vol.7 光景の家
無印良品の家で暮らしている方を訪ねて大阪へ。
建築家の岡部憲明さんが、海と電車が見える「窓の家」に会いに行きました。

家に会いに | 2022.11.11

こちらは、2011年7月公開公開されたものを再編集しています

プロローグ

ル・コルビュジエと、同時代の二人の建築家。

工業化が進んだ西欧では、20世紀に入ると、王侯貴族に代わり、中産階級や労働者が社会の中心を担うようになりました。都市の新しい生活者のため、当時の近代建築家たちは、歴史的な装飾や様式に縛られた建築ではなく、合理的な空間の豊かさに価値を見出した「住宅」を模索し始めます。その中心人物が建築家ル・コルビュジエでした。
東京・上野公園内の「国立西洋美術館」は、ル・コルビュジエが日本で手掛けた唯一の建築です。プロジェクトには彼のパリのアトリエで働いた経験がある、3人の日本人建築家が協力していました。その一人、坂倉準三の事務所でデザインされ、1960年にグッドデザイン賞を受賞した「低座イス」を、Mさん家族は1階リビングで愛用しています。デザインを担当したのは長大作氏でした。
一方、岡部憲明さんは、パリの「ポンピドゥ・センター」のプロジェクトに参加していた頃、建築家シャルロット・ペリアンと出会います。ペリアンはル・コルビュジエとの恊働でも知られ、彼の建築のオリジナル家具やキッチンの多くは、ペリアンが担当していたことで知られています。

*写真の座椅子は辻村久信さんがデザインした「KAN」です。 無印良品では「KAN」、文中の「低座イス」のお取り扱いはありません。
*岡部さんが語るペリアンの話は、後日談としてこのサイト内で公開いたしますので、お楽しみに。

[今回会いにいったひと]
岡部憲明|おかべのりあき

建築家、神戸芸術工科大学教授。
1947年生まれ。早稲田大学工学部卒業。73年フランス政府給費研修生として渡仏。「ポンピドゥ・センター」設計チームを経て、建築家レンゾ・ピアノと恊働。「関西国際空港旅客ターミナル」で日本建築学会作品賞を受賞。95年に岡部憲明アーキテクチャーネットワークを設立し代表を務める。

ダイアログ1

だから、ここに建てました

「窓の家」
M邸|大阪府、 2007年5月竣工
延べ床面積: 90.00m²(27.22坪)
家族構成: ご夫婦・息子

岡部憲明さんが会いにいった家

M邸の窓の向こうには、木立の先に穏やかな大阪湾が広がり、明石海峡大橋と、遠く淡路島の彼方に夕日が沈みます。
眼下には大阪と和歌山を結ぶ南海本線がすれ違い、その手前の道路から見上げる擁壁の上の住宅地。
M邸は海を望む高台の突端に、今から4年前に建てられました。
Mさんが新居のために探し求めた土地の条件は、「海が見える土地か、山の自然が見える場所」。
毎日の生活を送る家の、窓から見える景色が大切でした。
また、Mさん夫婦は、賃貸住宅住まいの頃から、家を建てた時のために、お気に入りの家具を求め、その家具が映える空間で暮らすことを考えていました。
素敵な立地も、家も、理想の暮らしのための脇役なのです。

「ああ、いい景色ですね」
「晴れた日は関空まで見えますよ」

岡部さん
モダン家具好きとうかがっていたので、暮らしぶりを拝見するのが楽しみです。それにしても素晴らしいロケーションですね。

風景をインテリアに取り込む

岡部さん
うん、いい眺めですね。空気が澄んでいる時はどのくらい遠くまで見えるのかな。
淡路島や神戸明石、岡部さんが設計を担当された関空もかすかに見えますね。離着陸する飛行機が見えるので子供も大喜びです。
岡部さん
窓から電車も飛行機も見えて、子供には嬉しいでしょうね。それにしても、この家でロケーションの意味は大きいね。
家を建てるなら海か山と決めてましたから。いずれにしてもロケーションが最優先で、この土地も景色で選びました。窓の位置も実際に見て決めたいので、工事の前に現場に呼んでもらうようお願いしたり……。
岡部さん
風景をいかに取り入れるかは、日本の伝統建築、日本庭園が得意としてきた世界なんですよ。部屋は狭くても、外とのつながりを上手につくることができれば、広大な風景も暮らしの一部になりますから。伝統的な日本家屋なら縁側をつくり、庇を出して、それらを介して外の風景を取り入れてきた。それができない場合は、窓枠や余分な線を見せずにキレイに窓を切り抜いて風景を引き込む。フレームをなくすと風景を取り入れやすい。そこが「窓の家」のシリーズの良いところだと思います。
ええ、外とのつながりという意味では、「木の家」は縁側的な空間があるので外部との一体感が感じられると思います。「窓の家」は、この窓から直接外に出られないけれど、こちらは一体感というより、まさに外を取り込むイメージだと思ったんです。
岡部さん
家の中での活動を大事に考えたわけですね。
やはり主として暮らすのは家の中なので、屋内から眺めて満足できることを選んだのだと思います。

