vol.8 帰る家
「無印良品の家」で暮らしている方を訪ねて長野県佐久市へ。
編集者の亀井誠一さんが、モダン家具と暮らすAさんの「木の家」に会いに行きました。

家に会いに | 2022.11.18

2011年12月公開されたものを再編集しています

プロローグ

自然に依り、自然であること。

東京駅から長野新幹線「あさま」に乗って、軽井沢のひとつ先の佐久平へ向かった。「木の家」に住む人は、毎日この道程を2時間かけて会社まで通っているという。往復4時間かけて手に入れるものは、豊かな自然の恵みを享受する田舎暮らしの楽しみ?
さて、どんなこだわりを持ったライフスタイルなのだろうか。家をつくるときに考えるべきは、構造や内装、間取りや設備のことだけではない。その土地、その環境でどう暮らすかを今一度考え、これからの自分のライフスタイルをどう方向付けるかを見直すことが大切だ。
そこで肝心なのは、無理をしないこと。自分に正直に、好きなことを整理して、目指す方向をはっきりさせた、バランスのとれた生活スタイルこそが、本当に持続可能な自然な暮らし方なのだと思う。浅間山を望む土地で「木の家」に暮らす人。まるで都会のデザインマンションのようなインテリアと暮らし方は、想像していた「田舎暮らし」とはまったく違っていた。話しをお聞きするうちに、彼にとって無理のない、本当に自然なスタイルがこれなのだ、ということが分かった。
モノリスのようなデザインのテレビに合わせて開口位置にこだわったという小さな窓から、悠然たる浅間山がチラと顔をのぞかせていた。

亀井誠一|かめいせいいち
雑誌『カーサ ブルータス』編集長
1989年マガジンハウス入社。広告部、ブルータス編集部、
ギンザ編集部、カーサ ブルータス編集部を経て現職。

ダイアログ1

だから、ここに建てました

「木の家」
A邸|長野県、2010年6月竣工
延べ床面積: 127.52m²(38.57坪)
家族構成: ご主人・母

亀井誠一さんが会いにいった家

お母さまが一人で暮らす実家を「木の家」で建て替え、東京から、生まれ育った街に帰ってきたAさん。
彼方に浅間山の姿を望むことができる、自然豊かな環境。長野新幹線の佐久平駅から家まではスクーターで約5分。
Aさんは新幹線で、毎日、東京のオフィスに通勤しています。通勤時間はドアツードアで2時間です。

Aさんの住まいで目にとまるのは、世界の名デザイナーたちが手掛けたコンテンポラリー家具や照明器具、それに20世紀の名作椅子が並ぶ、スマートなインテリア。メインの家具は新居の完成と同時に納入されたものでした。
内側の都会的な暮らしと、外側の和やかで牧歌的な風景。このバランスの良さに、新しいライフスタイルが感じられます。

「ああ、スゴい家具ですね」
「今日はよろしくお願いします」

亀井さん
東京で働いて郊外で暮らすライフスタイル。郊外での暮らしは
都会とのコントラストで、往々にしてナチュラルな雰囲気になりそうですが、Aさんは東京の暮らしをそのままインテリアに反映させている感じがします。中途半端にならず、自分が暮らしたいスタイルにブレがない方なのかな。

景色は変わっても暮らし方は同じ

亀井さん
もともとは東京に住んでいたんですよね。
Aさん
そうです。高校までこの街で暮らして、大学からはずっと都内に住んでました。今も職場は東京ですよ。この家は実家の建替えで、母親が一人で心配なので、一緒に暮らすことにしたんです。
亀井さん
東京では集合住宅で暮らしていたんですよね。
Aさん
はい。2階の赤いソファはその頃から使っていたものです。オーディオ機器やスピーカーも同じですね。
亀井さん
イームズの椅子もありますが、モダンなデザインの家具が好きなんですね。
Aさん
ええ。以前からインテリアショップを見て回るのも好きでしたから。

亀井さん
東京でしばらく暮らしてから地元に戻り、生活スタイルに変化はありました?
Aさん
う~ん、田舎の景色を見て、ほっとするかなと思ったけど、やっぱり東京の暮らしに馴れていたのか、週末も東京に出ちゃいますね。新幹線の通勤定期があるんで。長野ライフをエンジョイできていないのが現状ですね(笑)。
亀井さん
インテリアだけ見ると、都心のおしゃれなロフトで生活している方の暮らしに見えますよね。まわりに自然が多いと、インテリアやファッションもナチュラル志向になっていく人って多いと思うんですが、東京で生活していた頃と暮らしの感覚がぶれていないですよね。環境は変わっても、自分の住環境に対する考え方は変わらないというのは興味深いです。
Aさん
最初の頃は、地元に家を建てたら菜園つくって、農作業でもやろうかと思ったり、建てる前はいろいろと夢が膨らんでいたけど、完成したら満足しちゃったのかもしれないです。

