家具デザイナーの小泉誠さんが、
アンティークが好きなIさん親子の家に会いに行きました。
家に会いに | 2021.12.10
プロローグ
家具から住まいへ。暮らしから家具へ。
僕がデザインの仕事を始めた頃は家具の仕事が中心でした。
単体で姿形が美しい彫刻のような家具もありますが、僕がつくる家具は、
それ自体が何かを主張するのでなく、人々の「暮らし」を背景として、
その道具を使って生活する人が絵になる道具を目指していたのです。
やがて僕はその道具を置く環境を意識するようになり、
仕事は生活空間のデザインへと広がって、
近年はその器である戸建て住宅も設計するようになりました。
「無印良品」も暮らしに必要な品々から始まり、
約30年を経て現在では「家」を手掛けています。
暮らしの道具から家への広がりは、自然な流れと言えるでしょう。
人の暮らしは人の価値観のようにそれぞれで、
ルールに縛られるものではありません。
洋服を選ぶように暮らし方を選び家を語る。
そんな時代の萌芽を私は感じています。
ダイアログ1
だから、ここに建てました
小泉 誠さんが会いにいった家
1970年代に造成された新興住宅地で、建築家が建てた築40年近い木造住宅で暮らしているIさん家族。隣の敷地にセカンドハウスとして「窓の家」を建てた。母屋はお母さまが手造りのステンドグラスや見事な木彫家具、趣味のパッチワークの作品が並び、アンティークの調度や古い家具、部材がなじむ、ぬくもり感と密度のある心地よい空間です。「わざと拙く塗装してくださいとお願いしても、プロはキレイに塗ってしまう」と、母屋の窓の目隠し扉も自ら刷毛を持って仕上げるほど手作業が大好き。「窓の家」の2階はミシンが据えられたお母さまのアトリエ。1階には100年前のアンティークミシンが、白い壁を背景に凛と佇んでいました。
「おじゃまします」
「どうぞ、おあがりください」
- 小泉さん
- 僕は住宅の設計を依頼されると、建て主ととにかくいろんな話をします。でも、最初は家やデザインの話はほとんどしないですね。普段どんな暮らしを楽しんで、どんな洋服が好きか、ざっくばらんに会話を重ねていく。今日は「窓の家」に住んでいる方がどんな好みなのか、いろいろうかがってみたいですね。
家は、住まい手が暮らしながら「色」を着けていくのが良いと思うのですが、商品としての住宅は女性の好みを反映した◯◯風の内装や設備など、最初から「色」が着いている例が多い。そこに惹かれて建てる方もいるでしょう。でも「無印良品の家」にはそういう「色」がない。そんな住宅をあえて選ぶのは意外に勇気がいると思います。だから、お母様とお嬢さんが「窓の家」を選択したとことにも興味がありますね。そのへんからお話をうかがいたいです。
2軒目の家は究極のシンプルハウスで
- 娘
- もともと人気雑貨店風のかわいい家は好みではなかったんですよ。この敷地に建てられるのは小さな家だったので、究極にシンプルでいきたいなと思っていましたから。雑誌の小さな写真で「窓の家」を見て好印象が残っていて、そのイメージもありました。
- 母
- 母屋はモノでいっぱいなので、とにかくすっきりした場所で生活してみたいと思うところもあって。それで隣の敷地が空いたのでこの家を建てたんです。
- 小泉さん
- じゃあ、この家にはあまりモノを置かないで……。
- 母
- そうです。こちらで食事する時も母屋で下ごしらえして、キッチンでは温めるだけとか。週末にカバンに必要なものを詰めてこの家に来て、お風呂に入って音楽聴いて。テレビも置いてません。
- 小泉さん
- 隣に別荘があるみたいですね。日用品を隠す場所や、片付けに気を使わない場所はすごく大事だと思います。モノを見えながら隠すような場所とか。この家で少ないモノだけで生活するのは大変ですが、隣に母屋があるのはいいですね。
- 母
- 人には相反する二つの面があると思いませんか。すっきりした部屋も好きだけど、昔からのモノに囲まれた部屋もいい。だから、どちらかをガマンして暮らすより、新しい家を建てるなら母屋とは全然違う、遊びの家にしようと始めから考えてました。
- 小泉さん
- 理想ですよ。うらやましいです。
Iさんの日用品を選ぶまなざし
- 娘