家具の背景になる白い壁が重要でした

岡部さん
窓がいろいろな位置にあるので、一日を通してさまざまな光が差し込む。この吹き抜けも効果的です。天井高の高低があると空間にリズムが生まれますよね。
妻の新居への希望がグランドピアノを置くことだったんですよ。同じ天井高のフラットな空間だと、ピアノは空間を圧迫するだけのモノになってしまう。空間の変化とピアノの場所を考えた時、この上に吹き抜けを設けようと思ったんです。
岡部さん
吹き抜けはピアノの演奏にも最適でしょう。住空間に限らず、日本の空間に欠けているのは天井の高さへの意識です。ル・コルビュジエが設計した上野の「西洋美術館」は、入り口からしばらく抑えめの空間が続きますが、突然天井が高くなりますよね。これが空間を生き生きとさせている。抽象性の高い空間をつくり、ボリュームを変えることで、光の変化に呼応する豊かな空間が生まれます。私がデザインした小田急電鉄のロマンスカーは、天井高さが通路中央で普通の電車より40センチほど高い。この高さで空間的な豊かさを引き出そうと考えたわけです。
空間の高さについては私たちも考えましたね。高さが確保できない部分は、家具をできるだけ低く抑えています。普通のリビングに置かれる家具に比べると全体的に50ミリは低いと思います。
岡部さん
同じ大きさの空間でも、置かれる家具の高さや座面の高さで印象は変わりますからね。数センチの差で空間的にはぜんぜん違うものに感じられることもある。
自分が暮らす空間をいかに快適に感じられるか。家具の数センチの高さの差が、空間を体感する上で大きな差になることは、家具の仕事を通して学んだことの一つです。インテリアの勉強をしていた頃は、家具はインテリアの一部という感覚でしたが、家具会社で働くようになって、家具の木の素材感に惹かれるようになり、自分の空間も木の家具で構成できるといいなと思うようになりました。

岡部さん
もし白い壁ではなくて、何か表情のある壁面だったら、今ほど木の家具が生き生きと見えなかったでしょう。木は白い空間に温かみを与えるし、窓からの光が白い壁に回ることで家具のフォルムが立体的に見えるので、木の家具が重く見えない。むしろ気持ちを軽くさせてくれる。
私は大好きな木の家具がもっとも引き立てられる空間を考えたんです。それは白い壁のインテリアでした。窓枠も邪魔になるので、窓は壁をくり抜いただけのものがいい。ここが「窓の家」を選んだ理由でもあるのですが、私にとっては家は、主役の家具を引き立てる脇役なんです。内装に凝る人もいると思うけど、それだと、私の暮らしでは「家」の意味がなくなってしまう。私と木の家具のためには白い壁が必要でした。
岡部さん
なるほど。20世紀初頭、ル・コルビュジエが「近代建築」を提唱した
時、いくつかの原則を語っていますが、彼にとっては何もない白い壁に現代絵画を飾ることが大切だったのです。時代の変化を捉え、これまでの装飾的な空間から離れることで、過去から解放された新しい時代の精神性をつくることができるとル・コルビュジエは考えた。近代建築は、ただ単純な白い箱をつくろうとしたわけではなかった。日本の住宅も西欧に倣い、白壁のモダンなデザインになりましたが、近代建築の先達の精神がちゃんと受け継がれ、その精神が空間に生かされたかは疑問ですけどね。
ぜひ、2階からの眺めも見てください。子供が昼寝中ですけど。
岡部さん
じゃあ静かにしていないとね。
ここがトイレです。
岡部さん
ああ、これほど空間を豊かに使う例はあまりないですね。
トイレは毎日必ず過ごす場所なので機能だけでは考えたくなかったんです。ここからの眺めも重要だったので、この窓のためだけに、工事中に現場に来て開ける場所を確認したくらいです。
岡部さん
そのかいあって、確かに気持ち良いね(笑)。