テレビからスタートしたインテリア

亀井さん
これはぼくの想像ですが、この理想のインテリアを実現させるために、Aさんがいろいろ探した結果、「木の家」に辿り着いたという感じなのかな、と。インテリアからスタートさせた家づくりだったのかなと思いました。
Aさん
実際にはそこまでインテリアにこだわりはなくて、以前、有楽町の「無印良品」の店内に「木の家」のモデルハウスがありましたが、それがずっと気になっていて、もし建てるなら「木の家」にしようと、自分の中ではずいぶん前から決めていたんですよ。
亀井さん
なぜ「木の家」が良いと思ったんですか。
Aさん
大きな空間がつくれるところです。広々とした空間、吹き抜けと大きな開口部。それがとても魅力的でした。インテリアは、「木の家」を建てるなら、こんな家具がいい、とかこんな空間にしたいとか、考えた結果ですかね。

亀井さん
その時にインテリアに関しては、どんなことを考えました?
Aさん
リビングはテレビを主役にしたかったので、モニタとスピーカーシステムを左右対称に置ける空間にすることですね。置く場所は最初から決めていました。
亀井さん
内装の仕上げを決めるよりテレビが先だったんですね。
Aさん
そうです。でも、実際は並行して決めたところも多いですね。床は、海外の建築写真集で、白壁に黒い床のインテリアの写真を見て、それが気に入ってこの濃い色にしたんですよ。家具や調度は全体的になるべく質感と色を統一するように選びましたね。テレビのボードはモニタのデザインに合わせてガラス天板を選んでいます。もうひとまわり大きな画面のテレビにしようと考えたけど、後ろの窓とのバランスが悪いのでやめました。あとは、モニタやテレビボードに合わせて1階は黒を基調に考えました。
亀井さん
いろいろと計算された理系のインテリアですね。照明器具の配置も、遊び感覚を取り入れてしっかり計算されてる。1階はモノトーンですが、2階にはあえて色を入れているわけですよね。
Aさん
あ、そうですね。
亀井さん
家を建てるのは資金計画が大変だと思うんですが、Aさんの家具を見るとかなり高額な商品を思い切って購入している。家を建てると、現実的には家具まで考える余裕がない人も多いと思うんですよ。
Aさんは最初から家具の予算も考えて、家づくりの計画をスタートしていたわけですよね。その家具が空間にパシッと決まっている。
Aさん
う~ん、確かに家が完成してこの家具を入れてから、新しい家具は買い足していませんから。最初にインテリアの全体像が決まっていたといえるかもしれない。でも、家を建ててすっからかんになっちゃいましたけどね(笑)。

ダイアログ2

理想のインテリアを実現するために

庭からインテリアを眺めてみる

亀井さん
庭もAさんが手入れしているんですか。
Aさん
ええ、自分で植えました。始めたのは今年の3月ですね。
亀井さん
ヤマボウシの隣はハナミズキですね。ヤマボウシの花は白ですが、ハナミズキも白?
Aさん
ええ。本当はピンクが良かったんですけどね。木の形が好きで植えたんですよ。
亀井さん
いろいろ考えながら植えているのがわかります。気持ちが通ったキレイな庭ですね。
Aさん
もっとシンプルにしたかったんですけど、植え過ぎちゃいました。

亀井さん
今日は暖かいですね。ウッドデッキにアウトドア用の寝椅子が一つあれば、ここで寝転がっていたい気分。気持ち良さそうだな(しみじみ)。
Aさん
そのうち外で飲みたいですね。お客さんが来たときとか。
亀井さん
あのヘラ・ヨンゲリウスのソファ、ここから見ると色も形も空間によく合ってますよね。いろんなカラーバリエーションがあるのに、あえて、この色と質感の組み合わせはかなりオシャレです。
Aさん
座り心地も良いですよ。大きくて集合住宅なら玄関から入らないかも。
亀井さん
Aさんは、もともとインテリアデザインや家具には興味があったんですよね。家を建てて、ますます詳しくなったんじゃないですか。
Aさん
そうですね。家を建てる前には、インテリア雑誌を何冊も購入しましたし、ショップにもよく足を運びましたが、家を建ててからは遠ざかってしまってますね。

