団地のもったいない場所どないする?−全国の団地共用部にかくれた“おもろい場所”(前編)

MUJI×UR団地レポート | 2026.3.6

※このレポートは、2026年1月18日(日)に無印良品 グランフロント大阪で行われたトークイベントの模様を採録しています。

Part1:登壇者ご挨拶

松本
本日は、『MUJI×UR 団地まるごとリノベーションプロジェクト』のトークイベント、『団地のもったいない場所をどないする?』にお集まりいただき、誠にありがとうございます。

本日、進行を担当するMUJI HOUSEの松本と申します。この後、自己紹介を行いますが、スペシャルゲストのけんちんさんに来ていただいています。
けんちんさんのお知り合いの方はいらっしゃいますか?たくさんいらっしゃいますね。ありがとうございます。

本日のトークイベントでは、けんちんさんから全国のおもしろい団地の共用部のお話をさせていただき、その後に無印良品とURさんで行っている『MUJI×UR 団地まるごとリノベーションプロジェクト』として、西日本で共用部のリノベーションを行っていますので、そちらの紹介もしたいと思います。

最後に、少し未来のお話ということで、団地の共用部を今後どうしていけば面白くなるか、について皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

けんちん
よろしくお願いします。けんちんと申します。本日は、お呼びいただきまして、ありがとうございます。まず僕の自己紹介をさせていただきます。

 

僕がなぜ団地と出会ったかですが、団体職員として働いています。そこの団体の社宅に入っていたのですが、引っ越そうと考えた時、敷金や礼金などの制度がよく分からなくて不安が多く、不動産屋さんに行くことがちょっと怖かったんです。

当時は、URではなくまだ公団住宅だったのですが、『公団は国がやっているから大丈夫だろう』と思って案内所に説明を聞きに行ったら、すごい複雑な仕組みでした。ちょうど抽選から先着順に変わった時だったので、『どれでも入れますけど、入れないんです』っていう分からない日本語を言われるところからスタートしました笑
もしかしてこれは面白いんじゃないかと思い、自分で考えられる中で一番レアな団地に引っ越ししました。心斎橋から徒歩10分ぐらいのところだったのですが、住民さんの半数以上が昭和37年から住んでますみたいな感じで、すごい特殊な世界でした。公団についていろいろ調べていったら、すごい歴史があり、日本のマンションや高層住宅を引っ張ってきた団体だっていうことが分かって、それからさらに調べるようになって、団地が好きになったのがきっかけです。
その後は、「団地愛好家」として、いろいろな団地を調べたり、団地にみんなで遊びに行ったり、面白いところを語り合ったりするという活動をしてきました。

資料に急に「ぞうのマーク」のハンバーガー屋さんが出てくるのですが、団地愛好家として活動して10年ぐらい経って、20人ぐらい集まって団地の話をするところまでは愛好家を増やせたんですが、そこからの広がりが厳しくなりました。大阪って20人の壁を超えるのがすごく難しいんです。20人程度集まったら居心地がよくなって、そこから広げる力が弱まるんです。

僕の力が足りないからダメなのかと考え、別の趣味を一回やろうと思いました。それで団地を研究しながらハンバーガー屋さんを調べました。当時は全国で69店舗展開していました。何が面白かったかというと、チェーン店では同じメニューを提供するのが当たり前ですが、本社直営店なのに店ごとに提供するメニューが違う状態になっていたこと。そういったことを調べSNSに投稿すると、拡散されていきました。それで気づいたことは、僕の力がなかったのではなく、団地という対象が難しすぎるっていうことの気づきに繋がりました。

その次に調べたのが電気風呂です。銭湯の中に設置されている設備で個人的にはすごく好きだったので。日本における電気風呂の成り立ちを調べてみたら、全然資料などがないことに気づき、銭湯の大将への聞き込みや国会図書館や各地の図書館で文献を調べました。
電気風呂装置が日本に入ってきたのは明治時代。ドイツから入ってきた医療機械が源流です。銭湯に設置されるまでの経緯が面白く、いろいろ情報を発信していたら、最終的にテレビ番組に取り上げていただけるところまで持っていくことができました。