ダイアログ2

ヨーロッパの建築から学ぶこと

窓と壁面

岡部さんはこれまで、どんな都市で暮らしてきたのですか?
岡部さん
大阪と東京、パリ、イタリアはトリノとジェノヴァです。
ヨーロッパの石造建築の良さは「窓の家」同様、「窓らしさ」があることだと思いますね。
パリはオスマンの時代に建築がスタンダード化され、スケールが決まっている。だから、パリの集合住宅の屋根裏部屋には「牛の目(ロイドブフ=l’oeil de boeuf)」と呼ばれる楕円の窓が必ず取り付けられていて、街のさまざまなモニュメントをキレイに切り取り、そこからの風景はなかなか良いものです。
こうした石造建築の伝統から解放された鉄とガラスの近代建築は、ミース・ファン・デル・ローエがアメリカに建てた「ファンズワース邸」のように、住宅の四方の壁のすべてがガラス張りのモダン建築にも行き着きましたが、現実的に暮らすのはなかなか大変ですよ。住宅はある程度、壁面がないと生活に困りますね。
確かにわが家の場合は家具の背景として壁が重要ですから。
岡部さん
間仕切り壁で内部空間が細かく分けられない工夫も必要ですが、ここはそのプランニングがなかなかうまい。廊下をなくし、空間の連続性をうまくつくりあげて、豊かな空間性を実現していると思います。
あとは空間を機能的に決めつけていないフレキシビリティの良さがありますね。部屋に暮らしを合わせるのではなく、生活に空間を合わせる。それも良いところです。

シャルロット・ペリアンと収納

悩ましいのは収納でしょうかね。もともとスペースがないので、収納は寝室と階段下だけ。
増えたモノは収納家具で対応していますが、個人的に収納家具は嫌いで、それが表に見えているのが嫌なんですよ。
極力見せない増やさない。それを何とか維持しようと……。
岡部さん
収納計画は難しいよね。パリの集合住宅は地下や中庭にカーヴがあります。
日本は消費社会が進んでいるのでモノが増える速度が尋常じゃないでしょう。捨てたくても捨てられないものもある。収納には知恵が必要かも知れないね。
そうですね。
岡部さん
フランス人は生活が合理的なんですよね(笑)。だから、よほど気に入ったものは残すけれど、入れる量に合わせたものしか持たない。
ル・コルビュジエとの協働で知られる女性建築家のシャルロット・ペリアンは1999年に亡くなりましたが、彼女はパリにアトリエがあって、私がポンピドゥー・センターのプロジェクトに携わっていた頃からの知り合いでした。
彼女のアトリエや家を訪ねて驚くのは、膨大な設計資料や設計図書、書籍があるはずなのに、それがまったく目に入らないんですよ。彼女は手紙もすべて保管していたけど、それも表には出ていない。空間に出ているのは必要なモノだけでした。
実はル・コルビュジエの建築の家具やキッチンのほとんどは彼女がデザインしたものです。日本式の引戸や簾なんかも工夫してうまく採り入れていました。
自分の動きに合わせ、空間の中にどういうカタチでどうモノを収めるか。あるいは空間をどう変化させるか。そういうことに関しては本当にスゴイ人でした。
狭くて急な階段でも、彼女がデザインした手すりに触るとスッと上り下りができる。収納に関しても、モノを表出させない空間にしていくことが身体化しているんでしょう。
私は彼女からそれを学んだというか、いや、よく実践できるものだと、いつも驚いていましたよ。
それは何から学んだのでしょうか。
岡部さん
彼女はフランス東部のアルザス地方の出身で、自然の中で育った山の生活が根本にはあるのだと思います。山の暮らしでは余分なものは持たないでしょうから。
それと女性の持つデリカシーもあるのでしょう。
ル・コルビュジエが空間をイデオロギーでバッサリ組み立てるのに対して、それを人間的な空間に仕上げていったのがシャルロット。論理的な空間を人間的な空間に引き揚げることはとても大事だし、ペリアンの仕事は近代主義建築の空間の中に入ることでぴったり収まるんですね。
学ぶことは多いです。亡くなる直前に書き上げたペリアンの自伝は面白いですよ。
そういえば、天童木工がシャルロット・ペリアンの椅子を復刻したことがありました。
岡部さん
建築家の林雅子さんはペリアンが大好きで、1953年に日本でつくった椅子を大切に持っていた。それを何とか復刻できないかと、家具メーカーに働きかけたと聞いています。

ダイアログ3

「あ、いいな」と思う理由

使い方を決めていない部屋

岡部さん
あ、お昼寝中の子供が起きちゃいましたね。こんにちは~。男の子ですかね。
そうです。今日はゴキゲンですね。ね~。
岡部さん
家から電車が見えて嬉しいでしょうね。2階のこの窓からは、海に陽が沈むのが見えるのかな。
ええ、見えますよ。いちばん良い場所をここに与えたかったんですよ。和室のような部屋が欲しかったんだけど、でも、普通の和室ではない部屋が良かったので畳はやめてカーペット仕上げにしました。
岡部さん
窓が生きていますね。どんなふうに使っているの?
特に何か決めているわけではないです。海を眺める場所ですね。
あとは、子供を寝付かせるのに、布団に入る前にここに電車が走るのを見に来たり……。