1階全体を見渡してみると…

亀井さん
最近、カーサでは収納の特集もやってるんですけど、家を建てるときに収納スペースは意識しましたか?
Aさん
できるだけ大きな収納スペースを集中的につくって、そこに何でもかんでも放り込んじゃう感じです。電気温水器と貯湯タンクも、外に置くのではなく、収納スペースに組み込んでます。そのほうがエネルギー効率が良いと聞いたので。
亀井さん
部屋にはなるべくモノを置かない……。
Aさん
ええ、そう心がけています。
亀井さん
エアコンもないですよね。そういえばカーテンもない。
Aさん
暖房設備だけですね。蓄熱式の床暖房を入れてます。夏場は、高気密高断熱のおかげで閉め切っているほうが涼しいんですよ。昼間の外気温は東京と同じくらい暑いですから。ただ、夜は気温が下がるので、風を通して涼をとっています。日中はカーテンがなくても、この南側の軒が直射日光を遮ってくれますしね。快適ですよ。
亀井さん
お母様にカーテン付けてって言われなかったですか。
Aさん
ん~、特に希望はなかったかな。母親の意見はあまり聞かずに建てたけど、完成してから注文や文句はないです。母は和室へのこだわりがないことも分かっていたので、畳敷きの部屋もつくらなかった。外観については、体育館みたいだと言ってましたが。近所からはハイカラな家建てたねって言われました。
亀井さん
前のご実家はどんな家だったんですか。
Aさん
在来工法の2階建ての家でした。中はいくつかの部屋に仕切られていて、すごく寒かったです。窓も小さかった。だから新築を考えるときは「暖かさ」の優先順位は高かったです(笑)

ダイアログ3

家を建てて変わったこと、変わらなかったこと

以前と変ったのは通勤時間だけ、かも

亀井さん
やっぱり夜は静かなんでしょうね。
Aさん
それはもう。しーんとしてます。
亀井さん
毎日の起床時間は何時頃ですか?
Aさん
6時です。それで7時の新幹線で通勤です。
亀井さん
駅まではクルマですか?
Aさん
スクーターです。冬はスノボーの時の格好で行きますよ。会社もスーツじゃなくていいので。亀井さんは通勤時間、どれくらいなんですか?
亀井さん
私の家は湘南のほうなので、東銀座のオフィスまでは1時間20分くらい。
Aさん
遠距離なんですね。私もドアツードア2時間弱ですが許容範囲です。
亀井さん
でも新幹線は座れるからいいですよね。通勤時間は有効に使ってます?
Aさん
自分にとってはくつろぐ時間です。本読んだり、音楽を聴いたり。
亀井さん
以前は東京で暮らして、通勤時間が短い便利な生活だったと思うんですよ。でも、地元に家を建てて生活は一変したわけですが、この環境の変化をAさんは、どう受け止めているんでしょう。
Aさん
通勤は大変になりましたが、平日だけでなく、お休みの日にも都内に出ることが多いので、以前の生活とあまり変わりがない気がします。

亀井さん
お友だちはどんな感想を……?
Aさん
モデルルームみたいだって言います(笑)。ところで、亀井さんの湘南の家はどんな感じなのか気になりますね。
亀井さん
特別なデザインではないですよ。ツーバイシックスの枠組壁工法。親戚がカナダで木材の仕事をしていたので、そのツテでカナダの輸入住宅です。インテリアはナチュラルモダンを目指しています。北欧系とミッドセンチュリー系のミックスです。実際は建てたばかりの頃は家具まで手が回らなかった。当時は家具は使えればいいやって感じでした。
Aさん
なるほど。なんとなくわかります。

素材や質感を揃えて・・・

亀井さん
家は完成してから、こうすれば良かったとか、思うことありますよね。もし、もう一度、同じ条件で建てるとしたらと考えたりします?
Aさん
キッチンですね。キッチン手前にカウンターを作ったものの、現状使う機会があまりないので、カウンターをなくして、ステンレス製のもっとオープンなモデルにすれば良かったと思います。それくらいでしょうか。
亀井さん
カウンター、使い勝手が良さそうですね。ひょっとしてカウンターの脚はテレビボードやダイニングテーブルに合わせて、同じスイスの家具メーカーの部品を使ってるのかな。
Aさん
ホントはそうしたかったんですが、同じテイストの部品を探してもらって取り付けたんですよ。共通化できるものは素材や質感を揃えたかったので。テレビまわりもMacのPCがシルバーなので、スピーカーの色もそれに合わせたり、バラバラにならないように気をつけています。
亀井さん
そういわれると……。でも、それだけじゃなくて、トーンが整っている中で、ちょっとした遊びも利いてますよね。例えば、吉岡徳仁さんのランプがさりげなく置かれていたり。Aさんのインテリアは、いろんな情報を自分なりに解釈して、現実の暮らしに落とし込んでいる感じがしますね。
Aさん
家を建てる前は、できるだけ情報をインプットしようとしていました。もちろんカーサブルータスも愛読していたので、無意識のうちに影響されていると思います(笑)。
亀井さん
あ、どうもありがとうございます。うれしいですね。