ただ、僕のメインは何かと言われたら、団地と思って取り組んでいます。ハンバーガー屋さんも電気風呂も歴史を辿って行くと実は団地と関係あります。

ハンバーガー屋さんはスーパーマーケットが源流にあり、そのスーパーマーケットが広がった背景には団地族が繋がっています。

電気風呂は、お風呂が家庭になかったので、銭湯には特別な設備が必要なく、人が来たら儲かる商売だったところに、団地ができて家庭にお風呂が入ってきた。そうなると、家にない設備がないと銭湯に来てくれないとなり、関西では電気風呂が普及していったのですが、関東にはなかったんです。ただ、団地が普及したことによりお風呂にエンタメ性がなくなったらダメだということで広がったのが電気風呂です。昭和40年代後半から関東や全国に広がっていったという歴史を考えると、ここも実は団地に関係あるということで、「全ての道は団地に通ずる」ということで活動しています。

松本
ハンバーガー屋さんと電気風呂の話が大好きです。今日も正装の団地がデザインされたのTシャツで来ていただきありがとうございます。では、橋本さんお願いします。

橋本
みなさまこんにちは。今日はイベントにお越しいただきありがとうございます。UR都市機構の橋本です。よろしくお願いします。

けんちんさんほど、エンタメ性のある自己紹介にならなくて恐縮ですが、10年間他の会社で社会人経験を経て、UR都市機構に入社しました。
関西圏の兵庫、京都、奈良でUR賃貸住宅の経営管理に携わり、2025年から大阪エリアにおいて、『MUJI×UR 団地まるごとリノベーション』を担当しています。

私の団地のなれそめですが、武庫川団地をご存知の方どのくらいいらっしゃいますか?ありがとうございます。ご存知の方がいらっしゃいますね。
兵庫県西宮市にある団地で、関西の中でもトップクラスの大規模団地です。約6,500戸の団地で、こどもの頃友達が住んでいて、よく遊びに行っていました。その時は、ただの団地だと思っていたのですが、URに転職してURの団地だったと後から知りました。

次に落合団地と資料にあるのですが、転職当時に担当した、MUJI×URでリノベーションを行った神戸市須磨区の団地のことで、MUJI×URでも初期のプランです。
進行担当の松本さんもMUJI HOUSEに入社されてすぐ担当されたプランで、約10年ぶりに再会のご挨拶をした第一声は「お互い老けましたね」でした笑

同じく落合団地で次に担当した、住まれる方が軽微なDIYをすることができる「ペイントプラン」というお部屋になるのですが、こちらの写真に映っているのが今日一緒に登壇している見通さんです。MUJI HOUSEに入社される前に出会い、お仕事を一緒にさせていただきました。

ご紹介しました、住宅のハード工事だけでなく、ソフトの部分のコミュニティ形成のお仕事も担当しており、先程お話しした落合団地やその地域の魅力を発信するウェブサイト『オチアイグラシ』の企画編集にも携わっていました。
地域のお店やお住まいの方を取材して記事を作ったりしました。団地内のコミュニティ喫茶や夏祭りなどの活動のお手伝いをしたりと、URの関西圏で色々なお仕事をしてきました。今日はどうぞよろしくお願いいたします。

見通
MUJI HOUSEの見通と申します。今日はよろしくお願いします。
元々神戸生まれで、今は東京のMUJI HOUSEで働きながら、千葉県の花見川団地に住んでいます。進行の松本さんと一緒に、URさんの団地のお仕事をメインで行っています。
主に団地のコミュニティ形成業務をしています。団地にお住まいの方や近隣の方と一緒にイベントを考えたり、この団地をどうやって面白くしていくかを考えたりしています。

実際に花見川団地に住んで3年くらいになりますが、団地の中に商店街があり、そこに「ミトーリ工房」という工房を構えて、ものづくりができる場所にしています。
商店街に住みながら地域の方たちとどうしたら団地が良くなるのかをいろいろ考えたり、イベントの企画・運営をしています。