- 女性好みの面取りされた丸いモノより、四角くてシンプルで機能的なものが好きなんですね。「窓の家」もそうですよね。あとは、どこかに作り手の考え方が息づいているように感じられるモノは良いなと思っていました。ファッションもトラッドが好き。ものづくりのストーリーや背景があるものに惹かれるみたいですね。
- 小泉さん
- 普段使っている食器もそういう視点で……。
- 母
- そんなたいそうなものではないですよ。
- 娘
- でも、母も私もアンティークがすごく好きなんです。古いものには時代を超えてきた堅牢さと物語がありますよね。ただ、全部をアンティークで揃えるという気持もないし、古いモノでも絵付きやかわいさがあるものはあまり興味が沸かないです。
- 小泉さん
- このティーセットを見てもそういう印象がありますね。
- 娘
- 自分の仕事が洋服のテキスタイルのデザインなので、どちらかというと色に惹かれるのかも知れないですね。とはいえ、男っぽいデザインになりすぎてもダメなんですが。
- 母
- アンティークというより、隣の母屋には代々使ってるモノがたくさんありますから。私を含めアンティークになってます。(笑)
- 小泉さん
- ちょっと、お母さん、そんなことはないですよ~。
家づくりの楽しみを満喫しました
- 小泉さん
- 建築家にお願いしようとは思いませんでしたか。
- 娘
- 有名建築家だと、お互いの擦り合わせが難しいような印象があって……。それに予算も心配でしたし。
- 母
- でも、私も娘もモノをつくったり考えたりするのが好きなので、最初は建築家に相談したんですよ。ただ、こちらの希望をどんどん伝えると、際限なく広がって、しんどくなってきたんですよ。
- 小泉さん
- 何がしんどくなったんですかね。
- 母
- 例えば玄関にはこんなドアが良いと言うと、いちいち探して自分で選ばなければならない。最初は楽しかったけど、何から何までやるのはかなわんなと思いました。
- 娘
- それで私が「無印良品の家」のことを知り、母にそれを伝えて一緒にモデルハウスの見学に行って、家に帰ったらもう「窓の家」のプラン集をハサミで切って、自分で組み替えて希望の間取りを考えてましたからね。
- 母
- 「無印良品の家」は私にも自由に間取りを考えられるし、窓も自分の希望の場所に大きさを選んでセットできるわけでしょう。いろいろ試してみましたよ。これは楽しいなと思いまして。もう夢中で。
- 小泉さん
- なんだか楽しさが伝わってきますね。
- 母
- ええ、それまであちこち痛い言うてたのが治ってしまいました。家をつくって元気になりました。(笑)
ダイアログ2
2つの価値の家
小さな家でも良い感じ
- 小泉さん
- 僕は人の家を見ると細かい箇所が気になってしまうんですね。職業病みたいなもので、90%良くてもダメな10%が気になってしまうんですよ。
- 母、娘
- ……(ドキドキ)
- 小泉さん
- でもこの家はパッと見た時に良い意味で違和感がないです。きちんと細かい部分まで考えられてるなって印象がありましたね。
- 娘
- とにかく無事に竣工しまして……。
- 小泉さん
- この家は5m×7mですから……約20坪ですか。
- 母、娘
- ええ。
- 小泉さん
- 9坪のほぼ2軒分か……。
- 娘
- 私、雑誌で小泉さんが設計された小さな家を見てすごく興味を持ったんですよ。小さな家でもとても良い感じで生活できるんだって。この「窓の家」を建てているときもそのイメージがありました。
- 小泉さん
- そうでしたか。
- 娘
- だから今日お会いできるのをとても楽しみにしてました。
- 小泉さん
- 照れますね。
- 娘
- ここも敷地の関係で小さな家しか建てられなかったけど、小さくてもいいから究極のシンプルでいきたいなと。小泉さんの家の影響も大きかったです。まずいろいろなモデルハウスや住宅を見て、大きさやイメージを把握して、そこから自分たちの理想を考えるのが良いのかなと思いました。
シンプルな暮らしとモノに囲まれた暮らし
- 娘
- 母も私も、もともとアンティークが好きで。
- 母
- 母屋には古いものがいろいろありますからね。
- 小泉さん
- 代々使われている品もあるんですか?