エピローグ(編集後記)

「自然」と暮らす

「今回お伺いするお宅のオーナーは東京へ新幹線で通勤されているんですよ」。
そう事前に聞いていた私は、「住環境が大きく変わるということは、家に対する考え方や暮らし方への志向も変化するのだろうな」という先入観を持っていました。
しかし、実際にお話を伺ってみると、家に対する考えは肩肘張らない自然なものでした。

Aさんの「木の家」に広がるのは著名なデザイナーが手掛けた傑作家具が並ぶ、むしろ都会以上にスタイリッシュな空間。
その一方で、トップページの写真にあるようにバルコニーにはお母様が作られた干し柿が吊るされている。
一見、対照的な二つの風景ですが、実はこの家の暮らしのかたちを端的に表していると思います。

Aさんは思い描いていた、好きな家具たちに囲まれての暮らしをこの地で実現しながら、その土地でのこれまでの生活のかたちも上手く受け入れています。
自分の目指すライフスタイルが明確だったからこそ、住環境が変化しても志向は変わらなかったのでしょう。

ダイアログ1の最後に出てくる写真は、撮影の合間にカメラマンの長野陽一さんが車から撮った浅間山です。取材はちょうど紅葉真っ盛りの時期でした。

Aさんの「木の家」はこの素晴らしい環境に囲まれて、自然体で暮らすという、正に「自然」と暮らす家なのだなと、帰りの新幹線から望む浅間山を眺めながら改めて感じたのでした。(E.K)

「無印良品の家」に寄せて | 雑誌『カーサ ブルータス』編集長 亀井誠一さん

シンプルな家から暮らしを考える

ジョブズも好きになったかも!?
シンプルな家から暮らしを考える

「どんな家に住んでいるんですか?」とよく聞かれます。いつも「うーん、普通の家です」と答えるのですが、会話が続かずにちょっと気まずい雰囲気になったりすることがよくあります。(今回の取材では工法の話などで誤摩化してますね)

自分が関わっている雑誌には、最先端デザインの住宅や、ものすごくお洒落なインテリアの部屋が出ています。そんな雑誌をやっている人は、そんな感じの家に住んでいるのだろう…、という期待があるのでしょう。

子供の頃から「こんな家に住みたい、こんな部屋に住みたい」と空想しながら海外のインテリア雑誌や書籍を見るのが好きでした。11年間、家、インテリア、デザインに関わる雑誌に関わり、今でも世界中で出会ったとてもお洒落なインテリアや、最先端の建築を見たり、体験すると、とてもワクワクします。それは私にとって日常の最大の喜びと言ってもいいでしょう。

そういうわけで、情報過多が災いしているのか、いざ自分で家をつくる事になった時には、「普通でいいや」ということになってしまったのです。もちろん、予算と時間に余裕があれば違っていたかもしれませんが、「とりあえず」ということで。

あれだけ製品のデザインにこだわったアップルの故スティーブ・ジョブズが、自宅のインテリアにはまったく手をかけなかった。納得いかないデザインのものを家に置きたくない。若い頃は何も無い殺風景の部屋に住んでいた…。というようなことをよく読んだり聞いたりします。ガランとしたリビングで胡座をかき、瞑想している写真も有名ですね。もちろんビリオネアのジョブズと自分が同じとは言いませんが、分かる気がします。

住まいに対する考えと楽しみ方は人それぞれで、現代の日本ではますます、選択の幅も広がっています。中古マンションがいいのか、庭があったほうがいいのか、借家がいいのか、建てるのがいいのか、都心がいいのか、山の近くがいいのか…、などなど多様な価値観を実現できる環境になってきました。

そこで大切なのは「この先、自分がどんな暮らしをしていきたいか」ということ。家の間取りやデザインや設備も大切だけど、まずは自分のこれからの暮らしをじっくり考え、ブレないイメージをつくることだと思います。

その選択肢のひとつとして、無印良品の家のようなシンプルで手頃な価格の「普通の家」があるのはとても嬉しいこと。家を建てるだけではなく、これからの自分の「暮らし」のイメージが膨らみ、考える余裕が持てるのではないでしょうか。

1950年代のアメリカ西海岸で多く建てられた、誰にでも愛される安くてシンプルで機能的な住宅、アイクラーホームを見て育ったスティーブ・ジョブズは、後にアップルをスタートさせるときに、そのアイクラーホームをお手本としました。若いジョブズが無印良品の家のことを知ったら、きっと好きになっただろうな、と想像します。コンピュータ自体のデザインも大切ですが、コンピュータを使うことで、暮らしがどれだけ楽しくなるかが大切なのですから。[2012.2]