現在はコミュニティ形成業務をメインとしていますが、元々無印良品のリノベーションで現場監督の仕事をしていたので、DIYなどものづくりが得意です。

松本
先に少し紹介をさせていただきましたが、私も橋本さんと同じ転職組で、設計事務所で働いていていました。2014年にMUJI HOUSEへ入社をして、それからずっとMUJI×URの団地住戸のリノベーションの設計を担当しています。九州から北海道まで、全国70団地以上設計をしてきたのですが、今回のトークイベントの会場になっている無印良品 グランフロント大阪の店舗内には、MUJI×URのモデルルームがあります。こちらは、全国でここにしかないものになっていますので、ぜひ今日のイベントの後にゆっくり見てもらえたらなと思います。

元々僕は団地と関わりがなかったのですが、結婚して家を探さなくてはいけない時に団地と初めて出会いました。そこから団地にハマってしまい、団地に住んでいる人を特集した本にも載せていただき、それがきっかけとなりMUJI HOUSEへ入社して、そこからずっと団地のお仕事をさせていただいています。

最近ではMUJI×URで「団地まるごとリノベーション」という新しいプロジェクトで、共用部のリノベーションも行っていますので、そちらの話も今日できたらと思っています。

Part2:MUJI×UR 団地まるごとリノベーションとは?

松本
まず、MUJI×URの説明を簡単にさせていただきます。今日ご参加いただいた方で、MUJI×URのプロジェクトをご存知の方はいらっしゃいますか?あまり皆さん知らないですかね。

MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクトがスタートして13年目となります。MUJI HOUSEとURさんが2012年出会い、プロジェクトのスタートにあたり、アンケートを取りながら、団地との関わりや団地に対してどのようなことを期待しているのかなど調べました。

その中で一番多かったのが、団地のお部屋の間取りを自由にできるといいというご意見でした。

賃貸の住戸は、自分の暮らしをお部屋に合わせて住むのが一般的ですが、そうではなく、賃貸であっても自分の暮らしに合うように、住みながらカスタマイズできる賃貸住宅ができたらどうだろうという発想が生まれました。新しい賃貸の暮らしの形をつくることができる可能性を感じ、MUJI HOUSEとしても、ぜひやってみたいというところもありました。当時URさんでは、団地の高齢化や空き部屋の問題が深刻で、そういった意味でもお互いやってみましょうとMUJI×UR団地リノベーションプロジェクトがスタートしました。

団地の魅力はたくさんありますが、築 40・50年経っている団地が多く、古いことが悪いということではなく、古いことが魅力だと考えるところからスタートしました。
団地は日当たりや風通しが非常に良いので、お部屋の間仕切りを少なくして、南北に風が通るような間取りにしていこうと考えました。 また、URさんは約70万戸の賃貸住宅を管理している日本一の大家さんなのですが、そちらもMUJI HOUSEにとっては非常に魅力で、新しい暮らしのスタンダードをよりたくさんつくることができると思いました。

まず、お部屋のプランを考えるにあたり「こわしすぎず、つくりこみすぎない」ようにしています。古い部分を活かして元々ある団地の魅力を活かしつつ、水廻りのキッチンやお風呂など変えていくべきところはしっかり変えています。

変えるべきところは手を加えながらも団地の魅力はしっかり活かしていく。「生かす」「変える」「自由にできる」という3つのコンセプトをつくり、住戸の設計に活かしています。現在、全国で78団地、70プラン展開をしていて、約1,400戸以上のリノベーション住戸を提供しています。

10年以上このプロジェクトを続けてきたのですが、これまでの経験も踏まえ、住戸だけではなくて共用部のリノベーションもしてみようと、共用部まで範囲を拡大したリノベーションプロジェクトもスタートしています。

Part2:面白い団地共用部

けんちん
MUJI×URの「こわしすぎず、つくりこみすぎない」というコンセプトいいですね。
松本さんから説明いただきました、団地まるごとリノベーションのお話がありましたが、URの団地もいろいろ種類があります。URさんは元々「日本住宅公団」として昭和30年からの長い歴史があるのですが、その歴史の中で試行錯誤をたくさんされています。しかし、その中でスタンダードになっていくものは少ないです。