ポイントは家具の高さと空間の抽象性でした

岡部さん
家具も素敵だね。特にテーブルは見事だね。
ここのテーブルは自作です。家具屋のお爺さんからクスノキの一枚板を分けていただいて、それを天板に使いました。リビングのテーブルも自作です。ソファもあの高さのものがなかったらつくろうと思っていました。椅子は好きなものだけ置いていますね。座具として日常的に使っているのは低座イスくらい。あの高さの椅子ってなかなかないんですよ。あとの椅子は置物みたいなものです。スツールは子供のおもちゃになっているし。
岡部さん
椅子は難しいよね。わが家にはスウェーデン製のダイニングチェアと食卓がある。それなりに良いモノなんだけど、ある朝目が覚めるとダイニングからノコギリを引く音が聞こえてきてね。
まさか……。
岡部さん
ウチの奥さんがね、椅子の脚を3センチ切り落としていたんですよ。キレイにカットされていて見事な仕事だったね(笑)。妻は昼間、この椅子に座っていることが多いから、座高が高くて、疲れることが気になっていたらしいんだ。それで、私に気づかれないように早朝に切っていたんだな。これが理由じゃないけど、イタリアのメーカーから椅子を取り寄せるときは、座面高を少し抑えてもらうようにすることが多い。家具の高さを意識することは大切だと思いますよ。
私は家具の仕事をして、高さのサイズの繊細さに気づくようになりました。家具の高さと座ったときの目線の高さは、ずいぶんと意識しました。例えばリビングの収納家具は無印良品の製品で、もともとは脚付きだったのですが、リビングに置かれた他の家具とのバランスを考え、脚を外して直置きにしています。
岡部さん
空間に入った瞬間、「あ、いいな」と思うのは、何か理由がある。同じ「窓の家」を建てても、置かれているモノで印象は変わってくるはずです。Mさんの場合は目線が低く抑えられるよう、家具を揃えて、それがちゃんと調和していると思いますよ。
あとは空間にできるだけ、余計な「線」が見えないように注意しました。壁や天井のライン、段差などが煩雑に見えてくることを嫌い、面と面の構成で床壁天井をまとめたかった。
岡部さん
日本の伝統建築は線で構成されていますが、茶室以外はかなりスケールが大きいんですよ。だから線は気にならないけど、それを住宅にもってくると確かに重くなりますからね。空間の抽象性は大切です。大工さんは面倒臭がるし、大変だけど、それを実現するだけの価値はあると思いますね。
ええ。私はこの家はとても満足していますが、もし「木の家」を建てていたらな、どんなふうにしていたのかイメージしたりしますね。あ、でももう建てられませんけどね(笑)。

エピローグ(編集後記)

「窓の家」の魅力が詰まった家

今回お邪魔させていただいたMさんの「窓の家」。担当の私がおうかがいするのは今回の取材でもう5回目になりました。
「窓の家」のコンセプトを上手く取り入れていただいたお宅として、雑誌や弊社のWEBなどでも紹介されていますので、どこかで目にされている皆様もいらっしゃるかも知れませんね。

私が初めてMさんのお宅におうかがいしたのがちょうど3年前、ちょうどお引き渡しの直後と記憶しています。
そのころは周囲もまだ建物が少なく、初夏の青空をバックに映える「窓の家」の白い外壁がとても印象的でした。

そして、室内からピクチャーウィンドウ越しに見える景色の素晴らしいこと。もうそこに何年も置かれているかのごとく空間に馴染んでいる名作家具の数々。そして豊かな空間に仕立て上げられたトイレに衝撃を受けたり……

そのころはまだお子さんも生まれていなかったのですが、今回の訪問時にはご家族も増え、ライフスタイルも少しづつ変化しながら、「窓の家」はMさんの暮らしに寄り添うように時を重ねていました。

でも、窓の大きさや位置、そこから見える風景へのこだわりや、ご自身が暮らす空間を快適に感じられるよう一部は家具を自作されるなど、Mさんの設計に対する考え方がしっかりとしていたからこそ、その空間の豊かさは変わることなく、訪れる人を惹きつけるものがあるように感じます。

一緒にうかがった岡部さんにはヨーロッパでのご経験や一緒に仕事をされてきた建築家やデザイナーの話を織り交ぜながら、住まいについて幅広く語っていただきました。もともとインテリア関係のお仕事をされていたご主人との会話はかなり多岐にわたる深いもので、興味深く読んでいただいた方も多いのではないでしょうか。

今回の「家に会いに。」Vol.7。いかがでしたか。
次回もまた一味違った、豊かな暮らしのかたちをご紹介したいと思います。
お楽しみに!(E.K)