- 母
- それがねー、あるんですよ。
- 小泉さん
- それは見せていただかないと。
- 母
- ただ、そういうモノがいろいろあって母屋はもう物が溢れていますから、物が少ないシンプルなところで生活してみたい想いもあって、こちらの家はなるべく物を置かずにスッキリと暮らしたいと思いました。
- 小泉さん
- そうですよね。全部を全部スッキリというのも疲れますからね。デザイナーも事務所ではスッキリとキレイに仕事しているけど、飲みに行くのは雑然とした居酒屋が心地良いという人は多いです。
- 母
- そう。そうなんですよ。人は二つの面を持っていると思うんですよ。シンプルも好きだけどモノに囲まれた暮らしも好き。そのどちらかをガマンして暮らしているんですよね。
- 小泉さん
- だから二つの価値観の家が隣同士であるのは、理想のライフスタイルですよね。僕がなぜ家の設計をやっているかというと……もともとは家具デザインをやっていたんですけどね、家具は性能やカタチで語られることが多く、一つの道具としてしか見られないことに不満がありまして、その家具が置かれる「生活」をデザインしたいと思ったことがきっかけなんです。
まず自分の生活で試してみようと中古のマンションを入手してリフォームしたんですが、とりあえず良いものはできたけど家族が使いにくいって言うんですよ。モノをしまうところがない、とか。それで思ったのはモノを隠す場所であるとか、気を使わなくても良い場所ってすごく大事なんだと分かるようになった。最近は、モノを見せながら隠すとか、見えているけど隠れているというか、がんばらなくても楽にスッキリした環境ができることも大切なのだと思うようになりました。
たぶんこちらの家だけで生活すると大変だと思いますが、隣に母屋があるということで快適な暮らしができているんだと思います。
ダイアログ3
「窓の家」は気持ちがいい
日常の住まいとは違う個性的な家
- 小泉さん
- ほかのハウスメーカーでも建て主が仕様をいろいろ選べる住宅がありますよね。
- 母、娘
- まあ、確かにありましたけどね。
- 小泉さん
- ……気に入らなかったんですね。
- 母
- 気に入らなかったというより、長年暮らした母屋の隣に建てるのだから、日常の住まいとは違う個性的な家を建てたかったんですよ。「遊びの家」ですからね。別荘みたいなものです。
- 小泉さん
- お母さんくらいの年齢の方だと、和室が欲しいとか、和風のイメージを求めるようになると思いがちですけど。
- 母
- いや、それは私にはまったくなかったんですよ。
- 小泉さん
- さきほどお母さんは「別荘みたい」って言ってましたが、それ面白いですね。
- 母
- 週末にカバンに衣類を詰めてよっこいしょと遊びに来る感じですよ。料理も面倒な下ごしらえは母屋で済ませて、こちらで鍋をIHクッキングヒーターに載せて仕上げだけ。あとはのんびりお風呂に入って、音楽を聴いて。ここにはテレビもないですからね。隣にある別荘みたいなものです。
- 小泉さん
- でも、こんな大きなキッチンが部屋の真ん中にドーンとあるのは、最初はびっくりしませんでしたか。
- 母
- 私たちは「木の家」のモデルハウスで同じキッチンを見ていましたからね。最初はサイズが合うか心配でしたけど。
- 小泉さん
- これは「木の家」のキッチンなんですか。
- 母
- 娘が「木の家」のキッチンを見てピンときたみたいですよ。
- 小泉さん
- どこが気に入ったんですか。
- 娘
- 限られた敷地で開放感のある部屋にするなら、シンクとカウンターの下が抜けているのが良いと思ったんですよ。それと、無印良品のステンレスの冷蔵庫を置きたかったので。
- 小泉さん
- なるほど。このハードな感じ。メタルの冷蔵庫が脇にあっても悪くないですよね。
尽きない「家の話」
- 母
- 他にもこちらでお願いした箇所はいろいろありまして、例えば階段の下の空間がもったいないから扉を付けて収納にしてもらったりとか。
- 娘
- キッチンの壁に小さなニッチをつくってもらい調味料を置くスペースにしたり。
- 小泉さん
- そういう要望も聞いてくれるんですね。
- 母、娘
- ありがたかったです。ホントに。
- 小泉さん
- この家は竣工からちょうど1年ですよね。寒い季節も暑い時期も経験されて、暮らし心地はいかがでしたか。
- 母
- どの季節も最高でした。暑い時期もこの家に入ると涼しかったです。それにとても静かですよね。
- 娘
- 外の音がほとんど気にならないですからね。外断熱工法で高気密に設計されていますから。
- 小泉さん
- なるほど。でも工費は高くなりそうですね。工費は比較されましたか?
- 娘
- はい。同規模の家でトータルに考えるとハウスメーカーや工務店よりはやや高めかなという印象ですが、建築家に頼むよりは安かったと思います。
- 小泉さん
- あのー、先程から気になっていたんですが、ここにあるミシンも古いものですよね。
- 母
- 100年前に造られたものだそうです。でも今でもちゃんと使えるんですよ。ミシン屋さんで調整してもらったとき、お店の方が欲しがっていましたが、いやー、これは差し上げられません、と。
- 小泉さん
- ミシンを台の中にしまうこともできるんですよね。
- 母
- そうですよー。やってみましょうか?