先ほど松本さんから説明いただいた、MUJI×URのプロジェクトは10年以上続いているため、スタンダードになっているものとなるのですが、実はそれ以外にもたくさんリノベーションは行われているのですが、スタンダードにならなかったものにも、実はすごく面白いものが多いです。ここからは全国の共用部の話をさせていただきたいと思います。

松本
そもそも団地の共用部とは何を指すのかを分かりやすくマトリックスで表現してみました。下にあるのが日常的に利用しているもので、上にあるのが非日常的なものになるかと思っています。

右側は、設備として基本的に団地にあるもので、左側は、プラスアルファとして団地にあったりなかったりするものとして表現しています。
右下にあるのは住棟として必要なエントランス、廊下、階段となっていて、さらに公園の遊具やベンチも基本的には共用部として存在しています。左上には、後でお話しをする予定のEラウンジ・スタジオ・プールもURさんの団地には結構あったりするのでそういったところにつながっていくのかなと思います。

右上には、URさんの団地は敷地が本当に広くて豊かなので、たくさん広場があります。集会所も基本的にはどの団地にもあるものと思っています。
左下には、壁画やオブジェなどアート的なものや、なかなか見かけない特殊な遊具があったりします。こういったものが全国の団地にあるのではないかとまとめてみました。

けんちん
一つ補足すると、頭の中にある団地って実は、今日参加された方全員違うんですよね。団地っていう言葉はすごく難しいんです。
例えば大阪は、UR賃貸住宅、府営住宅、大阪府や大阪市の公社住宅、それから各市町村の市営住宅、社宅や民間のものなど、建物が複数あったら団地になると考えています。
また、団地という言葉の意味が、集積したものが揃ったら「団地」となります。先ほどからお話ししている「住宅」は、同じような建物が複数になったら「住宅団地」とういう考え方になりますし、工場が複数集まっているところがあったら「工業団地」、繊維工場がいっぱいあったら「繊維団地」になります。

今日お話しするのはUR賃貸住宅の団地の共用部についてとなりますので、事前の知識ということでお伝えしました。

 

いきなりですが、ゲタバキ団地の意匠遊具を紹介したいと思います。まずゲタバキ団地っていきなり出てきて何やねんという話だと思うんですが、皆さんの中で5階建ての団地がたくさん郊外にあると想像されている方もいらっしゃると思うのですが、実は日本住宅公団は郊外の大団地だけではなく、市内の都心部にも団地をつくっていたんです。

昭和30年代にたくさんつくられたのですが、当時のその時点で大阪市内の土地はすでに建物が建てられていたので、団地を建てる土地があまりない状況でした。じゃあどうやって団地をつくるのかというと、平屋や工場で広い土地を持っている方に、『ビルを作ってあげる代わりに、空中をください』という形で交渉するんですね。そうすると、3階までのビルがその地権者の方のビルで、4階から10階までがURさん、当時は日本住宅公団の住宅となるので、下と上で所有者が異なるため、下駄を履いている例えでゲタバキ住宅、ということでゲタバキ団地と呼ばれています。

写真のゲタバキ団地には中庭があり、その中庭にこちらの遊具が置かれていました。これ両方とも3階や4階なんです。気合を入れて作った遊具が共用部にありました。

松本
これは、今もあるんですか?

