱり家族で行くんですか?
- 夫
- ええ、家族でクルマで行きますよ。
- 谷尻さん
- 普通は子供ができたりすると、そういう趣味を持ってる旦那さんって奥さんに見放されるんですよ。私は家にいるから勝手に行ってきて、って。
- 夫
- でも、出かけたついでに、奥さんのために手工芸の産地に立ち寄ったりしますから。
- 谷尻さん
- やっぱり一緒にいるというのが大事なんですね。Hさんのご家族を見てると、家族って多少無理してでも一緒にいる時間をつくるのが良いんじゃないかって思いますよ。そういうのが住まい方にも出てますよね。
建築家に住宅設計を依頼する建て主は、多くの方が「個性がある家に住みたい」って言うんですよ。それはよく分かるんだけど、「無印良品の家」は逆に、その個性を消そうとしている住宅なのに、こんなに個性的な家ができてしまう。家の個性って住む人の個性なんですね。ひとくちに個性と言ってもいろいろな個性があるんだなって思いました。 - 夫
- 個性と言えるかどうか分かりませんが、昔から人と違うものが好きだったかもしれません。クルマもあえてイタリア車とフランス車を乗り継いできたし。ビルトインのガレージがあるのにクルマは入れないとか。この家の黒い外壁を決めたのも、白やシルバーだとあまりに「無印良品」っぽいし、黒い家ってカッコいいかなって思ったんですよ。
- 妻
- 黒い家を入ると白い世界があるという意外性もね。
- 夫
- そうだね。
- 谷尻さん
- 最初に「家を新しくして何か変わりましたか」って尋ねたら、ご夫婦で「ぜんぜん変わってません」って答えたじゃないですか。それってスゴいことですよ。無印良品らしいなって、個人的にはちょっとウケました。
- 妻
- 昔から住んでいたところだから、家を出たら同じ景色で、坂道を下ると遠くに海が見えて、やっぱり暮らしは変わってないです。
スープが適度に冷める距離
- 谷尻さん
- ご両親はご近所なんですよね。新居を建てること、どう思われてたんでしょうか。
- 夫
- 最初は反対されたんですよ。建て替えの必要はないだろうって。
- 谷尻さん
- どうやって説得したんですか。
- 夫
- う~ん、ローンの金利が安いとか、今買わないとタイミング的に難しいとか。実際は最近、家を新築する友人が多くて、その新居に呼ばれて見せてもらううちに、こちらの普請欲が高まってきた感じだったんですけど。
- 妻
- 私は、これから年を重ねると、どんどん自分の願望が薄くなって、住まいへの興味を失うような気がして、「こんな家に住みたい」って意欲があるうちに建てたかったんです。
- 長女
- 私は転校したくなかったの。これからもずっとここから引っ越したくないっておじいちゃんに言いました。
- 妻
- 「今、建て替えればずっとここで暮らせる。おじいちゃんと離れたくない」という孫の声は決め手になったかもしれないです。それが子供の正直な気持ちなんですけどね。
- 谷尻さん
- なるほど、祖父母には孫の声ね。リアルな話だなあ(笑)
- 夫
- 実家の敷地が広いので、そこに二世帯住宅を建てようかと話をもちかけたんですが、それは親に拒否されました。二世帯住宅を簡単に考えて建ててしまうと、うまくいかなくなって、どちらかの家族が出ていく話をよく耳にしていたみたいです。近すぎるのも難しい。それもあって建て替えを認めてもらえたのだと思います。おじいちゃんは毎日来ますよ。実家は歩いて5分ですから。
- 谷尻さん
- 申し分のない距離感ですね。スープが適度に冷める距離って理想的ですよ。スープが冷めない距離よりもね。
エピローグ(編集後記)
完成したあとの喜び
“我が家はオモチャバコ”
これは今回の訪問先のオーナーであるHさんが開設しているブログのタイトルです。
Hさんの家を表現するのにぴったりなタイトルだなと私は思わずニヤッとしてしまいました。
本格的なガレージを併設したHさんの「木の家」は、家族全員の幸せがつまった正に大切なオモチャバコのような場所でした。