- 小泉さん
- あ、お母さん、お茶の後でいいですよ。ありがとうございます。
- 娘
- 家のことになると話が尽きないですね。
エピローグ(編集後記)
上質な暮らしのわけ
「家に会いに。」は暮らしに精通しているプロの方とお客様との対談形式で、今までの施工例とは少し違った視点で「無印良品の家」から生まれる「暮らし」そのものをご紹介していく新企画です。
Vol.1は、家具をはじめとして暮らしに関わるさまざまなプロダクトのデザインを手がけ、マルチな活躍をされている小泉誠さんにご登場いただきました。
そして、この企画が決まり取材先として頭に浮かんだのが、京都のIさんの「窓の家」でした。以前、施工例として取材にお伺いしたとき、取材という事を忘れそうになるぐらい居心地が良く、その印象が強く残っていました。
今回の取材では、新築された「窓の家」だけでなく隣に建つ母屋も拝見させていただくことができました。
この母屋がとにかく素敵だったのはダイアログ1をご覧いただけるとわかると思いますが、この母屋と「窓の家」の二つの建物が一体となってIさんのライフスタイルを形成しているということが大きなポイントです。
小泉さんも、母屋に何気なく置かれた木の椅子を見て「これは教会用の椅子ですよね。こんな形のものはちょっと珍しいですよ」とか、「こんなシンプルなデザインのものはなかなかないですね」とキッチンに置かれた鉄製のレードルが気になったりと、興味津々であちこちを見ておられました。
また、家のそこここに見ることができる、手作りの逸品たちはそのエピソードも含めて素敵なものばかり。
娘さんが海外で見つけてきたテキスタイルを、お母様がフロアマットやテーブルクロスに仕上げる。
イギリスで買ってきたアンティークの型紙を使って、お母様がワンピースをつくる。
工事中職人さんが使っていた組み立て式の作業台を白く塗ってオリジナルのミシン用のワークテーブルにする。
仲の良い母娘の絆から生まれる、丁寧に作り上げられたオンリーワンの「お気に入り」たちは、既製品ではない暮らす人の「手」が加えられたあたたかみのあるものばかり。
またこれらをつくるだけでなく、日々の暮らしの中で実際に使って楽しんでいるところがまた良いところですね。
物質的な豊かさではなく、時間をかけてじっくりと選ばれたお気に入りのモノたちに囲まれて、日常と少しだけの非日常を楽しむ。
Iさんの家に会いに行ってつくづく感じました。本当に豊かで上質な暮らしとはこういうことなんだろうと。
小泉さんも「良い暮らしをされているということがとてもよくわかりますね」とおっしゃっていました。
取材中、Iさんお手製のおいしいお料理をいただいてすっかり満足してしまい、危うく今回もまた仕事であることを忘れそうになりました(笑)。Iさん本当にありがとうございました。
最後に記念として小泉さんからIさんへ小泉さんデザインの箸置きをプレゼントしていただくというサプライズも。
取材を終えて「窓の家」の「暮らしの器」としての懐の深さを改めて感じました。
次回は佐賀県の「木の家」に会いにいく予定です。今度はどんな暮らしに出会うことができるのでしょうか。
お楽しみに。(E.K)
「無印良品の家」に寄せて | 家具デザイナー 小泉 誠さん
「窓の家」を訪ねて
僕が「家」を見る時は、普通の生活者としての視点よりも、どうしてもデザイナーとしての見方が先行してしまいます。往々にして欠点が先に気になるのですが、今回、実際に建てられた「窓の家」を初めて見て、むしろ潔さに感心することも多かったように思います。「窓の家」という名前だけあって、特に窓の考え方と収め方には共感できました。
ですから、僕が「窓の家」で暮らすならというよりも、「窓の家」の窓を住宅に使うなら、という目で見てしまいますね。
建築を考える時に、僕が窓に求めるものは光が漏れ、風が通り、気配が伝わってくる「開口」で、そこにガラスがあるかないかは機能的な問題でしかありません。「窓の家」はそれと同じ考え方で、窓を建築に開けられた四角い穴と捉え、暮らしの道具としての窓に求められる機能や性能は、できるだけ目立たないようにうまく収められています。
家は人が暮らすための道具であり、私たちはその道具に入り、包まれて暮らしています。道具としての洋服が大きくなったイメージに近いかもしれません。道具は機能しなければなりませんし、同時に暮らしの背景としての大らかさも必要です。また、生活者が自ら関与できる余地が多いことも大切です。家の中で感じられる情報量や目に入るモノの量を、これくらいがちょうど良いと思うバランスで止める加減が設計者には求められると考えています。過剰な引き算でただの白い箱にするのではなく、必要なものを加えていく足し算の加減です。
「窓の家」はこうした「暮らしの背景」としてのバランスがなかなか良いと思いました。先に挙げた窓もそうですが、ドアノブやメーターカバーなど一つ一つのパーツの質が高く、しかし主張を抑えた佇まいで、つくり手が丁寧に選んでいることが伝わってきます。おそらく、建築家やデザイナーの中には、「窓の家」で使われているパーツを自分の設計で使ってみたいと思う人も現れるのではないでしょうか。こうしたパーツの意匠や収まりから感じられる「無印良品の家」の意識の高さには感心しました。[2010.3]