けんちん
ゲタバキ団地は最終的に地権者の人に戻すという考え方で作られたので、両方とも管理主体がURさんではなくなり、右側の天神橋の方はもう建物ありません。瓦屋町は建物あるのですが、遊具は10年ぐらい前に解体されてもうなくなっています。

けんちん
ゲタバキ団地はその場所だけの一点ものがすごく多いんです。
一番左端は京都にある西陣織会館の上にある西陣市街地住宅にあるのですが、そこには入ったらエレベータータワーのところに「手まり」が描かれていて京都らしい雰囲気を表現しています。

吹田市の江坂市街地住宅は、上に小さな公園があります。こちらは下にスーパーがあり、その送風口の丸いところをアシカに見立てたタイルが貼られていたりと、遊び心が詰まっていてすごくかわいらしいです。

同じく大阪の西上汐市街地住宅は、廊下の端のところに遊びのようにちょっと曲げたお花のようなものがたくさんつくっています。共有部を探すとかわいいポイントがたくさん見つけられます。

これ、僕めちゃくちゃ好きなんですが、埼玉の所沢パークタウン駅前通り団地にある、吹き抜けにすべり台をつけて、上から下に降りられるようになっています。今は危ないということで閉鎖されて撤去されずに残っているものなります。こういったところは、当時のこどもたちはすごく楽しかったんじゃないかなと思います。

松本
避難にも有効な滑り台なんですかね?

けんちん
そんな感じではなかったですね。完全に遊びでした。

けんちん
すべり台を有効活用している例を紹介します。大阪市阿倍野区のサンヴァリエ西田辺団地にあるすべり台なのですが、こちらは2階部分から一気に下まで降りられるすべり台となっています。これは地形も活かして、共用部としてこどもが大喜びなすべり台ではないかなと。西田辺団地を建て替えた時にこういった形になり、団地形状を活かしてこのようにしています。

遊具に窪んだところを活かしているものは昔からあり、こういった『人研ぎ』と呼ばれる人造石の研ぎ出しの滑り台を築40・50年代の古い団地でもこのように使われているところもあります。

けんちん
次は空中公園を紹介したいと思います。こちら大阪・千里竹見台団地の共用部の中央にあるのですが、4階や7階10階に洗濯の物干し場と組み合わせたようなところにこどもが遊べる場所が実は隠れた公園のようにありました。
住んでいる人しか分からないけれど、こどもたちがここで集まって遊べる場所になっています。共用部としてはすごく美しい形なのかなと思ったりするのですが、橋本さんどうですかこれ?

橋本
最近あまりこういうものを見ないのですが、こどもからするとデパートの屋上遊園地みたいな感じで、すごく楽しんでもらえるだろうと思います。安全性を重視しなくてはいけないところも出てくるので、だんだんなくなっていっているものになります。

松本
先日、けんちんさんと「芦屋浜団地」へ行った時も、空中公園の看板だけ残っていて、何にもないので、「空中公園って何?」となりました。

けんちん
もともと遊具があったのかな?こういうオブジェも、共用部の面白いものと同じく当時の作られた方の発案で看板とかも作られているんだと思います。

ただ、そういったものはなくなってしまいますよということで、一番初めに紹介した意匠遊具も「瓦屋町市街地住宅」ではこんな感じです。
何かがあった跡はあるのですが、元々すべり台がありました。愛好家的に言ったら「逆になんでこれがあったんや」って思うポイントではあります笑。

左側の「シティコート下新庄」では、先ほど紹介をしたサンヴァリエ西田辺と同じように、自転車置き場となっています。置き場の上が緑地帯になっていて、左のところにすべり台がかかっている昔の資料を見つけたのですが、今行ったらなくなっていたので、ここは危なそうだなと思う場所ではあるので、撤去されてしまったのかなと思っています。共用部では、危険な遊具は全部悪だという話になり、なくなっていってしまっているのですが、逆にそれでいいのかなと思う部分もあったりします。管理をしている人にとってみれば危ないところではあるので、そういったところのさじ加減が難しいところだなと思います。

けんちん
ここからはちょっとツッコミ系になっていきます。オブジェを紹介します。資料には『意図を感じろ』と書いてあるのですが、逆に言ったら意図が分からないんです。
こちらは、富田林市の藤沢台第5団地にある、オブジェです。看板が横にあって「藤沢台第5団地」って書いてある横にこのかくれんぼをしているこどものオブジェがあるんですけど、こどもがいるようにしか見えないので、夜は絶対怖いです笑

ちょっと先へ進むと、ハトが乗っている女の子のオブジェがベンチの上にあり、こういったものが続きます。どういった意図で採用されたのかとか、面白いので気になりますが、多分URさんの中でも知っている人がいないと思うのと、当時の担当者が勢いでやったのかなと思っています。URさんの団地はこういった共用部を豊かなにしようと遊びの部分がとても多いと感じています。遊びの部分があることはすごいことですし、しかも管理の対象にも入っているので、そういたところが面白いなと思っています。

松本
オブジェですが、「だるまさんがころんだ」的なやつですかね?