Hさんはマウンテンバイクを趣味とされていて大会にも出場するほどの腕前。 これは偶然だったのですが、今回対談していただいた谷尻誠さんは、独立の理由が趣味でやっていた自転車を本格的に取り組みたかったからだとか。 お二人の趣味が一緒だったので話は大盛り上がり。実はなかなかガレージから出られず、家の取材なのか自転車の取材なのかわからなくってしまうほど熱いトークが繰り広げられたのです。(笑)
そんな谷尻さんが「木の家」をたとえて「キャンバスのような家」とお話いただいたことが印象に残っています。
「木の家」は背景。いままで集めてきた大切な物たちによって絵が描かれることで「Hさんの家」が完成する。暮らしの器としての「木の家」に住む楽しさを今回の取材では強く感じました。
Hさんにはこのオモチャバコにまた新しい夢や喜びを入れて、これからも日々の暮らしを楽しんでいただきたいと思います。
(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 建築家 谷尻 誠さん
背景としての建築
楽しい暮らしとは、まさにこの家族のことを言うのかもしれない。
最初におじゃまして目にしたのは、玄関にあがるステップが木でつくられていて、お話を伺うと工事中に余っていた木材で、ご主人が自らつくられているとのことだった。
普通に考えると建築の工事でやってしまうような所にお施主さん自らが参加しているのを見て、ふと住宅とはこうあるべきだなーと、自分の仕事を見直してみたりした。
本来、建築をつくるということは完成を目指してつくっていくが、このHさんのお宅においては建築が始まりのようにさえ感じられた。
玄関をとおりリビングにおじゃますると、奥様が集められたかご細工が要所要所にディスプレイされている。
天井からフックでつられているもの、壁をへこませてつくられたニッチに飾られるもの、無造作におかれているもの、それらが空間をインスタレーションしているような状態なのだ。
まるで旅の思い出がリビングを彩っているようで、今後もきっとさまざまな思い出が飾られていくであろうことを想像させてくれる。
2階にあがれば、子供達がつくった家の模型が飾られていたり、ちょっと広い廊下のような場所が子供たちのスタディーコーナーとして使われている。きっと将来的にはここに部屋が作られていくことを、想像させてくれる。
また一度外にでて、ガレージに入ればそこは、旦那さんの趣味部屋とも言える場所になっている。
沢山の自転車や、バイクがおかれていると言うよりは飾られており、シャッターをあけていると、まるで自転車屋さんのようにさえ見えてくる。
ここでの自転車やバイクと過ごす楽しさを、ここでも僕たちに想像させてくれる。
ご主人はダウンヒルのレースに参加されているようで、僕も昔レースに参加していたことも手伝って、ついつい時間の経つことを忘れてガレージに長居したくなるような気持ちにさせてくれる。
ひと通り拝見させて頂いて感じたことは、この住宅は、全ての場所がHさん自らの手によって引き渡された住宅から、自分の住宅へとカスタマイズされているところだ。
それは建築が背景に徹しているとでも言うべきか、Hさん家族の集めてきた宝物達が、展示されているような、そんなキャンバスのような住宅であるということに、ふと気づいた。
さまざまなものを受け入れる事の出来る器としての機能があることで、この住宅は主張を消しながらも確かにそこに存在している。
そんな背景としての住宅だからこそ、きっと無印さんらしくもあり、沢山のひとたちに支持されるんだなーと思った。
これからも沢山の宝物達が、この空間に集まってくることで、よりHさんらしい移ろいをこの住宅はみせてくれるのだろう。
完成した先にある想像力、可能性といった、そんな未来の喜びを想像せずにはいれないくらい、とても楽しい一日を過ごさせてもらった。
さぁ僕も負けじと、未来への射程距離のある建築を想像しなければだ![2011.3]