けんちん
そうなんです。でも、ここにダルマさんが転んだをしているオブジェを設置する意味が分からないですよね。これ以外にも、ハトが乗っている女の子のオブジェもあったり、何個かあるんですよ。たぶんストーリーがあるのではないかなとは思うんですけどね。

こちらは、堺市の中百舌鳥公園団地にあるオブジェなのですが、資料の中央のやぐらのようなものなのですが、これは昔から団地愛好家の中で物議をかもしているものとなっています。作品の名前も『雷の一升桝』とちゃんとついるのですが、雷の一升桝がここに置いてある意味が分からないっていう。

中百舌鳥公園団地は遊具もかなりぶっ飛んでいるものが多くて、資料右側のものは別に登れるわけではないのにクラゲみたいなものがいっぱい乗っていて、お城みたいになっています。当時設計された方の頭の中を表現したものなのではないかと思っています。

昭和40年代後半になるので、この時代はできることが限られていたと思っていて、間取りもほぼ同じタイプしかを展開することしかできなかったので、共有部で遊ぼうと思ったら遊具ぐらいしか残されてないので、想いを全部ぶつけたのがこれなのかなと思っています。これも変な話、共用部という遊べる場所があったから50年経っても存在できているということが面白いところになるのかなと思っています。

橋本
『雷の一升桝』ですが、こちらは昔から団地の取材を受けた時に聞かれることがあります。私もベテランの職員に『雷の一升桝』について質問したのですが、結局分からずじまいです。その中でもまだ有力なものとして、ネーミングは『雷さま』って言っているぐらいなので、雷さまは多分大きいだろうっていうので、お酒飲む桝、それが一合じゃなくて一升桝。ちょうど写真で上のほうが網になっているところが正方形の形で、桝にも見えなくもないのかなと。あまりないとは思うのですが、広場なので、そこに雷が落ちた時の避雷針にもなるイメージもあったのかな?とUR職員も色々と想像していますので、みなさんも感じてもらえたらと思います笑

横の構造物についても、こちらもデザイン性のある屋根というか「あずまや」と言われる、柱と屋根でできている構造物です。けんちんさんにおっしゃっていただいたような、UR団地の広い共用部だからこそ、こういう面白いことも色々できるんだという事例の一つかなと思っています。

けんちん
長年こういうものを見つけて聞いても答えがないので、そこから想像が始められるというところが僕は面白いなと思っているので、これは特にそういったものになるのかなと思います。なので、個人的にはここリノベしてほしくないです。

松本
実は、西日本で最初に団地まるごとリノベーションする時の候補地でした笑

橋本
ちゃんと色を塗って更新していますので、引き継がれていくと思います。

けんちん
『雷の一升桝』の上にボールがたくさん乗っているんですよ。こどもたちがきっと玉入れのようにボールを高く投げてみたけど取れなくなってしまったのかなと笑。

けんちん
続きまして、共用部にあるタイルのアートを紹介します。タイルもすごくデザイン性のあるものがURさんの団地の中にあるのですが、注目してほしいのが左下や右下にサインがあるんです。団地建設当時の有名な方がデザインをされているのではないかなと思います。

この右側は、大阪の西長堀団地なのですが、有名な方のものでした。最終的に吉原治良さんというとても有名な方のサインが見つかりました。元々ここは集会所でこの前に卓球台が置かれていました。奥まったところにあったので、ちゃんとしたアートなのではないかと当時のパンフレットを探してみたら、吉原治良さんがデザインされたもので、しかも使用されている石は太平洋や大西洋など世界の海から集められてきたもので、ちゃんと意味があるものだったことがわかった事例です。実はこの中安井市街地住宅とか男山団地の壁画なども、共用部に面白い発掘があるのではないかと思っています。

こちらは逆に作家さんのものなどではないのですが、奈良県の平城第2団地です。平城第2団地は、平城京に近いので天女図のようなものがあるのですが、僕の面白いなと思うポイントとしては、ここはこどもたちのボールの壁打ち場になっていて、歴代のこどもたちがボールをぶつけることによって劣化して、よりそれっぽくなっているんです。そういった意味でも、貴重な遺産にだんだんなってきています。

けんちん
あとご紹介したいのが、住棟壁画です。住棟壁画は変な話、団地愛好家しか知らない世界になるのかなと思います。資料のスペースシャトルのものですが、これは全部違う団地のものなんです。一番端っこは京都の男山団地、中央は大阪の泉北竹城台一丁団地で、最後は千里の新千里東町団地のものなんですが、おそらくそれぞれ原画があって描かれたのではないかと思うのですが、現地の絵師によって若干変わって、違っているところがすごく面白いんですよ。

こちらが典型的なもので、それぞれ違う団地のものになります。団地愛好家から「風船うさぎ」と呼ばれている作品になるのですが、高槻の富田団地と京都の久御山団地の原画は絶対一緒なのですが、あまりに違う状態になっています。外壁修繕で上塗りする時に原画をそのままなぞるように指示がされていると思うのですが、なぞり方によってだんだん顔が変わってしまっているので、団地愛好家にこの写真を見せたら「富田団地のうさぎ」と一発でわかるんです。

こういう共用部にある住棟壁画は何のためにあるのかというと、必ず公園の前にあるんです。こどもたちが、うさぎの前の公園などと場所がわかるように作ったのではないかと思われます。住棟壁画もURさんも明確な答えはわからないとのことでしたので、自分で調べてみたところ昭和50年代後半の当時の住宅都市整備公団の社内報に、「住棟壁画始めます」というような記事を見つけ、そこにはこどもたちが分かりやすいようにと記載されていました。住棟壁画もそういった理由があるので、実施できたのだろうなと思いました。
ただ、その記事に記載されていた住棟はこういった5階建てのものではなく、高層の団地のエレベーターホールでした。そこから住棟壁画へ広がったっていう経緯・歴史がわからないので、知りたいところではありますね。

 

橋本
住棟壁画の存在はもちろん知っていますが、描かれている理由は知りませんでした。昔はキャラクターが描かれた服などをお子さんがよく着ていましたが、今は見かけなくなってきていますし、外壁を塗り替えるタイミングで現代に合ったデザインに変えていっています。

松本
僕もいろいろな団地行くことが多く、住棟壁画をみることが多いので、法則を見出したいなと思い、調べていたのですが、けんちんさんのおっしゃる通り、公園の前に必ずあるので、こどもたちのために作られたものなんだろうなと思っていました。
MUJI×URで色彩計画を行うこともあるのですが、以前行った団地では公園の前の住棟にキリンの絵が書いてあって、その公園が「キリン公園」と呼ばれていました。そのキリンは何かしらの形で残したいというお話もいただき、壁画ではなくリーフレットやオブジェでまた新しく表現して、キリン公園という名前は残していくことも必要なんだと思ったりもしました。

けんちん
あとは、みんな大好きママ壁画です。髪型が違うんですけど、こどもは3人でなぜかパパがいないんです。住棟壁画マニアの方がいて、全国の団地の住棟壁画の種類は解明されています。ママ壁画は全国で5つか6つしかないのですが、見通さんがお住まいの花見川団地に関東唯一の「花見川のママ」があったのですが、今はなくなってしまいました。

けんちん
次はちょっと毛色が変わりまして、「ぼんてん」入れを紹介します。見通さんは「ぼんてん」ってご存知ですか?

見通
トイレが詰まってしまった時にあると便利なものですよね?

けんちん
ありがとうございます。「スッポン」って小学校の時とか呼ばれていたかなと。
URさんの団地には「流し用」と「トイレ用」と分かれて置かれているんです。これ実は関西の文化で、関東や中部地方の団地にはないんです。なぜ関西の団地にだけあるのかがずっと疑問です。新しい団地にも「ボンテン」の備えがあるので、あって当たり前でみんなが自由に使えるのはとても面白い共用部だなと思っています。

松本
「ぼんてん」はコミュニティのツールの一つなんですかね?

けんちん
「ぼんてん」が団地に備えてあることを知らない人のほうが多いと思います。新しい団地へ行った時にボンテンが入っている箱の中を覗いて見てみたのですが、新しいカバーがかったままだったので、一回も使われてなくて、お守りみたいになっている感じでした笑。

けんちん
続きまして、「Eラウンジ」を紹介したいと思います。大きい団地に行くと「Eラウンジ」という施設があり、不思議だなと思って調べてみたら、URさんのホームページにちゃんと説明がありましたので紹介します。

『いつでも気軽に立ち寄って談話や趣味など交流の場として高齢者の方々が優先的に無料で利用できるサービスです』

情報量が多いんですが、高齢者の方々が優先的ですが、誰でも無料で使えるスペースが「Eラウンジ」です。知っている人が全然いないので、もっと活用したらいいのにと思います。

橋本
「Eラウンジ」は全国で100箇所ぐらい団地の中にあります。関西でも20団地ぐらいはあります。集会所があるのに、なぜ「Eラウンジ」があるのかというと、集会所は個人で予約利用したり、少ない数人で使うことが多い場所です。最近のマンションだと、住民が自由に使用できるラウンジがあるのと同じような感じで、ふらっと訪れた時に新たな出会いが生まれるようにと、昭和62年ぐらいから設置し始めました。高齢者の方を中心として誰でも気兼ねなく訪れることができて、人と繋がりが持てる場所になれたらと、無償で自由に使えるようになっています。

見通
僕は花見川団地や横浜の港南台かもめ団地というところで活動しているのですが、そこでは先ほどけんちんさんからお話しいただきました「Eラウンジ」が住民の方に活用されています。

港南台かもめ団地で集会所のリノベーションを行った際に、集会所を使いたい人を募集し、新しくなった集会所がどのように変わったのか、今後の利用の方法などの説明会を行いました。リノベーションを行い1年ぐらい経つのですが、クラブ活動を行う方が増えてきました。読書会やヨガ、オンライン体操、俳句、料理教室などどんどん増えていきました。具体的な使い方を説明すると集会所でどのようなことができるのかイメージできるので、利用してくださる方が増えていくのかなと感じました。

けんちん
そのほかには、特別施設があります。左側がプレイグラウンドと言って、公団住宅、URさんの団地の中には専用のグラウンドがあります。今、公園行ってもボール遊びができなかったりしますが、ボール遊びしてもいいと書いてある専用のグラウンドがあります。
資料の右側は鳥かごで、団地の中で鳥を飼っていた鳥かごがあったりします。こういった施設があったりするのも、団地の共用部の面白いところかなと思います。

けんちん
最近はリニューアルする団地も増えてきています。僕が好きな大阪の鳥飼野々二丁目団地がリニューアルした時に、団地名が鳥飼野々なので鳥のモチーフがポイントとして住棟に付いていたり共通項があるので、「うちの団地」とアイデンティティが持てるのかなと思っているのと、団地名をローマ字にするだけで雰囲気が現代風っぽくなるところもいいなと思っています。

こちらは中百舌鳥公園団地なのですが、この団地も「百舌鳥」をモチーフにしたポイントがいろんなところに小さく展開されています。関西万博で会場の色々なところに「こみゃく」がいましたが、同じような感じでデザインが展開されているので、そういったものがあると団地個別のアイデンティティとしてそれぞれのキャラクターがどこかにいて、団地内を探して見つけることができたら面白いなと思いました。

松本
団地の共有部のリノベーションが色々なところで始まっていて、著名なデザイナーさんの手によってセンス良いものが完成していますよね。